月経前症候群


月経前症候群

札幌市の精神科・心療内科、ことのはメンタルクリニックです。

月経前症候群の概要

月経前3~10日のいわゆる黄体期に起こる精神的及び身体的症状で、月経発来とともに消退及び消失するものを月経前症候群(premenstrual syndrome:PMS)と呼びます。

精神症状としては主にイライラ感、うつ状態、易怒性、食欲亢進、健忘、集中力の低下といった症状を呈します。
身体症状としては主に疲労感、乳房痛、腹部膨満感、頭痛、顔面や四肢の浮腫といった症状を呈します。

PMSの中でも精神の不安定さが際立って強くでてしまうものを月経前不快気分障害(premenstrual dysphoric disorder:PMDD)と呼びます。

以下ではPMS/PMDDとして表現していきます。

月経前症候群の診断


DSM-5(精神障害の診断と統計マニュアル)上の診断基準では、月経前不快気分障害の診断を下すには以下のAからFの全てが認められる必要があります。

A.ほとんどの月経周期において、月経開始前最終週に少なくとも5つの症状が認められ、月経開始数日以内に軽快し始め、月経修了後の週には最小限になるか消失する。

B.以下の症状のうち、1つまたはそれ以上が存在する。
(1)著しい感情の不安定性(例:気分変動;突然悲しくなる、または涙もろくなる、または拒絶に対する敏感さの亢進)
(2)著しいいらだたしさ、怒り、または対人関係の摩擦の増加
(3)著しい抑うつ気分、絶望感、または自己批判的思考
(4)著しい不安、緊張、および/または“高ぶっている”とか“いらだっている”という感覚

C.さらに以下の症状のうち1つ以上が存在し、上記基準Bの症状と合わせると症状は5つ以上になる。
(1)通常の活動(例えば仕事、学校、友人、趣味)における興味の減退
(2)集中困難の感覚
(3)倦怠感、易疲労性、または気力の著しい欠如
(4)食欲の著しい変化、過食、または特定の食物への渇望
(5)過眠または不眠
(6)圧倒される、または制御不能という感じ
(7)他の身体症状、例えば、乳房の圧痛または膨脹、関節痛または筋肉痛、“膨らんでいる”感覚、体重増加

注:基準A~Cの症状は先行する1年間のほとんどの月経周期で満たされていなければならない。

D.症状は臨床的に意味のある苦痛をもたらしたり、仕事、学校、通常の社会活動または他者との関係を妨げたりする(例:社会活動の回避;仕事、学校、または家庭における生産性や能率の低下)。

E.この障害は、他の障害、例えばうつ病、パニック症、持続性抑うつ障害(気分変調症)、またはパーソナリティ障害の単なる症状の増悪ではない(これらの障害はいずれも併存する可能性はある)。

F.基準Aは2回以上の症状周期にわたり、前方視的に行われる毎日の評価により確認される(注:診断はこの確認に先立ち前提的に下されてもよい)。

長々書いていますが臨床的に誤診することはまれです。
月経前限定で精神的な不安定さを呈していたらほぼこれですし、診断する医者側より患者さん側の方がよほど理解されています。

月経前症候群の治療

症状に応じて様々なものが用いられます。

先に申しておきますが、月経前症候群及び月経前不快気分症候群における第一選択薬は低用量ピルではなくSSRIもしくはSNRIです(詳しくは後述します)。
これが私がPMS/PMDDは精神科で取り扱うべき疾患であると考える理由です。

軽症の場合は対症療法を行います。情緒不安に対しては抗不安薬、浮腫に対して利尿薬、腹痛や頭痛に対しては鎮痛剤が用いられます。
当院では当帰芍薬散と加味逍遙散のダブル処方+鎮痛剤を提案することが多いです。軽度の症状であればこれでほぼカバーできます。
※ちなみに当帰芍薬散と加味逍遙散のダブル処方は小林製薬さんの命の母ホワイト®と成分自体はほぼ同等です。
※エビデンスベイスドな治療ではないです

中等症以上であれば選択的セロトニン再取り込み阻害薬(selective serotonin reuptake inhibitor:SSRI)もしくはセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(serotonin noradrenaline ruptake ihibitor:SNRI)を選択します。(Brown et al., 2009)

一般的にPMS/PMDDはSSRIもしくはSNRIが第一選択薬であると覚えておいてください。

即効性があることや少量投与で効果が得られることから、通常の効果発現機序とは異なることが推察されています。
あまりPMS/PMDDを診ることのない精神科医の方は驚かれるかもしれませんが、症状がある時のみSSRIもしくはSNRIを頓服的に内服するといった方法がとられることもあり、有効性を示すペーパーは少なくありません。(Steiner, 2000)

認知行動療法はどうやら効きそうです。(Lustyk et al., 2009)
※少し古いデータなので、もう少し精神療法が有用性を示すデータは探せばもっとありそうです。個人的な印象ですがマインドフルネスはかなり効きそうです。

運動は推奨されます。(Jarvis et al., 2008)

カフェインや塩分、糖の摂取量を減らすことを推奨する医師もいますが、これらのエビデンスは弱いです。

カルシウム、ビタミンD、ビタミンB6の摂取がPMSに効くというデータがあります。(Bertone-Johnson et al., 2005)(Bertone-Johnson et al., 2010)(Thys-Jacobs et al., 1998)(Whelan et al., 2009)
PMSを発症する女性の摂取量に有意差があったためです。
例えばビタミンB6の補給は、補給しなかった群と比較して2倍以上症状が減少したというデータもあり、サプリなどの効果はなかなか侮れません。摂取量としては1日50-100㎎の中用量がオススメされるようです。(Wyattet et al., 1999)

1日20㎎のチェストベリーがPMSに効いたデータもあります。(Schellenberg et al., 2001)
元の論文を読んだところ半端なく効いているっぽいので、試す価値は十分あるかと思います。

その他にはマグネシウムやL-トリプトファン補給の有効性も示唆されています。(Rapkin, 2003)

意外なことにPMS/PMDD治療において経口避妊薬の有効性を指示するデータは少ないです
ドロスピレノンを含む経口避妊薬に関する2012 年のコクランレビューでは、ドロスピレノン配合ピルがPMDDの女性の生産性と社会的機能の障害を軽減したことを示しています。ただしPMSに関してのエビデンスは不十分でした。(Lopez et al., 2012)
ドロスピレノンを含む経口避妊薬は日本ではドロエチ(ヤーズ®の後発品)やヤーズフレックス®があります。

GnRHアゴニストという薬もPMSに対して有効性がある、といったデータのある薬ですが、経済的な問題(つまりお高い)や副作用の問題で用いられることはまれです。
※わざと閉経後のホルモン状態にする治療法です。さすがに非推奨。

PMS/PMDDのイライラや気分の落ち込み、疼痛に対してアルプラゾラム(ベンゾジアゼピン系抗不安薬)が有効性を示したデータがあります。(Freeman et al., 1995)
アルプラゾラムに限らず、ベンゾジアゼピン系抗不安薬であればどれもそれなりに効くと思われます。
依存しやすい薬ではあるのでその点はご注意ください。

補助的にクエチアピン(抗精神病薬)を投与することで治療抵抗性のPMS/PMDDが改善したというデータがあります。(Jackson et al., 2015)
このあたりは各種のうつ疾患や不安障害と似たような感じですね…。

月経前症候群のその他の補足事項

PMSは閉経前の女性の20-32%が、重度のPMDDは3-8%の方が罹患しているというデータがあります。(Yonkers et al., 2008)


参考


レビューブック産婦人科2018-2019
国試対策問題編集委員会(編集)
24p

DSM-5 精神疾患の分類と診断の手引き
原著 American Psychiatric Association
日本語版用語監修 日本精神神経学会
監訳 高橋 三郎/大野 裕
訳 染矢 俊幸/神庭 重信/尾崎 紀夫/三村 將/村井 俊哉
96-97p

Premenstrual Syndrome and Premenstrual Dysphoric Disorder
https://www.aafp.org/pubs/afp/issues/2016/0801/p236.html

Premenstrual syndrome and premenstrual dysphoric disorder: guidelines for management
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1408015/

Premenstrual syndrome
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/18395582/

Selective serotonin reuptake inhibitors for premenstrual syndrome
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/23744611/

Cognitive-behavioral therapy for premenstrual syndrome and premenstrual dysphoric disorder: a systematic review
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/19247573/

Calcium and vitamin D intake and risk of incident premenstrual syndrome
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/15956003/

Dietary vitamin D intake, 25-hydroxyvitamin D3 levels and premenstrual syndrome in a college-aged population
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20398756/

Calcium carbonate and the premenstrual syndrome: effects on premenstrual and menstrual symptoms. Premenstrual Syndrome Study Group
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/9731851/

Efficacy of vitamin B-6 in the treatment of premenstrual syndrome: systematic review
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/10334745/

Treatment for the premenstrual syndrome with agnus castus fruit extract: prospective, randomised, placebo controlled study
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11159568/

A double-blind trial of oral progesterone, alprazolam, and placebo in treatment of severe premenstrual syndrome
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/23744611/

A review of treatment of premenstrual syndrome & premenstrual dysphoric disorder
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0306453003000969

Management Strategies for Premenstrual Syndrome/Premenstrual Dysphoric Disorder
https://journals.sagepub.com/doi/abs/10.1345/aph.1K673?journalCode=aopd

Double-blind, placebo-controlled pilot study of adjunctive quetiapine SR in the treatment of PMS/PMDD
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26193781/