うつ病①


うつ病

札幌市西区の精神科・心療内科、ことのはメンタルクリニックです。


今回は、精神科で診療する機会の非常に多い疾患の一つである「うつ病」について解説します。

うつ病という病名は広く知られていますが、その診断や治療は意外と複雑です。

そもそもうつ病とはどのような病気なのか、抗うつ薬は本当に効果があるのか、抗うつ薬によって効果に違いはあるのか、薬物療法と心理療法ではどちらが優れているのか。

こうした疑問について、実際の臨床試験やメタアナリシスの結果を紹介しながら解説していきたいと思います。

うつ病の概要

うつ病は、気分の落ち込みや興味・喜びの減退を中心として、意欲低下、睡眠障害、食欲の変化、集中力の低下など、精神面と身体面のさまざまな症状が現れる精神疾患です。

一般的に「うつ病」と呼ばれているものは、精神医学的には大うつ病性障害(Major Depressive Disorder:MDD)を指すことが多いです。

ただし、気分が落ち込んでいることと、うつ病であることは同じではありません。

例えば、職場の人間関係などを契機として抑うつ症状が生じる適応障害や、躁状態とうつ状態を繰り返す双極性障害でも、うつ病とよく似た症状が現れます。

また、甲状腺機能低下症などの身体疾患や、薬剤の影響によって抑うつ症状が生じることもあります。

したがって、単に抑うつ症状が存在するだけでは、うつ病と診断することはできません。

うつ病の症状と診断

うつ病の診断には、DSM-5-TRなどの診断基準が用いられます。

大うつ病エピソードでは、以下の9項目が評価されます。

  1. 抑うつ気分
  2. 興味または喜びの著しい減退
  3. 食欲または体重の変化
  4. 不眠または過眠
  5. 精神運動性の焦燥または制止
  6. 疲労感または気力の減退
  7. 無価値感または過剰・不適切な罪責感
  8. 思考力や集中力の低下、決断困難
  9. 死についての反復思考、自殺念慮など

原則として、これらのうち5項目以上が同じ2週間の間に認められ、以前の状態からの変化を示すことが必要です。

また、そのうち少なくとも1つは「抑うつ気分」または「興味・喜びの減退」でなければなりません。

ただし、症状の数だけで機械的に診断するわけではありません。

症状によって臨床的に意味のある苦痛や機能障害が生じていること、身体疾患や薬剤の影響では説明できないこと、過去に躁病・軽躁病エピソードが存在しないことなども確認する必要があります。

うつ病でも気分が落ち込まない?

うつ病というと、悲しい、憂うつ、涙が出るといった症状を想像される方が多いかもしれません。

しかし、必ずしも患者さん自身が気分の落ち込みを強く自覚しているとは限りません。

むしろ、「以前は好きだったことが楽しくない」「趣味への興味がなくなった」「何もする気が起きない」といった症状が前景に出ることもあります。

この興味・喜びの減退はアンヘドニア(anhedonia)と呼ばれ、うつ病の中心的な症状の一つです。

また、頭痛、肩こり、倦怠感、胃腸症状などの身体症状が目立つ場合もあります。

うつ病と他の精神疾患との鑑別

適応障害との違い

適応障害は、特定のストレス因に対する反応として情緒面や行動面の症状が出現する疾患です。

例えば、職場での人間関係の悪化や異動を契機として、抑うつ症状が出現するケースが挙げられます。

ただし、ストレス因があるから適応障害、ストレス因がないからうつ病、という区別ではありません。

仕事のストレスを契機に大うつ病エピソードが発症することもあります。

大うつ病エピソードの診断基準を満たす場合には、原則として適応障害よりもうつ病の診断が優先されます。

重要なのはストレス因の有無だけではなく、症状の内容、重症度、持続期間、経過を総合的に評価することです。

双極性障害との違い

うつ病の診断で特に重要なのが、双極性障害との鑑別です。

双極性障害では、うつ状態に加えて躁状態または軽躁状態が出現します。

しかし、うつ状態のときに初めて受診した場合、通常のうつ病との区別が困難なことがあります。

そのため、過去に睡眠時間が短くても元気に活動できた時期がないか、普段よりも著しく活動性が高まった時期がないか、浪費や衝動的な行動が増えた時期がないかなどを確認します。

双極性障害とうつ病では推奨される薬物療法が異なります。

したがって、抗うつ薬の開始前に躁病・軽躁病エピソードの既往を確認することは非常に重要です。

うつ病の原因

うつ病の発症には、遺伝的要因、心理社会的ストレス、神経生物学的要因など、複数の要素が関係していると考えられています。

以前は、脳内のセロトニンやノルアドレナリンが不足することでうつ病が発症するという説明が広く用いられていました。

いわゆるモノアミン仮説です。

実際に、現在使用されている抗うつ薬の多くは、セロトニンやノルアドレナリンの神経伝達に作用します。

しかし、うつ病の病態を単純なセロトニン不足だけで説明することは困難です。

うつ病はセロトニン不足で起こるのか?

2022年にMoncrieffらは、セロトニンとうつ病の関連について検討したアンブレラレビューを報告しました。[1]

アンブレラレビューとは、複数のシステマティックレビューやメタアナリシスをさらに統合して検討する研究方法です。

この研究では、セロトニン濃度やその代謝産物、セロトニン受容体、セロトニントランスポーター、遺伝学的研究などが検討されました。

その結果、うつ病がセロトニン濃度やセロトニン活性の低下によって生じるという単純な仮説を、一貫して支持する証拠は得られませんでした。

この研究は大きな話題となりましたが、研究の選択方法や神経生物学的知見の解釈については、その後に批判的な論考も発表されています。[2]

ここで注意が必要なのは、「セロトニン不足という説明が十分に立証されていないこと」と「セロトニンに作用する抗うつ薬が無効であること」は、まったく別の話だという点です。

薬剤が有効であるからといって、その薬剤が作用する神経伝達物質の不足が病気の原因であるとは限りません。

うつ病の病態については、神経可塑性、ストレス応答系、神経回路の変化など、さまざまな機序が研究されています。

現時点では、うつ病を単なるセロトニン不足として説明するのは、少々単純化しすぎていると考えられます。

うつ病の治療

うつ病の治療には、主に以下のような方法があります。

  • 休養・環境調整
  • 薬物療法
  • 精神療法・心理療法
  • 運動などの生活習慣への介入
  • 電気けいれん療法(ECT)などの専門的治療

治療方法は、重症度、治療歴、併存疾患、患者さんの希望などによって選択されます。

軽症例では、最初から抗うつ薬を使用せず、心理教育や心理療法、環境調整などを中心に治療することもあります。

一方、中等症以上のうつ病では、抗うつ薬や心理療法が重要な治療選択肢となります。

休養と環境調整

仕事などのストレスが発症や症状悪化に関係している場合には、業務量の調整、残業の制限、配置転換、休職などを検討します。

ただし、うつ病になったからといって、必ず仕事を休まなければならないというわけではありません。

仕事が生活リズムや社会的つながりを維持する役割を果たしている場合もあります。

また、過度に活動を制限することで、かえって社会的機能の回復が遅れることもあります。

必要な休養を確保することと、回復に応じて徐々に活動性を取り戻すことの両方が重要です。

抗うつ薬による治療

現在、うつ病の治療にはさまざまな抗うつ薬が使用されています。

代表的なものとして、SSRI、SNRI、NaSSA、三環系抗うつ薬などがあります。

分類主な薬剤
SSRIエスシタロプラム、セルトラリン、パロキセチン、フルボキサミン
SNRIデュロキセチン、ベンラファキシン、ミルナシプラン
NaSSAミルタザピン
セロトニン再取り込み阻害・受容体調節薬ボルチオキセチン
三環系抗うつ薬アミトリプチリン、クロミプラミンなど

薬剤によって副作用の特徴も異なります。

SSRIでは悪心、下痢、性機能障害などが問題となることがあります。

SNRIでは悪心に加え、薬剤によっては血圧上昇などにも注意が必要です。

ミルタザピンは眠気や食欲増加、体重増加などが比較的目立ちます。

三環系抗うつ薬では抗コリン作用、起立性低血圧、心毒性などに注意する必要があります。

抗うつ薬を選択する際には、有効性だけでなく、副作用、併存疾患、薬物相互作用、過去の治療反応などを考慮します。

抗うつ薬は本当に効果があるのか?

抗うつ薬の有効性については、非常に多くの研究が行われています。

2018年にLancet誌に掲載されたCiprianiらのネットワークメタアナリシスは、その中でも特に有名な研究です。[3]

この研究では、522件のランダム化比較試験、合計116,477人を対象として、21種類の抗うつ薬の有効性と受容性が比較されました。

主要な評価項目は、治療開始後およそ8週間の治療反応率と、理由を問わない治療中止率でした。

治療反応は、一般にうつ症状の評価尺度が50%以上改善することなどによって定義されます。

その結果、検討された21種類の抗うつ薬は、いずれもプラセボより高い治療反応率を示しました。

プラセボと比較した治療反応のオッズ比は、アミトリプチリンの2.13からレボキセチンの1.37までの範囲でした。

オッズ比が1を超えるということは、抗うつ薬群のほうがプラセボ群よりも治療反応が得られやすかったことを意味します。

ただし、オッズ比2.13という数字は、治療反応率が2.13倍だったという意味ではありません。

また、これは個々の患者さんがどの程度改善するかを直接示す数値でもありません。

それでも、抗うつ薬の有効性を示す重要な研究であることは間違いありません。

抗うつ薬によって効果に違いはあるのか?

では、抗うつ薬の種類によって有効性に違いはあるのでしょうか。

Ciprianiらの研究では、抗うつ薬同士を直接比較した試験についても解析が行われています。

その結果、エスシタロプラム、ミルタザピン、パロキセチン、ベンラファキシン、ボルチオキセチン、アミトリプチリンなどは、比較した他の抗うつ薬より有効性が高い傾向にありました。

一方、フルボキサミン、フルオキセチン、トラゾドン、レボキセチンなどは、比較上、有効性が低い傾向にありました。

また、有効性だけでなく、受容性にも差が認められました。

ここでいう受容性とは、副作用による中止だけではなく、理由を問わない治療中止率によって評価されたものです。

エスシタロプラム、セルトラリン、ボルチオキセチンなどは、比較的良好な受容性を示しました。

一方、アミトリプチリン、デュロキセチン、ベンラファキシンなどは、比較上、治療中止率が高い傾向にありました。

ただし、この研究を単純な抗うつ薬ランキングとして解釈することには注意が必要です。

薬剤間の差はプラセボとの差と比較すると小さく、研究の多くには一定のバイアスリスクが認められました。

また、直接比較試験では、新しく評価される薬剤が比較対象の薬剤より有利な結果を示す傾向も確認されています。

さらに、研究での平均的な有効性が高い薬剤が、目の前の患者さんにとって最も適切な薬剤とは限りません。

例えば、ミルタザピンは有効性の高い薬剤の一つとして評価されていますが、眠気や体重増加が問題となる患者さんには適さない場合もあります。

一方で、不眠や食欲低下が著しい患者さんにとっては、そうした薬理学的特徴が治療上の利点になる可能性もあります。

抗うつ薬の選択では、研究で示された平均的な有効性と、それぞれの患者さんにとっての適切さを区別して考える必要があります。

うつ病が重いほど抗うつ薬は効くのか?

抗うつ薬の有効性を考えるうえで、うつ病の重症度も重要な要素です。

2010年にJAMA誌に掲載されたFournierらの研究では、抗うつ薬とプラセボの効果が、治療開始時のうつ病の重症度によってどのように変化するかが検討されました。[4]

この研究では、6件のランダム化比較試験、合計718人の患者データが解析されました。

その結果、治療開始時のうつ症状が比較的軽い集団では、抗うつ薬とプラセボの効果の差は小さく、非常に重症の集団では差が大きくなる傾向が認められました。

例えば、軽症から中等症の集団では標準化効果量が0.11だった一方、非常に重症の集団では0.47でした。

これは、うつ病の重症度が抗うつ薬の治療効果を考えるうえで重要である可能性を示しています。

ただし、この研究は6試験に限られ、評価された薬剤も主にパロキセチンとイミプラミンでした。

すべての抗うつ薬やすべての患者集団に、そのまま一般化できるわけではありません。

また、軽症のうつ病に抗うつ薬がまったく効かないという意味でもありません。

このような研究結果を踏まえると、軽症例では心理療法や環境調整などを含めて治療を選択し、重症例では薬物療法の必要性をより積極的に検討することが合理的と考えられます。

抗うつ薬はいつから効くのか?

抗うつ薬は、服用した当日から十分な抗うつ効果が得られる薬剤ではありません。

一般に、治療開始後1~2週間ほどで何らかの改善が認められる場合があり、十分な治療効果を評価するには数週間を要します。

通常、治療効果を判断する際には4~8週間程度の経過を考慮します。

ただし、初期の改善が乏しい場合でも、その後に治療反応が現れることはあります。

反対に、十分な用量と期間で使用しても改善が得られない場合には、薬剤の変更や治療方針の再検討が必要になります。

治療開始直後には、悪心、不眠、焦燥感などが生じることがあります。

また、一部の患者さんでは賦活症状やアカシジア、自殺念慮の悪化が問題となることがあります。

特に若年者や自殺リスクの高い患者さんでは、治療開始後や用量変更後の状態を慎重に評価することが重要です。

抗うつ薬が効かない場合はどうするのか?

抗うつ薬を使用しても、すべての患者さんが十分に改善するわけではありません。

この問題を考えるうえで重要なのが、米国で実施されたSTAR*D研究です。[5]

STAR*Dは、うつ病患者さんに対して、治療効果が不十分な場合に次の治療段階へ進むという方法を検討した大規模研究です。

第1段階ではシタロプラムを使用し、十分な効果が得られなかった患者さんに対して、薬剤変更や増強療法などが行われました。

この研究では、治療段階ごとの寛解率が報告されています。

治療段階寛解率(QIDS-SRによる評価)
第1段階36.8%
第2段階30.6%
第3段階13.7%
第4段階13.0%

※各段階に進んだ評価対象患者についての割合であり、最初の全患者に対する割合ではありません。

この結果から、治療段階が進むにつれて寛解率が低下することがわかります。

つまり、最初の抗うつ薬で十分な改善が得られなかった場合でも、次の治療によって改善する可能性はありますが、何度も治療がうまくいかなかった患者さんほど、その後の治療が難しくなる傾向があるわけです。

STAR*Dの累積寛解率67%はどう解釈する?

STAR*Dでは、4段階の治療を通じた理論上の累積寛解率が約67%と報告されました。

この数字は非常に有名で、抗うつ薬による治療を複数回試みることで、多くの患者さんが寛解に至るという説明に用いられることがあります。

ただし、この67%という数字には重要な注意点があります。

実際には研究途中で脱落した患者さんが存在しており、この累積寛解率は、脱落者が治療を継続した場合にも同様の寛解率が得られると仮定して推計されたものです。

2023年には、患者レベルのデータを用いた再解析が報告され、寛解率の推計方法について問題提起がなされました。[6]

この再解析では、初回治療段階の寛解率が25.5%と報告され、元のSTAR*D研究とは異なる結果になっています。

さらに、その後の研究でもSTAR*Dの累積寛解率の推計方法について再検討が行われています。

もっとも、これはSTAR*D研究全体の価値がなくなったという意味ではありません。

STAR*Dから得られた重要な知見の一つは、治療を重ねても寛解に至らない患者さんが一定数存在し、そのような患者さんに対する治療戦略が必要であるということです。

また、研究結果を評価するときには、単に寛解率という数字を見るだけでなく、どのように算出された数字なのか、途中脱落者がどのように扱われたのかまで確認する必要があります。

治療抵抗性うつ病

適切な抗うつ薬治療を行っても十分な改善が得られない場合、治療抵抗性うつ病(Treatment-Resistant Depression:TRD)が問題となります。

一般的には、適切な用量・期間で行われた2種類以上の抗うつ薬治療に十分な反応が得られない場合などに、この用語が用いられます。

ただし、定義は研究や診療指針によって多少異なります。

また、一見すると治療抵抗性うつ病に見えても、実際には双極性障害、身体疾患、服薬不十分、薬物相互作用などが関係していることもあります。

そのため、治療抵抗性と判断する前には、診断や治療内容を再評価する必要があります。

増強療法

抗うつ薬による治療効果が不十分な場合、別の薬剤を追加して抗うつ効果を高める方法を増強療法と呼びます。

代表的な選択肢として、非定型抗精神病薬の追加やリチウム増強療法などがあります。

非定型抗精神病薬については、アリピプラゾールなどを用いた増強療法の有効性が研究されています。

ただし、抗精神病薬にはアカシジア、錐体外路症状、体重増加、代謝系の副作用などがあります。

また、リチウムを使用する場合には、血中濃度や腎機能、甲状腺機能などの確認が必要となります。

薬剤を追加することで治療効果が高まる可能性がある一方、副作用や薬物相互作用も増加します。

したがって、十分な治療効果が得られない場合でも、安易に薬剤を追加するのではなく、現在の治療内容を整理することが重要です。

なお、増強療法に用いられる薬剤や用法のすべてが、日本国内でうつ病に対する保険適用を有しているわけではありません。

電気けいれん療法と反復経頭蓋磁気刺激療法

重症のうつ病や薬物療法に十分な反応が得られないうつ病では、電気けいれん療法(ECT)などが検討されます。

ECTは全身麻酔下で電気刺激によって治療的なけいれん発作を誘発する治療法です。

特に、精神病症状を伴う重症うつ病、緊張病、生命に関わるような摂食・飲水の障害がある状態などでは重要な選択肢となります。

一方、記憶障害などの副作用や麻酔に伴うリスクがあります。

また、反復経頭蓋磁気刺激療法(rTMS)も、一定の条件を満たすうつ病に対して用いられます。

これらの治療は、重症度や治療歴などを考慮しながら、専門施設で実施されます。

薬物療法と心理療法はどちらが有効か?

うつ病の治療には、認知行動療法(CBT)、行動活性化療法、対人関係療法などの心理療法も用いられます。

では、抗うつ薬と心理療法では、どちらの治療効果が高いのでしょうか。

2020年にWorld Psychiatry誌に掲載されたCuijpersらのネットワークメタアナリシスでは、101件の研究、11,910人の患者さんを対象として、心理療法、薬物療法、併用療法の効果が比較されました。[7]

その結果は、以下のようなものでした。

比較治療反応率の相対リスク(RR)
併用療法 vs 心理療法単独1.27
併用療法 vs 薬物療法単独1.25
心理療法単独 vs 薬物療法単独0.99

併用療法は心理療法単独、薬物療法単独のいずれよりも高い治療反応率を示しました。

一方、心理療法単独と薬物療法単独の間には、統計学的に有意な差が認められませんでした。

また、この研究では、心理療法を含む治療のほうが薬物療法単独よりも、研究からの脱落が少ない傾向も認められています。

ただし、対象となった研究の多くは中等症から重症のうつ病であり、すべての重症度に一律に適用できる結果ではありません。

さらに、心理療法の効果は、治療技法、実施回数、治療者、患者さんの状態などによっても変わります。

したがって、この結果は、すべての患者さんに必ず併用療法を行うべきであることを意味しません。

それでも、薬物療法だけがうつ病の治療ではなく、心理療法も有効性の確立された治療手段であることは知っておいていただきたいと思います。

抗うつ薬はいつまで服用する必要があるのか?

うつ病の治療で重要なのは、症状が改善したあとも再発を予防することです。

抗うつ薬によって症状が改善すると、薬を中止したいと考える患者さんも少なくありません。

では、抗うつ薬を中止すると、実際にどの程度再発しやすくなるのでしょうか。

2021年にMolecular Psychiatry誌に掲載されたKatoらのメタアナリシスでは、40件の研究、合計8,890人を対象として、抗うつ薬を継続した群とプラセボへ切り替えた群が比較されました。[8]

その結果、再発率は以下のようになりました。

治療再発率
抗うつ薬継続群20.9%
プラセボ切替群39.7%

抗うつ薬を継続した群では、プラセボへ切り替えた群と比較して、再発率が約19ポイント低下していました。

再発のオッズ比は0.38であり、NNT(治療必要数)は約6と報告されています。

NNTとは、対照群と比較して追加で1人の患者さんに望ましい結果をもたらすために、何人を治療する必要があるかを示す指標です。

この研究は、寛解後の抗うつ薬継続が再発予防に有効であることを示す重要なエビデンスです。

実際に抗うつ薬を中止した場合はどうなる?

2021年にNew England Journal of Medicine誌に掲載されたANTLER試験でも、抗うつ薬の継続と中止が比較されています。[9]

この研究では、英国のプライマリケアで抗うつ薬を一定期間服用し、現在の状態が安定していて中止を検討できる患者478人が対象となりました。

抗うつ薬継続群と、減量後にプラセボへ切り替える中止群に分け、52週間の経過が観察されました。

その結果、52週間以内の再発率は以下のようになりました。

治療52週間以内の再発率
抗うつ薬継続群39%
抗うつ薬中止群56%

中止群では、継続群と比較して再発リスクが高くなりました。

ただし、抗うつ薬を中止した患者さんの全員が再発したわけではありません。

また、継続群でも一定数の患者さんが再発しています。

ここで重要なのは、抗うつ薬の継続は再発リスクを低下させますが、再発を完全に防ぐものではないということです。

さらに、このような中止研究では、抗うつ薬の中止後症状と、うつ病の再発症状が重なる場合があり、結果の解釈には注意が必要です。

抗うつ薬は一生飲み続ける必要がある?

以上の研究結果から、抗うつ薬の継続が再発予防に有効であることは明らかですが、すべての患者さんが一生服用する必要があるわけではありません。

再発のリスクは、過去のうつ病エピソードの回数、症状の重症度、残存症状、併存疾患、現在の生活環境などによって異なります。

初回のうつ病で再発リスクが比較的低い場合と、何度も再発を繰り返している場合では、必要な治療期間も異なります。

寛解後も一定期間治療を継続することが一般的ですが、具体的な期間は個別に判断します。

また、抗うつ薬を急に中止すると、めまい、しびれ感、不眠、不安、悪心などの中止後症状が出現することがあります。

これらは必ずしもうつ病の再発を意味しません。

抗うつ薬を中止する場合には、再発リスクと中止後症状の両方を考慮しながら、必要に応じてゆっくり減量することが重要です。

うつ病に運動は有効なのか?

運動とうつ病の関係についても、さまざまな研究が行われています。

2024年にBMJ誌に掲載されたNoetelらのネットワークメタアナリシスでは、218件の研究、合計14,170人を対象として、運動が抑うつ症状に与える効果が検討されました。[10]

この研究では、ウォーキング、ジョギング、ヨガ、筋力トレーニングなど、さまざまな種類の運動が評価されています。

その結果、通常治療などを含む能動的な対照条件と比較して、以下のような標準化効果量が報告されました。

運動の種類効果量(Hedges’ g)
ウォーキング・ジョギング−0.62
ヨガ−0.55
筋力トレーニング−0.49
複合的な有酸素運動−0.43
太極拳・気功−0.42

※負の数値は、運動によって抑うつ症状が改善した方向を意味します。

この結果から、運動はうつ病の症状改善に有用である可能性が示されています。

ただし、研究の盲検化が困難であることや、研究間のばらつき、バイアスリスクなど、結果を解釈するうえでの限界もあります。

また、この研究結果をもって、運動がすべての患者さんにおいて抗うつ薬と同等、あるいはそれ以上に有効であると断定することはできません。

特に重症のうつ病では、入浴や食事などの日常生活動作さえ困難になる場合があります。

そのような患者さんに運動を強く勧めることは、かえって負担となる可能性があります。

運動は治療の有益な選択肢の一つですが、症状の程度に応じて無理のない範囲で取り入れることが重要です。

うつ病のその他の補足事項

うつ病は気合いや努力で治るのか?

うつ病は、本人の意志の弱さや努力不足によって発症する病気ではありません。

強い抑うつ症状や意欲低下がある状態では、それまで普通にできていたことが難しくなる場合があります。

一方で、回復の程度に応じて少しずつ活動を再開することも、治療の重要な要素です。

そのため、無理をせず休養することと、可能な範囲で活動性を回復させることを、病状に応じて使い分ける必要があります。

うつ病は完治するのか?

うつ病は治療によって症状の改善や寛解が期待できる疾患です。

ただし、一度改善しても再発する場合があります。

また、抑うつ気分が改善しても、集中力の低下、疲労感、意欲低下などが残ることもあります。

治療の目標は、単に気分の落ち込みを軽くするだけではありません。

仕事や家庭生活、趣味など、それぞれの患者さんが大切にしている生活機能を回復することも重要です。

うつ病で休職した場合、いつ復職できるのか?

復職の判断では、抑うつ症状が改善したかどうかだけではなく、生活リズム、集中力、疲労の程度、通勤能力、業務への耐性などを評価する必要があります。

自宅では問題なく過ごせていても、仕事の負荷に耐えられる状態とは限りません。

また、休職前と同じ環境に復職することで症状が再燃する可能性がある場合には、職場環境の調整が必要になることもあります。

復職時期については、本人の希望、医学的な状態、職場の受け入れ体制などを踏まえて判断することになります。

最後に

うつ病は比較的身近な精神疾患ですが、その診断や治療は必ずしも単純ではありません。

今回紹介した研究からもわかるように、抗うつ薬には有効性が認められている一方、すべての患者さんに同じように効果があるわけではありません。

また、抗うつ薬の種類によって平均的な有効性や受容性には違いがありますが、研究で有効性が高いとされた薬剤が、すべての患者さんにとって最善の薬剤とは限りません。

さらに、心理療法、環境調整、運動なども重要な治療手段です。

うつ病の治療では、単に薬剤を処方するだけでなく、診断を適切に行い、それぞれの患者さんの状態に応じて治療方法を選択する必要があります。

研究結果を参考にしながらも、個々の患者さんの症状、生活環境、希望などを踏まえて治療を進めることが重要だと考えます。

参考文献

  1. Moncrieff J, et al. The serotonin theory of depression: a systematic umbrella review of the evidence. Molecular Psychiatry. 2023;28:3243–3256.
    https://doi.org/10.1038/s41380-022-01661-0
  2. Jauhar S, et al. A leaky umbrella has little value: evidence clearly indicates the serotonin system is implicated in depression. Molecular Psychiatry. 2023;28:3149–3152.
    https://doi.org/10.1038/s41380-023-02095-y
  3. Cipriani A, et al. Comparative efficacy and acceptability of 21 antidepressant drugs for the acute treatment of adults with major depressive disorder: a systematic review and network meta-analysis. Lancet. 2018;391:1357–1366.
    https://doi.org/10.1016/S0140-6736(17)32802-7
  4. Fournier JC, et al. Antidepressant drug effects and depression severity: a patient-level meta-analysis. JAMA. 2010;303:47–53.
    https://doi.org/10.1001/jama.2009.1943
  5. Rush AJ, et al. Acute and longer-term outcomes in depressed outpatients requiring one or several treatment steps: a STAR*D report. American Journal of Psychiatry. 2006;163:1905–1917.
    https://doi.org/10.1176/ajp.2006.163.11.1905
  6. Pigott HE, et al. What are the treatment remission, response and extent of improvement rates after up to four trials of antidepressant therapies in real-world depressed patients? A reanalysis of the STAR*D study’s patient-level data. BMJ Open. 2023;13:e063095.
    https://doi.org/10.1136/bmjopen-2022-063095
  7. Cuijpers P, et al. A network meta-analysis of the effects of psychotherapies, pharmacotherapies and their combination in the treatment of adult depression. World Psychiatry. 2020;19:92–107.
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  8. Kato M, et al. Discontinuation of antidepressants after remission with antidepressant medication in major depressive disorder: a systematic review and meta-analysis. Molecular Psychiatry. 2021;26:118–133.
    https://doi.org/10.1038/s41380-020-0843-0
  9. Lewis G, et al. Maintenance or discontinuation of antidepressants in primary care. New England Journal of Medicine. 2021;385:1257–1267.
    https://doi.org/10.1056/NEJMoa2106356
  10. Noetel M, et al. Effect of exercise for depression: systematic review and network meta-analysis of randomised controlled trials. BMJ. 2024;384:e075847.
    https://doi.org/10.1136/bmj-2023-075847
  11. 日本うつ病学会.うつ病診療ガイドライン2025.
    https://www.secretariat.ne.jp/jsmd/iinkai/katsudou/kibun.html
  12. American Psychiatric Association. Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition, Text Revision. 2022.
  13. National Institute for Health and Care Excellence. Depression in adults: treatment and management. NG222. 2022.
    https://www.nice.org.uk/guidance/ng222