なぜ人はお金が増えても幸せになれないことがあるのか


札幌市西区の精神科・心療内科、ことのはメンタルクリニックです。

「昔より収入は増えたのに、思っていたほど幸せではない」
「貯金の目標を達成しても、すぐに次の目標が気になってしまう」
「生活には困っていないはずなのに、将来への不安が消えない」

このように感じることはないでしょうか。

結論からいうと、お金は幸福を支える大切な条件ですが、収入や資産が増えた分だけ、喜びや安心が自動的に増えるわけではありません。

そこには、豊かさへの慣れ、他人との比較、期待の変化、そしてお金を得るために使っている時間や労力などが関係します。

今回は、「お金があれば幸せになれるはずなのに」という疑問を、幸福研究と精神医学の視点から考えます。

まず、「お金は幸福と関係ない」というわけではない

お金と幸せについて語るとき、「結局、お金では幸せになれない」という話になりがちです。

しかし、研究全体をそのようにまとめるのは適切ではありません。

2010年にKahnemanとDeatonが発表した研究では、所得の低さは、病気や離婚、一人でいることなどに伴う感情的な苦痛を強めることが示されました。経済的な余裕は、困難に直面したときの負担を和らげる役割を持ちます。

家賃の支払いを心配しなくてよい。必要な医療を受けられる。つらい職場から離れる選択肢を持てる。

こうした変化は、生活にとって大きな意味があります。

「お金があっても幸せになれないことがある」という話と、「お金がなくても困らない」という話は、分けて考える必要があります。

「自分の人生に満足している」と「今日が楽しい」は違う

幸福研究では、少なくとも次の二つを区別します。

幸福の側面何を尋ねているか具体例
人生評価・生活満足度自分の人生を振り返って、どれくらいよいと思うか「生活は安定している」「これまでの努力が報われた」
感情的な幸福・経験的幸福日々の生活で、どのような気持ちを経験しているか「今日は楽しかった」「落ち着いて過ごせた」

収入が増えると、「自分の人生はうまくいっている」と評価しやすくなる一方、毎日の疲労感や寂しさまで同じように減るとは限りません。所得と幸福の関係も、どちらを測るかによって違って見えます。

例えば、仕事で成功し、収入も増えた人がいたとします。

本人は「以前より恵まれている」と理解していても、毎晩帰宅するのが遅く、友人に会う時間もなく、十分に眠れていなければ、日々の気分はよくならないかもしれません。

生活条件の改善と、生活している最中の心地よさは、重なり合いながらも別のものなのです。

「年収が一定額を超えると幸せは増えない」は本当か?

この分野で有名なのが、2010年の「感情的な幸福は、年間世帯所得が約7万5,000ドルを超えると頭打ちになる」という研究です。

ただし、これは当時の米国のデータであり、現在の日本で「年収○万円を超えたら意味がない」と、そのまま置き換えることはできません。

その後、2021年には、スマートフォンを用いて日常の気分を繰り返し尋ねた研究から、この水準を超えても、平均的には所得が高いほど経験的幸福も高いという結果が報告されました。

興味深いのは、その後の展開です。

異なる結論を出した研究者たちが共同で再検討し、2023年に論文を発表しました。結果は、幸福度の低い層では一定の所得水準から頭打ちが見られる一方、多くの人では、より高い所得とより高い幸福度が関連するというものでした。

さらに2024年には、分析方法を変えると約20万ドルで頭打ちになる可能性を示す再解析も発表されています。どこで頭打ちになるかは、現在も議論が続いています。

ここで押さえたいのは、「すべての人に共通する、幸福の上限年収」が確定したわけではないということです。

また、所得の異なる人同士を比べた結果だけでは、「同じ人の収入を増やしたら、どれだけ幸せになるか」まではわかりません。健康状態や働き方など、所得と幸福の両方に関係する条件もあるからです。

豊かさに慣れると、「特別だった生活」が普通になる

初めて給料が大きく上がったときや、欲しかった物を買ったときには、強い喜びを感じることがあります。

ところが、しばらくすると、それが普段の生活になっていきます。

心理学では、こうした変化を「快楽順応」あるいは「ヘドニック・アダプテーション」と呼びます。

2012年の研究では、よい出来事による幸福感が薄れる過程として、出来事から生じる肯定的な感情が減ることと、さらによい状態を望むようになることの両方が検討されました。

例えば、「このくらい貯金できれば安心だ」と思っていたのに、達成した後は「でも、老後を考えるともっと必要かもしれない」と感じる。

目標を達成する能力が上がるのと同時に、満足するための基準も上がってしまうわけです。

ただし、人は何にでも完全に慣れてしまうわけではありません。経済的な安心や選択肢の増加による恩恵まで、必ず消えてしまうと考えるのは行きすぎです。

実は、「宝くじに当たっても幸せになれない」も言いすぎ

「宝くじに当たった人も、結局は元の幸福度に戻る」という話を聞いたことがあるかもしれません。

しかし、より大規模な研究からは、違う結果も示されています。

2020年に発表されたスウェーデンの研究では、宝くじ参加者3,362人を対象に、当選から5〜22年後の状態を調べました。大きな当選金を得た人では、生活満足度の上昇が長期間続いており、完全に元に戻るという結果ではありませんでした。

一方、幸福感や精神的健康に対する推定効果は、生活満足度への効果より小さく、統計学的に明確ではありませんでした。

つまり、お金によって「自分の暮らしはよくなった」と感じることはあっても、あらゆる感情や精神症状が同じ程度によくなるわけではない、ということです。

なお、当選金による資産の増加と、毎年の収入の増加も同じではありません。収入を増やすために長時間働く場合には、得られるお金と一緒に、疲労や責任も増える可能性があります。

自分のお金が増えても、比較する相手のお金がもっと増えている

人は、お金の価値を金額だけで判断しているわけではありません。

「以前の自分より豊かになったか」に加えて、「周囲と比べてどうか」も気にします。

2007年に『Science』に掲載された研究では、二人の参加者が課題を行い、金銭報酬を受け取る際の脳活動が調べられました。比較相手に支払われる報酬が変わると、報酬処理に関わる腹側線条体の反応も変化しました。

自分が受け取るお金を評価するとき、脳は他人の取り分にも影響されていたのです。

もちろん、この脳活動だけで、その人の幸福全体が説明できるわけではありません。それでも、比較が単なる理屈の問題ではなく、報酬の受け取り方にも関わることを示しています。

日常に置き換えると、自分の収入が増えたとしても、見るようになった相手がさらに高収入の人ばかりなら、「まだ足りない」と感じることがあります。

生活は豊かになったのに、比較の基準がそれ以上の速さで動いてしまうのです。

喜びを左右するのは、「いくら得たか」だけでなく「何を期待していたか」

同じ10万円でも、突然もらった10万円と、100万円もらえると思っていたところで受け取る10万円では、気持ちは違うでしょう。

2014年の研究では、金銭的な選択課題の最中に感じる幸福が、単なる獲得金額よりも、最近の報酬への期待と、その期待から結果がどれだけずれたかを組み合わせたモデルで説明されました。この傾向は、スマートフォンを使った18,420人の実験でも確認されています。

これは「報酬予測誤差」という考え方につながります。

期待よりよければうれしくなり、期待より悪ければがっかりする。手元のお金が増えていても、期待がそれ以上に膨らんでいれば、喜びが小さくなることがあります。

ただし、この研究が扱ったのは、課題中の一時的な幸福です。人生全体の幸福を一つの式で説明できるという意味ではありません。

「幸せになるには期待を捨てればよい」と結論づけるのも早計です。期待は、目標に向かう意欲や、楽しみに待つ気持ちも生み出します。

大切なのは、期待をなくすことより、「目標を達成するたびに、合格ラインを上げ続けていないか」に気づくことかもしれません。

お金を増やすために、「幸せを感じる時間」が減っていることもある

収入が増えた経緯も、無視できません。

仕事の裁量が増えて収入が上がった人と、休みを削り、睡眠を減らして収入を上げた人では、同じ増収でも生活への影響は違うでしょう。

この点で興味深いのが、「お金で時間を買う」研究です。

2017年に発表された研究では、4か国・計6,271人の調査で、時間を節約するサービスにお金を使う人ほど、生活満足度が高いという関連が認められました。また、実験では、物を買う場合よりも、時間を節約するために支出した場合のほうが、その日の幸福感が高くなりました。

例えば、負担の大きい家事を外注する、移動の手間を減らす、といった使い方です。

誰にでも同じ効果があるとは限りませんが、お金を「何かを所有するため」だけでなく、「疲労や時間の圧迫を減らすため」に使う視点には意味があります。

通帳の数字を増やすことと、その数字によって暮らしをよくすることは、別の作業なのです。

「恵まれているのに楽しめない」は、感謝不足とは限らない

精神科の診療では、ここを特に大切にしたいところです。

生活条件が整っていても、うつ病などによって、以前なら楽しめたことを楽しめなくなる場合があります。これは「アンヘドニア」、日本語では「快感消失」などと呼ばれる症状に関係します。

さらに、報酬に関する問題は一つではありません。楽しみにすること、楽しみのために行動を起こすこと、実際に楽しむこと、よい経験から次の行動を学ぶことは、区別して考えられます。

例えば、「出かければ多少は楽しめるが、出かけたい気持ちが起きない」という状態もあれば、「実際に好きなことをしても、何も感じない」という状態もあります。

そのようなとき、「お金があるのだから幸せなはず」「もっと感謝しなければ」と考えても、症状の理解にはつながりません。

楽しめない状態が続き、不眠、気力の低下、強い自責感なども重なっている場合には、経済状況とは別に、心身の状態を評価する必要があります。

お金を、どのような生活につなげたいか

お金と幸福の関係を考えるときは、「あといくら必要か」に加えて、次のような点も整理してみるとよいでしょう。

  • そのお金が増えることで、具体的にどの不安が減るのか
  • 収入を増やすために、睡眠や休日をどれくらい使っているのか
  • 比較の基準が、自分の希望より他人の生活になっていないか
  • お金を使うことで減らせる負担はないか
  • 目標を達成した後に、どのような一日を送りたいのか

例えば、「もっと資産があれば安心」という目標を、「週に一日は仕事の連絡を気にせず休めるようにしたい」と言い換えると、必要な選択が具体的になります。

収入や資産は、生活を支える重要な手段です。ただ、そこで得た余裕を、休息、自由、人との時間、自分にとって意味のある活動にどうつなげるかによって、日々の実感は変わってきます。

お金が増えたのに満たされないときは、さらに金額を上積みする前に、「自分は、そのお金でどんな暮らしを実現したかったのか」を一度考えてみてもよいのかもしれません。

参考文献・資料

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情報確認日:2026年10月23日

執筆及び医学監修:高橋 和政(ことのはメンタルクリニック院長)