ボルズィ(一般名:ボルノレキサント)について


札幌市西区の精神科・心療内科、ことのはメンタルクリニックです。

「寝つきはよくなっても、翌朝まで眠気が残る」
「薬の作用が短いと、夜中に目が覚めてしまうのではないか」
「新しい睡眠薬は、これまでの薬と何が違うのか」

不眠症の薬物療法では、夜間の睡眠を改善することと、翌日の日中機能を損なわないことの両立が求められます。

ボルズィは、オレキシンの働きを抑える不眠症治療薬です。比較的短い消失半減期を持ちながら、入眠と睡眠維持の両方への効果が検討されてきました。

この記事では、基本的な使い方に加えて、薬物動態、受容体占有率、臨床試験の結果とその読み方についても紹介します。

ボルズィの概要

ボルズィの一般名はボルノレキサント水和物です。開発段階では「TS-142」「ORN0829」と呼ばれていました。

オレキシン1受容体とオレキシン2受容体の両方を遮断する、デュアルオレキシン受容体拮抗薬(DORA)に分類されます。

オレキシンは覚醒を維持するために働く神経ペプチドです。ボルズィは、この覚醒を支える信号を抑えることで、睡眠への移行を助けます。

日本では2025年8月に不眠症を適応として承認され、同年11月27日に発売されました。

半減期の短さは、どのように実現されたのか

ボルズィの特徴としてよく挙げられるのが、消失半減期の短さです。

健康成人男性に10mgを空腹時単回投与した試験では、最高血中濃度に達するまでの時間の中央値は0.5時間、消失半減期の平均は約2.1時間でした。ただし、これは特定の試験条件で得られた値で、食事や併用薬などにより変化します。

「代謝が速い薬」という説明だけでは不十分

薬の半減期は、体が薬を除去する能力であるクリアランスだけで決まるわけではありません。基本的には、分布容積との関係で決まります。

半減期 ≒ 0.693 × 分布容積 ÷ クリアランス

ボルノレキサントの開発では、クリアランスを高くするだけでなく、脂溶性と分布容積を抑えることで短い半減期を実現する設計が採られました。クリアランスを過度に高くすると、経口投与した薬が全身循環に届く割合まで低下する可能性があるためです。

つまり、ボルズィは単に「すぐ代謝される薬」というより、体内での分布も含めて、作用を翌朝に持ち越しにくくすることを目指した薬と理解すると、その設計思想が見えてきます。これは薬物動態上の特徴であり、個々の患者さんで翌朝の眠気が生じないことを保証するものではありません。

半減期が約2時間なのに、なぜ睡眠維持にも作用するのか

「半減期が2時間なら、2時間後には効かなくなるのでは」と考えるかもしれません。

しかし、半減期は薬が半分になる時間であり、作用が消失する時間ではありません。さらに、血中濃度と受容体占有率、実際の睡眠への作用は、単純な比例関係にはありません。

2026年の研究:投与6時間後にも受容体占有が推定された

2026年に公表された研究では、ラットの薬物動態・受容体占有率データからモデルを構築し、ヒトの血中濃度を用いて受容体占有率を推定しています。

睡眠誘導に主に関与するOX2受容体について、次の結果が示されました。

  • 5mg・10mgとも、投与30分後には推定占有率が70%を超える。
  • 投与6時間後の推定占有率は、5mgで約50%、10mgで約60%となる。

短い血中半減期と、夜間の睡眠維持への作用が両立し得ることを説明する、興味深い結果です。

ただし、これはヒトの脳内受容体占有率を直接測定した結果ではなく、動物データとヒト血中濃度からのモデル推定です。「必ず6時間眠れる」といった説明には使えません。

実際の臨床試験では、どの程度の効果があったのか

第Ⅱ相試験:睡眠ポリグラフでも入眠・睡眠維持が改善

非高齢の不眠症患者24人を対象とした、単回投与の二重盲検クロスオーバー試験では、睡眠ポリグラフ(PSG)による客観的評価が行われました。

プラセボと比較した持続睡眠潜時の短縮は、5mgで約42分、10mgでも約42分でした。入眠後覚醒時間は、5mgで約28分、10mgで約35分短縮しています。

ここからは、「短い半減期だから入眠にしか作用しない」とは言えないことがわかります。

一方、24人の単回投与試験であり、この数字をそのまま日常診療での平均的な改善幅として説明することはできません。試験には30mg群も含まれていますが、国内の承認用量の上限は10mgです。

第Ⅲ相試験:5mgと10mgの差は単純ではない

日本人の不眠症患者589人を対象とした2週間のプラセボ対照試験では、睡眠日誌による主観的評価が行われました。

以下は、2週時点の変化量について、プラセボとの差を示したものです。

評価項目5mg群10mg群
主観的睡眠潜時10.6分短縮10.1分短縮
主観的睡眠効率3.41ポイント改善2.94ポイント改善
主観的総睡眠時間14.1分延長10.6分延長
主観的入眠後覚醒時間6.3分短縮4.1分短縮

睡眠潜時と睡眠効率は両用量で有意に改善しました。一方、入眠後覚醒時間の10mg群は、プラセボとの差が統計学的に有意ではありませんでした。

**「10mgなら5mgより明確に強く効く」という用量反応は、この短期試験では示されていません。**ただし、5mgが10mgより優れていると証明した試験でもありません。増量の判断では、個人の反応と副作用を確認する必要があります。

客観的評価と主観的評価の数字を混同しない

第Ⅱ相試験の「約42分短縮」と、第Ⅲ相試験の「約10分短縮」は、同じ条件で測定された数字ではありません。

前者は少人数・単回投与・PSGによる客観的評価、後者は多数例・2週間投与・睡眠日誌による主観的評価です。対象患者や試験環境も異なります。

睡眠薬の研究を読む際には、改善した分数だけでなく、何を、誰に、どの条件で測った数字なのかを確認することが重要です。

夜の睡眠だけでなく、日中の生活は改善するのか

2026年10月12日に公開された、第Ⅲ相試験の患者報告アウトカム解析では、不眠重症度尺度(ISI)、生活機能障害を評価するSheehan Disability Scale(SDS)、睡眠の主観的変化を評価するLeeds Sleep Evaluation Questionnaire(LSEQ)が検討されています。

5mg・10mgとも、ISIやSDSなどでプラセボと比べた改善が認められました。一方、LSEQの「目覚めやすさ」に関する領域では、有意差は認められませんでした。

この結果は、ボルズィの評価を「何分長く眠れたか」だけで終えず、日中の生活にも広げる根拠になります。

ただし、これは**同じ589人の試験から得られた追加解析であり、独立した別の追試ではありません。**評価は主観的尺度で、SDSの変化が不眠症患者にとってどの程度の臨床的意味を持つかにも、検討の余地があります。

翌朝の運転機能について、何がわかっているのか

ボルノレキサントでは、運転シミュレーターを用いた試験も行われています。

健康な日本人61人を無作為化し、10mg・20mg、プラセボ、陽性対照のゾピクロンを比較した試験では、投与9時間後の車線内のふらつきが評価されました。

ボルノレキサントでは、単回投与後・反復投与後とも、プラセボとの差の90%信頼区間上限が、事前に設定された臨床的に意味のある障害の閾値を下回りました。ゾピクロンでは、ふらつきの増加が確認されています。

陽性対照を設け、検出能力を確認したうえで持ち越し作用を評価している点は、この研究の強みです。

ただし、健康な被験者によるシミュレーター試験であり、評価時点は服用9時間後です。実際の患者さんの睡眠不足、併用薬、短時間睡眠での運転まで安全性を保証するものではありません。また、試験で用いた20mgは承認用量を超えています。

添付文書では、運転などの適否を患者さんの状態に応じて慎重に判断し、眠気などがある場合には運転や危険な機械操作を行わないよう求めています。

長期使用、耐性、反跳性不眠について

最長52週間の試験で、改善の持続が観察された

371人を対象とした長期試験では、5mgまたは10mgを26週間投与し、希望する患者さんでは最長52週間まで継続しています。

睡眠日誌による入眠・睡眠維持の改善は、長期にわたって観察されました。また、投与終了後の評価で、臨床的に問題となる離脱症状や反跳性不眠は検出されませんでした。

反跳性不眠とは、薬の中止後に、治療前より不眠が一時的に強くなることです。

ただし、この試験は非盲検で、長期のプラセボ対照群がありません。継続した患者さんの選択も影響するため、「長期改善のすべてが薬の効果」「耐性が生じない」と断定することはできません。

傾眠という有害事象は、5mg群で5.4%、10mg群で12.0%でした。増量を考える際には、有効性だけでなく眠気の増加にも目を向ける必要があります。

「離脱症状が検出されなかった」と「依存性ゼロ」は異なる

中止後の離脱症状、反跳性不眠、薬を求める行動、乱用可能性は、それぞれ異なる評価対象です。

したがって、試験で明確な離脱・反跳が検出されなかったことだけで、依存に関するすべてのリスクが否定されるわけではありません。ボルズィは、添付文書上「習慣性医薬品」に分類されています。

必要な効果が得られているかを確認し、改善後には継続の必要性を見直すことが大切です。

精神科の日常診療に、そのまま当てはめられるのか

第Ⅲ相検証試験では、精神疾患を併存する患者さんが除外されていました。

これは精神科診療で結果を解釈するうえで、重要な制約です。うつ病や不安症、双極症などに伴う不眠では、疾患の活動性や併用薬の影響も関わります。

**不眠症単独を中心に示された有効性を、精神疾患に伴うすべての不眠に同じ程度で期待できるとは限りません。**これはボルズィが使えないという意味ではなく、試験結果を一般化できる範囲の問題です。

飲み方・副作用・相互作用

通常、成人には1日1回5mgを就寝直前に使用し、症状に応じて調整します。上限は1日1回10mgです。

食事と同時・食直後の服用は、入眠効果の発現が遅れる可能性があるため避けます。また、服用後にいったん眠り、途中で起きて仕事などをする予定がある場合には服用しません。

半減期が短くても、相互作用は軽視できない

ボルノレキサントは主にCYP3A4で代謝されます。

クラリスロマイシン、一部のアゾール系抗真菌薬、リトナビル含有製剤、エンシトレルビルなどは併用禁忌です。フルコナゾール、エリスロマイシン、ベラパミルなど、中程度のCYP3A阻害薬と併用する場合は、1日1回2.5mgとします。

中等度肝機能障害でも2.5mgとし、重度肝機能障害では使用できません。健康成人での短い半減期を、併用薬や肝機能にかかわらず固定された性質として扱わないことが重要です。

副作用には眠気、めまい、悪夢、睡眠時麻痺などがあります。飲酒は避け、グレープフルーツジュースも控えてください。他の不眠症治療薬との併用については、有効性・安全性が確立されていません。

ボルズィを選ぶ際に考えたいこと

ボルズィは、夜間の睡眠改善と翌朝への持ち越しの両方を考える際の選択肢です。

ただし、短い半減期だけで他の薬より優れていると判断したり、試験条件の異なる副作用発現率を並べて安全性の順位をつけたりすることは適切ではありません。

診療では、寝つき、中途覚醒、起床時の状態、日中の眠気や生活への影響を確認します。増量する場合も、「睡眠時間が何分増えたか」と「翌日を過ごしやすくなったか」の両面から評価することが大切です。

不眠症の診断や、生活習慣の調整、認知行動療法については、不眠症の記事もご覧ください。

参考文献・資料

  1. PMDA:ボルズィ 医薬品情報(電子添文・インタビューフォーム・審査報告書)
  2. Effects of TS-142, a novel dual orexin receptor antagonist, on sleep in patients with insomnia: a randomized, double-blind, placebo-controlled phase 2 study.
  3. Efficacy and safety of vornorexant in Japanese patients with insomnia: a randomized, placebo-controlled phase 3 pivotal study.
  4. Preclinical metabolism and the disposition of vornorexant/TS-142, a novel dual orexin 1/2 receptor antagonist for the treatment of insomnia.
  5. Estimation of the Orexin Receptor Occupancy From Human Plasma Pharmacokinetics of Vornorexant.
  6. Driving performance in the morning after bedtime vornorexant administration: A randomized clinical trial using a driving simulator.
  7. Long-term safety and efficacy of vornorexant in Japanese patients with insomnia: A 52-week open-label, randomized trial.
  8. Assessment of patient-reported outcomes for sleep status and daytime functioning with vornorexant administration: results from a randomized phase 3 pivotal study.

情報確認日:2026年10月17日

執筆及び医学監修:高橋 和政(ことのはメンタルクリニック院長)