デパケン(一般名:バルプロ酸ナトリウム)

札幌市西区の精神科・心療内科、ことのはメンタルクリニックです。
「てんかんの薬を、なぜ精神科で使うのでしょうか?」
「気分を安定させる薬なら、うつ状態にも効きますか?」
「血中濃度が正常でも、副作用が出ることはあるのでしょうか?」
デパケンは、てんかん、躁病・躁状態、片頭痛の予防などに使用される薬です。精神科では、主に双極性障害の躁状態を治療する場面で用いられます。
長く使われている薬ですが、その特徴は「脳の興奮を抑える」という説明だけでは捉えきれません。
遺伝子の働き方に関わる作用、総血中濃度と実際の薬効のずれ、肝機能が正常でも起こる意識障害など、臨床で知っておきたい点が数多くあります。
今回は、デパケンの基本とともに、研究から分かってきた特徴や、治療上の注意点を解説します。
目次
- デパケンとは?―精神科・神経内科・頭痛診療で使われる薬
- 作用機序―GABAを増やすだけでは説明しきれない
- 躁状態への効果―単に眠らせる薬ではない
- うつ状態にも効く?―躁状態への効果とは分けて考える
- 再発予防ではどう位置づける?―BALANCE試験が示したこと
- 血中濃度は高いほどよい?―維持療法の研究から
- 「血中濃度は正常なのに副作用」―遊離型濃度という盲点
- 肝機能が正常でも起こる高アンモニア血症
- 長年飲んでいても確認したい、認知機能と運動症状
- 体重増加だけでなく、月経の変化にも注意する
- 妊娠・出産を考える場合に知っておきたいこと
- 併用薬で大きく変わる―特に確認したい相互作用
- 普通錠とデパケンRの違い―同じ成分でも吸収の速さが異なる
- 服用中の検査では、何を確認するのか?
- 最後に
- 参考文献・資料
デパケンとは?―精神科・神経内科・頭痛診療で使われる薬
デパケンの有効成分は、バルプロ酸ナトリウムです。
国内では、各種てんかんとてんかんに伴う性格行動障害、躁病および躁うつ病の躁状態、片頭痛発作の発症抑制に適応があります。
ここでいう「躁うつ病」は、現在の双極性障害に相当する従来の呼び方です。また、「てんかんに伴う性格行動障害」という適応は、一般的な怒りやすさや、あらゆる行動上の問題への有効性を意味するものではありません。
診察では、薬の名前だけでなく、「何を改善する目的で処方しているか」を確認することが大切です。同じ薬でも、躁状態の治療と片頭痛の予防では、効果の評価方法が異なるためです。
作用機序―GABAを増やすだけでは説明しきれない
神経の過剰な興奮を抑える
バルプロ酸の作用には、抑制性の神経伝達物質であるGABAの働きを強めることが関係すると考えられています。
ただし、GABA系に作用する薬であっても、ベンゾジアゼピン系抗不安薬と同じ仕組みではありません。バルプロ酸では、GABAの代謝などへの影響を通じ、神経の興奮と抑制のバランスを変えることが想定されています。
インタビューフォームでも、作用機序は完全には確立されていないとされています。「GABAが増えるから躁状態が治る」という一対一の説明には、まだ収まらない薬です。
遺伝子の「読み出され方」にも影響する
バルプロ酸の興味深い特徴として、ヒストン脱アセチル化酵素、HDACを阻害する作用があります。
DNAはヒストンというタンパク質に巻きついており、その状態によって遺伝子の読み出されやすさが変わります。バルプロ酸は、この調節に関与する酵素に作用します。
2001年の基礎研究では、バルプロ酸によるHDAC阻害とヒストンのアセチル化亢進が示されました。神経伝達物質だけでなく、遺伝子発現の調節という視点からも研究されてきた薬なのです。
ただし、これは「遺伝子を修復する」「脳のダメージを元に戻す」という意味ではありません。また、HDAC阻害がヒトの気分安定作用をどの程度説明するかも、確定していません。
基礎研究で魅力的な機序が見つかることと、患者さんにどのような利益が得られるかは、分けて考える必要があります。
躁状態への効果―単に眠らせる薬ではない
躁状態では、気分が高揚するだけでなく、睡眠が少なくても活動し続ける、話が止まらない、考えが次々に浮かぶ、浪費する、怒りっぽくなるなどの症状がみられます。
バルプロ酸の抗躁効果を示した代表的な研究に、1994年の無作為化比較試験があります。
急性躁状態の入院患者179人を対象とした3週間の試験では、躁症状の評価尺度が50%以上改善した割合は、divalproex群48%、リチウム群49%、プラセボ群25%でした。両薬剤とも、プラセボより有効でした。
この結果は、バルプロ酸が眠気を起こすだけでなく、躁症状そのものに治療効果を持つことを支持しています。
一方、海外研究で用いられるdivalproexは、国内のデパケンと製剤が同一ではありません。バルプロ酸としての知見は参考になりますが、海外試験の投与量や増量方法を、そのまま国内の処方へ置き換えることはできません。
うつ状態にも効く?―躁状態への効果とは分けて考える
「気分安定薬」という名称から、気分が上がりすぎるときにも、下がりすぎるときにも、同じように効く薬だと思われることがあります。
しかし、躁状態への効果、双極性障害のうつ状態への効果、将来の再発を防ぐ効果は、それぞれ別の問いです。
バルプロ酸については、双極性障害のうつ状態に有効だった小規模な無作為化比較試験があります。例えば、双極Ⅰ型障害のうつ状態25人を対象とした8週間の試験では、プラセボより抑うつ症状の改善が大きいという結果が報告されています。
ただし、少人数の試験から、幅広い患者さんに安定した効果が得られると断定することはできません。国内の承認適応も、双極性障害のうつ状態そのものではなく、躁病・躁状態です。
したがって、落ち込みが続いている場合には、「気分安定薬を飲んでいるから十分」と考えず、現在の病相や、抑うつ症状を治療する方針を改めて検討します。
また、双極性障害のうつ状態に関する研究結果を、躁・軽躁の既往がない通常のうつ病へ、そのまま当てはめることもできません。
再発予防ではどう位置づける?―BALANCE試験が示したこと
急性期に効いた薬が、長期の再発予防でも最も優れているとは限りません。
この点を考えるうえで参考になるのが、双極Ⅰ型障害330人を対象としたBALANCE試験です。リチウム単独、バルプロ酸単独、両者の併用を、最長24か月比較しました。
気分エピソードのために新たな治療介入が必要になった割合は、併用群54%、リチウム群59%、バルプロ酸群69%でした。
併用はバルプロ酸単独より良好でしたが、リチウム単独に対する併用の優越性は、統計学的には示されませんでした。
この試験からは、「バルプロ酸を使えば、長期の再発予防まで十分」とは限らないことが分かります。
ただし、非盲検試験であり、無作為化前に併用治療を行う期間が設けられていた点にも注意が必要です。実際の治療では、過去の反応、副作用、妊娠・生殖に関する事情、服薬の続けやすさも合わせて判断します。
血中濃度は高いほどよい?―維持療法の研究から
バルプロ酸は、血中濃度を測りながら調整することがある薬です。
しかし、濃度の数字を上げること自体が治療目標ではありません。
2022年の観察研究と既存研究を合わせた解析では、維持療法中の血中濃度50~74μg/mLは、50μg/mL未満と比べて気分エピソードの再発リスクが低いことが示唆されました。
一方、75~99μg/mLでさらに明確な利益が得られるかは、はっきりしませんでした。
これは「全員を50~74μg/mLにすればよい」という意味ではありません。観察研究には交絡があり、急性躁状態と維持療法でも状況が異なります。
それでも、「濃度が高いほど安定する」と単純に考えないための、重要な知見です。
採血結果を比較するときには、最終服薬から採血までの時間、飲み忘れ、製剤の変更なども確認します。
「血中濃度は正常なのに副作用」―遊離型濃度という盲点
通常測定されるバルプロ酸濃度は、血液中のタンパク質に結合した分と、結合していない分を合わせた「総濃度」です。
このうち、薬理作用や毒性に直接関わるのは、主にタンパク質に結合していない「遊離型」です。
低アルブミン血症などがあると、総濃度と遊離型濃度の関係が変わり、総濃度だけでは実際の曝露を捉えにくくなります。
成人51人を対象とした前向き研究では、遊離型濃度は血小板減少と関連していました。一方、高アンモニア血症との関連は明確ではありませんでした。
また、低アルブミン血症を伴う精神科患者の症例報告では、遊離型の割合に大きな個人差があり、予測式で十分に説明できない例が示されています。
臨床的に大切なのは、検査票の数字だけで副作用を否定しないことです。
「総濃度が低めだから増量したい」という場面でも、眠気やふらつきが強ければ、栄養状態やアルブミン値などを含めて再評価する必要があります。
肝機能が正常でも起こる高アンモニア血症
バルプロ酸の副作用で見逃したくないものの一つが、高アンモニア血症に伴う脳症です。
強い眠気、反応の鈍さ、混乱、ふらつきなどで現れることがあります。
注意したいのは、肝機能検査が正常で、バルプロ酸の血中濃度が治療域にあっても発症し得ることです。精神科領域でも、このような症例が報告されています。
服用中に「急にぼんやりする」「会話がかみ合わない」といった変化があれば、うつ症状の悪化や鎮静作用だけで説明せず、薬剤性の意識障害も考えます。
一方、アンモニア値の上昇と脳症は同じではありません。症状、経過、他の原因を合わせて評価します。
国内添付文書では、定期的なアンモニア値の測定などによる観察が求められています。また、尿素サイクル異常症の患者さんには禁忌です。
長年飲んでいても確認したい、認知機能と運動症状
薬の副作用というと、飲み始めや増量直後を想像しやすいかもしれません。
しかし、バルプロ酸では長期服用中に、認知機能低下やパーキンソン症状が徐々に出現し、中止後に改善した例も報告されています。
10症例の報告では、パーキンソン症状に加えて、6例で明らかな認知機能の問題がみられました。高齢者では、パーキンソン病などとの区別が難しくなる場合があります。
もちろん、物忘れや歩行の変化をすべて薬のせいにすることはできません。
ただ、「何年も同じ薬だから関係ない」と考えるのも適切ではありません。動作が遅くなった、歩きにくくなった、認知機能が低下したといった変化では、身体疾患の評価とともに、処方内容も見直します。
体重増加だけでなく、月経の変化にも注意する
バルプロ酸では、体重増加に加えて、月経異常や高アンドロゲン状態との関連も検討されています。
双極性障害の女性を対象とした研究では、バルプロ酸の使用と、新たに生じた稀発月経・無月経および高アンドロゲン症状との関連が報告されました。
これは、服用している方が必ず多嚢胞性卵巣症候群になるという意味ではありません。
ただし、月経が不規則になった、にきびや多毛が目立つようになったといった変化は、診察で共有しておきたい情報です。
体重だけでは捉えられない副作用があることも、長期治療では意識しておく必要があります。
妊娠・出産を考える場合に知っておきたいこと
女性の服用―形態的な異常と発達への影響を考える
バルプロ酸は、妊娠中の使用による胎児への影響が重要な薬です。
問題は先天奇形だけではありません。妊娠中に抗てんかん薬の単剤治療を受けていた母親と、その子どもを追跡したNEAD研究では、バルプロ酸曝露群で、他の一部の抗てんかん薬の曝露群より6歳時の平均IQが低く、用量との関連も示されました。
国内では、片頭痛予防を目的とした妊婦・妊娠している可能性のある女性への使用は禁忌です。てんかんや躁状態でも、治療上やむを得ないと判断される場合を除き、投与しないとされています。
妊娠を希望する場合は、妊娠前から治療計画を相談することが大切です。妊娠が判明した場合にも、自己判断で急に中止せず、速やかに処方医へ相談してください。
男性の服用―2026年の再評価でも因果関係は未確定
父親が受胎前にバルプロ酸を使用していた場合の、子どもの神経発達への影響についても研究されています。
欧州医薬品庁の安全性委員会PRACは、2026年6月の再評価で、研究結果には一貫性がなく、バルプロ酸との因果関係は不確実と結論づけました。一方、不確実性が残るため、欧州で導入された予防的措置は維持するとしています。
ここは、妊娠中の母体曝露によるリスクと、同じ確実性で説明しないことが重要です。
「父親の服用でも危険性が確定した」とも、「男性には関係ない」とも言い切れません。子どもを希望する場合には、病状の安定と最新の情報を踏まえ、治療を相談します。
併用薬で大きく変わる―特に確認したい相互作用
カルバペネム系抗菌薬との併用
メロペネムなどのカルバペネム系抗菌薬は、バルプロ酸の血中濃度を低下させるため、国内では併用禁忌です。
この相互作用は、一般的な「肝臓の代謝酵素を誘導する」という説明だけでは理解できません。
基礎研究では、バルプロ酸のグルクロン酸抱合体を元のバルプロ酸へ戻す酵素として、アシルペプチドヒドロラーゼ、APEHが同定されました。カルバペネムによるこの過程の阻害が、濃度低下の重要な機序と考えられています。
感染症で別の医療機関を受診した場合にも、バルプロ酸を服用していることを伝えてください。
ラモトリギンとの併用
バルプロ酸はラモトリギンの消失を遅らせます。両薬を併用する場合は、その影響を前提としたラモトリギンの開始量・増量方法が必要です。
また、アスピリンによる遊離型バルプロ酸濃度の上昇などにも注意が必要です。相互作用は処方薬だけとは限らないため、市販薬も含めて確認します。
普通錠とデパケンRの違い―同じ成分でも吸収の速さが異なる
デパケンには普通錠や徐放錠などがあり、デパケンRは、成分がゆっくり放出されるように設計された製剤です。
徐放化は、体内への薬の入り方を変える工夫です。同じ成分でも、服用回数や血中濃度の推移は製剤によって異なります。
インタビューフォームでは、デパケンRは約5時間で50%が溶出するように設計されているとされています。噛み砕いたり、自己判断で粉砕したりすると、この設計を損なう可能性があります。
なお、海外の「ER」「徐放製剤」と国内のデパケンRも、製剤としてすべて同一ではありません。製剤を変更するときには、服用方法や血中濃度を改めて確認します。
服用中の検査では、何を確認するのか?
検査の目的は、血中濃度が一定の範囲に入っているかを見ることだけではありません。
肝機能、血算・血小板、腎機能、アンモニアなどを、症状や治療経過と合わせて確認します。特に国内添付文書では、投与初期6か月間の定期的な肝機能検査が求められています。
血小板減少だけでなく、血小板凝集や凝固への影響も報告されているため、あざや出血の増加、手術の予定なども共有しておきたい情報です。
強い意識の変化、繰り返す嘔吐、激しい腹痛、黄疸などが現れた場合には、定期受診を待たず、速やかに医療機関へ相談してください。
最後に
デパケンは、躁状態への治療効果を持ち、精神科以外でも使用される薬です。
一方で、「気分安定薬」という一つの名称だけでは、躁状態、うつ状態、再発予防における役割の違いを十分に表せません。
また、血中濃度が正常でも副作用が起こることや、長期服用中の認知・運動機能の変化、妊娠・生殖に関する問題にも目を向ける必要があります。
治療では、何を改善するために使っているか、実際にどのような利益が得られているか、副作用が生活に影響していないかを、継続して確認していきます。
気になる変化がある場合は、服用量を自己調整せず、診察でご相談ください。
参考文献・資料
- PMDA:デパケンR錠100mg/200mg 電子添文(2026年3月改訂)、インタビューフォーム。
- Bowden CL, et al. Efficacy of divalproex vs lithium and placebo in the treatment of mania. JAMA. 1994;271:918–924.
- Göttlicher M, et al. Valproic acid defines a novel class of HDAC inhibitors inducing differentiation of transformed cells. EMBO J. 2001;20:6969–6978.
- Davis LL, et al. Divalproex in the treatment of bipolar depression: a placebo-controlled study. J Affect Disord. 2005.
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- Joffe H, et al. Valproate is associated with new-onset oligoamenorrhea with hyperandrogenism in women with bipolar disorder. Biol Psychiatry. 2006.
- Meador KJ, et al. Fetal antiepileptic drug exposure and cognitive outcomes at age 6 years(NEAD study). Lancet Neurol. 2013;12:244–252.
- EMA:PRAC meeting highlights, 8–11 June 2026.
情報確認日:2026年10月17日
執筆及び医学監修:高橋 和政(ことのはメンタルクリニック院長)