過敏性腸症候群


過敏性腸症候群

札幌市西区の精神科・心療内科、ことのはメンタルクリニックです。

過敏性腸症候群の概要

過敏性腸症候群(irritable bowel syndrome:IBS)は、腹痛やお腹の不快感とともに、下痢や便秘などの便通異常を繰り返す疾患です。

「通勤中にお腹が痛くなる」「トイレに行けない場所が怖い」「大切な予定の前になると下痢をする」といった症状が典型的ですが、緊張する場面に限らず症状が続く方もいます。

現在は、脳と腸の情報のやり取りに問題が生じる「脳腸相関の異常」に関わる疾患として理解されています。腸の運動や感覚、脳での痛みの処理などが関係しており、検査で大きな異常が見つからなくても、症状がないということにはなりません。

「ストレスが原因」と言われるが…

ストレスは症状を悪化させる要因の一つですが、それだけで説明できる病気ではありません。

腸が刺激に敏感になること、腸内環境の変化、感染性腸炎後の変化など、複数の要因が関わります。精神的な不調を自覚していない方にも起こります。

ですので、「ストレスをなくしてください」と言われても困ると思います。それが簡単にできれば苦労しません。

治療では、便通や腹痛そのものへの対応と、症状への不安や生活への影響を減らす対応を組み合わせていきます。

過敏性腸症候群の診断

診断では、腹痛・腹部不快感と排便との関係、便の回数や形の変化、症状が続いている期間などを確認します。

Rome Foundationが公開しているRome Vの基準では、最近3か月間、平均して月3日以上、持続的ではなく繰り返す腹痛または腹部不快感があり、次のうち2項目以上と関連することが示されています。

  1. 排便との関連がある
  2. 便の回数の変化を伴う
  3. 便の形状の変化を伴う

症状の始まりが診断の少なくとも6か月前であることも条件です。

以前のRome IVでは「平均して週1日以上の腹痛」が必要とされていました。診断基準の版によって、症状の頻度や腹部不快感の扱いが異なる点には注意が必要です。なお、この期間を満たすまで受診や治療を待つ必要はありません。

下痢型だけではない

便の状態によって、主に次のように分類されます。

分類主な特徴
下痢型(IBS-D)軟便や水様便が中心
便秘型(IBS-C)硬い便やコロコロした便が中心
混合型(IBS-M)下痢と便秘の両方がみられる
分類不能型(IBS-U)IBSの基準を満たすものの、上記に分類しにくい

同じ過敏性腸症候群でも、下痢型と便秘型では選ぶ薬が異なります。

検査は必要か?

過敏性腸症候群は、症状の特徴から積極的に診断できる疾患です。全員にあらゆる検査が必要なわけではありません。

ただし、血便、意図しない体重減少、発熱、貧血、夜間に目が覚めるほどの下痢、これまでと明らかに違う症状などがある場合は、別の疾患を調べる必要があります。年齢や家族歴なども踏まえて、採血、便検査、大腸内視鏡などを検討します。

「以前IBSと言われたから、今回も同じだろう」と決めつけないことも大切です。

過敏性腸症候群の治療

生活習慣・食事の調整

まずは食事の取り方や睡眠、運動などを見直します。

ただし、食事を厳しく制限すればよいというものではありません。症状が出たときの食べ物や量、時間帯などを記録し、自分にとって負担になるパターンを探すほうが実用的です。

食事療法の一つに「低FODMAP食」があります。FODMAPとは、小腸で吸収されにくく、腸内で発酵しやすい糖質などの総称です。これらを一時的に減らすことで、症状の改善を目指します。

米国消化器病学会のガイドラインでも、期間を区切って試すことが推奨されています。長期間、自己流で多くの食品を除去し続ける方法ではありません。

ここで、少し面白い研究を紹介します。

Böhnらのランダム化比較試験では、低FODMAP食と、規則的な食事や食べ過ぎを避けることなどを含む従来の食事指導を比較しました。

4週間後、症状スコアが一定以上改善した割合は、低FODMAP食で50%、従来の食事指導で46%でした。両群の差は統計学的に有意ではありませんでした。

つまり、この研究では、専門的な食事制限が一般的な食事の見直しを明確に上回ったわけではありません。まず取り組みやすいところから始めるのも、十分に意味のある選択です。(Böhn et al., 2015)

便通や腹痛に対する薬物療法

下痢型ではラモセトロン(イリボー®)、便秘型ではリナクロチド(リンゼス®)などが治療の選択肢になります。

イリボーでは便秘や硬い便に注意が必要で、まれに虚血性大腸炎などの重大な副作用が起こります。服用中に血便や強い腹痛などが出た場合には、速やかに医師へ連絡してください。リンゼスは便秘型IBSに用いられる薬で、下痢型に使う薬ではありません。

薬を選ぶ際には、便の回数だけでなく、腹痛、便意の切迫感、膨満感など、何に最も困っているかを確認します。

なぜ抗うつ薬を使うのか?

「お腹の症状なのに、なぜ抗うつ薬なのか」と疑問に思う方もいると思います。

抗うつ薬には、気分への作用とは別に、痛みの感じ方や伝達を調整する作用があります。IBSでは、うつ病の治療ではなく、腹痛や腸の知覚過敏への対応を目的として使うことがあります。

ただし、抗うつ薬であればどれも同じというわけではありません。三環系抗うつ薬は比較的研究が多い一方、SSRIのIBS症状に対する効果は研究によって一致していません。不安・抑うつの併存と、便通への副作用も踏まえて選びます。

少量のアミトリプチリンを調べた研究

2023年に報告されたATLANTIS試験では、初期治療で十分に改善しなかったIBS患者463人を対象に、少量のアミトリプチリンとプラセボ(偽薬)を比較しました。

アミトリプチリンは1日10mgから開始し、忍容性や症状に応じて最大30mgまで調整されました。

6か月後のIBS重症度スコアは、アミトリプチリン群のほうがプラセボ群より良好でした。群間差は約27点です。(Ford et al., 2023)

この研究からは、通常の治療で症状が残る方にとって、少量の三環系抗うつ薬が追加の選択肢になり得ることがわかります。ただ全員に効く薬という意味ではありません。

また、口の渇き、眠気、便秘などの副作用があります。特に便秘が強い方では慎重な判断が必要です。国内でのIBSを目的とした使用は適応外使用に当たるため、期待できる効果や副作用を説明したうえで検討します。

認知行動療法

認知行動療法(cognitive behavioral therapy:CBT)も、IBSに対して研究されている治療です。

例えば、一度電車内で強い腹痛を経験すると、その後は乗車前から「また痛くなったらどうしよう」と不安になり、お腹の感覚に注意が集中することがあります。そこから外出や食事を避けるようになり、生活の範囲が狭くなることもあります。

認知行動療法では、こうした症状への捉え方や行動を扱い、腹部症状に振り回される程度を減らしていきます。症状を我慢する訓練ではありません。

効果は長く続くのか?

ACTIB試験では、治療で十分に改善しなかったIBS患者558人を対象に、電話で行うCBT、ウェブを利用するCBT、通常治療を比較しました。12か月時点では、両方のCBT群で通常治療より良好な結果が得られました。(Everitt et al., 2019)

24か月後の追跡では、電話CBT群は通常治療群よりIBS重症度スコアが平均40.5点低く、統計学的に有意な差がありました。一方、ウェブCBT群の同スコアの差は有意ではありませんでした。

なお、24か月後にデータを得られたのは全体の約58%であり、結果の解釈には脱落の影響も考える必要があります。心理療法にも持続的な効果が期待できますが、方法や支援の程度によって結果が変わり得る、という研究です。

※ここで紹介している専門的な心理療法と、一般の外来診察で行う助言・支持的な関わりは同一ではありません。実施できる医療機関は限られます。

過敏性腸症候群のその他の補足事項

心療内科を受診してもよいのか?

過敏性腸症候群は、消化器内科と心療内科の両方が関わる疾患です。

まだ身体的な評価を受けていない場合や、血便・体重減少などがある場合には、まず消化器内科での確認が大切です。

一方、必要な検査を受けても症状が続く場合や、腹痛・便意への不安で通勤、通学、外出などが難しくなっている場合には、心療内科で相談する意義があります。

腸への治療に加えて、痛みの感じ方や不安への対応を組み合わせることが、治療の選択肢になります。

治療の目標について

便の回数が正常範囲になっても、トイレへの不安で外出できなければ、困りごとは残っています。

「腹痛が減った」「途中下車せずに通勤できた」「予定を断らずに済んだ」など、生活の中でできることが増えたかどうかも大切にしながら治療を進めます。

参考文献

  1. 日本消化器病学会編.過敏性腸症候群(IBS)診療ガイドライン2020.
  2. Rome Foundation. Rome V Criteria:Irritable Bowel Syndrome.
  3. Lacy BE, et al. ACG Clinical Guideline: Management of Irritable Bowel Syndrome. Am J Gastroenterol. 2021;116:17–44.
  4. Böhn L, et al. Diet low in FODMAPs reduces symptoms of irritable bowel syndrome as well as traditional dietary advice: a randomized controlled trial. Gastroenterology. 2015;149:1399–1407.e2.
  5. Ford AC, et al. Amitriptyline at Low-Dose and Titrated for Irritable Bowel Syndrome as Second-Line Treatment in primary care (ATLANTIS): a randomised, double-blind, placebo-controlled, phase 3 trial. Lancet. 2023;402:1773–1785.
  6. Everitt HA, et al. Assessing telephone-delivered cognitive–behavioural therapy and web-delivered CBT versus treatment as usual in irritable bowel syndrome (ACTIB): a multicentre randomised trial. Gut. 2019;68:1613–1623.
  7. Everitt HA, et al. Cognitive behavioural therapy for irritable bowel syndrome: 24-month follow-up of participants in the ACTIB randomised trial. Lancet Gastroenterol Hepatol. 2019;4:863–872.
  8. イリボー®・リンゼス® 医薬品情報。

情報確認日:2026年10月17日

執筆及び医学監修:高橋 和政(ことのはメンタルクリニック院長)