早期退職でストレスはどのくらい減るのか


札幌市西区の精神科・心療内科、ことのはメンタルクリニックです。

「仕事を辞めたら、この疲れはなくなるのだろうか」
「早期退職して、毎日を自由に過ごせたら楽になるはず」
「でも、働かなくなったら別の不安が出てきそう」

早期退職やFIREを考えるとき、お金と同じくらい気になるのが、退職後の心身の変化です。

結論からいうと、退職によって疲労感や精神的な負担が大きく軽くなる人はいます。ただし、「早期退職すればストレスが一律に半分になる」といった共通の数字はありません。

研究で改善が認められているのは、疲労感、抑うつ症状、睡眠など、それぞれ異なる指標です。そして、どのような仕事を、どのような条件で辞めるかによって、結果は変わります。

今回は、退職前後を追った研究から、「仕事を辞めると、何がどれくらい楽になるのか」を考えます。

退職前後で、疲労感が大きく減った研究がある

代表的な研究の一つが、フランスの電力・ガス会社の従業員を追跡した「GAZEL研究」です。

2010年に医学誌BMJに掲載された解析では、病気を理由とする退職を除いた14,104人について、退職前後の健康状態が調べられました。平均退職年齢は約55歳でした。

退職1年前と1年後を比較すると、次のような結果でした。

評価したもの退職1年後のオッズ比数字を読む際の注意
精神的疲労0.19疲労を訴えるオッズが大きく低下
身体的疲労0.27身体の疲れについても大きく低下
抑うつ症状0.60疲労ほどではないが、低下が認められた

ここで、「精神的疲労が81%減った」と言い換えるのは正確ではありません。オッズ比は、疲労の強さそのものや、症状のある人の割合の減少率とは異なる数字だからです。

それでも、退職の前後で疲労の訴えが大幅に減ったという結果は、「仕事を辞めたら、ずいぶん楽になった」という感覚を裏づけています。

ただし、この結果をそのまま「若い人のFIRE」に当てはめてはいけない

GAZEL研究の対象者は、雇用が安定し、比較的手厚い年金制度のある企業の従業員でした。退職年齢は若めですが、制度に基づく退職です。

これは、30代や40代で資産を取り崩しながら生活するFIREや、次の収入源が決まっていない退職とは条件が違います。

「退職後も生活が成り立つ」という安心がある場合と、「来年の生活費は大丈夫だろうか」という不安を抱えた場合では、仕事から解放される意味も変わるはずです。

この研究から分かるのは、一定の生活保障のある退職で疲労が大きく軽減したことです。誰が、何歳で辞めても同じ効果が得られるという意味ではありません。

仕事がつらかった人ほど、退職の恩恵は大きいのか

別のGAZEL研究では、退職前に職場環境が悪かった人や健康上の訴えがあった人ほど、退職に伴う主観的な健康状態の改善が大きい傾向がありました。

一方、高い職位にあり、仕事の要求が低く、仕事への満足度も高い人では、同様の改善は認められませんでした。

同じ「仕事」でも、その中身はかなり違います。

毎朝、出勤を考えるだけで胃が痛くなる仕事。
忙しくても、自分の裁量があり、やりがいを感じられる仕事。
収入はよくても、常に連絡が入り、休日も頭が休まらない仕事。

退職の効果を考えるときは、労働時間だけでなく、「何が負担になっているのか」を見ておく必要があります。

例えば、負担の中心が特定の上司や夜勤なら、異動や勤務形態の変更で楽になる可能性もあります。責任を引き受け続けること自体が限界なら、職場を変えるだけでは十分でないかもしれません。

「仕事を辞めたい」という気持ちを、もう少し細かく分けることが判断の助けになります。

退職すると眠れるようになる。でも、理由は意外と単純ではない

退職後の変化として、睡眠の改善も報告されています。

フィンランドの「FIREA研究」で2,053人を追った2019年の論文では、退職後に睡眠時間が延び、早朝覚醒、熟眠感の乏しさ、日中の疲れ、心配による睡眠不足などが減りました。

興味深いのは、退職前の仕事のストレス要因が多かった人ほど、睡眠が大きく改善したわけではなかったことです。

研究者は、睡眠の改善は、仕事のストレスからの解放だけでは説明できないと結論づけています。

退職すると、「明日は何時までに起きなければならない」という制約も変わります。

通勤に合わせた早起きが不要になる。眠りが浅かった翌日に、少し休める。自分の眠気に合わせて生活を調整できる。

こうした時間の自由が睡眠を改善する可能性があります。ただし、どの要因がどれだけ効いているかは、この研究だけでは確定できません。

「上司がいなくなったから眠れる」のか、「朝6時に起きなくてよくなったから眠れる」のか。両方のこともあるでしょう。

「ストレスホルモンが下がる」とは言い切れない

では、退職によって体のストレス反応も変わるのでしょうか。

この点を調べたのが、英国の公務員を追跡した「Whitehall II研究」の解析です。

約1,100人について唾液中のコルチゾールを調べたところ、退職した人では、働き続けた人より、日中にコルチゾールが低下していく傾きが急でした。

コルチゾールには、朝に高く、夜に低くなる日内リズムがあります。この研究では、その低下が平坦になることを、望ましくないストレス関連の指標として扱っています。

ただし、退職後も職位による差は残り、低い職位だった退職者では、高い職位だった退職者より平坦なパターンが認められました。

ここから考えられるのは、職場から離れれば、これまでの生活条件や社会経済的な差まで一度に消えるわけではないということです。

また、この結果は「退職するとコルチゾールの総量が何%減る」と示したものでもありません。

コルチゾールを、心のつらさをそのまま数字にする「ストレス残量計」のように考えるのは適切ではありません。

自分で選んだ退職と、辞めざるを得なかった退職では違う

退職後のメンタルヘルスを考える際に、見落とせないのが退職の理由です。

アイルランドの縦断研究では、自発的な退職、非自発的な退職、健康上の理由による退職を区別して調べています。

その結果、非自発的な退職は、抑うつ症状の悪化と関連していました。自発的な退職では悪化の程度が小さく、解析方法によっては統計学的に明確ではありませんでした。

同じように会社に行かなくなっても、

「十分働いたので、自分で次の生活を選んだ」
「まだ働きたかったのに、居場所を失った」

では、受け止め方が違います。

収入の変化に加え、自分で決められたという感覚、周囲との関係、仕事に持っていた意味も違ってきます。

そのため、「退職した人」と一括りにして平均を出すと、解放された人と、傷ついた人の両方が混ざってしまいます。

最初の解放感は、その後も続くのか

退職直後の楽さと、数年後の心の状態も分けて考える必要があります。

2023年に公表された欧州などの8,998人を対象とした縦断研究では、退職した年と比べて、翌年の抑うつのリスクは約11%低いという結果でした。

ただし、この評価は質問票による抑うつ症状に基づくもので、医師が診断したうつ病の発症率そのものではありません。また、長期になると、退職後の改善は一様には続きませんでした。

最初は、目覚まし時計をかけなくてよいだけでうれしい。
しばらくすると、「今日は何をしよう」と考える時間が増える。
さらに時間がたつと、「これから何を大切にして暮らそうか」という問いが出てくる。

こうした経過は一例で、全員がたどる段階ではありません。

ただ、退職直後の解放感だけを基準に、その後の何十年も想像するのは難しいという点は、覚えておきたいところです。

退職後は、ストレスの「種類」が変わることもある

退職によって、締め切り、通勤、職場の対人関係、業務上の責任は減るかもしれません。

一方、生活費、家族との距離感、孤独、将来への不安が新たな負担になることもあります。

例えば、会社のメールを確認しなくなった代わりに、資産残高を一日に何度も確認するようになったとします。

本人としては仕事から解放されたつもりでも、「減ってはいけない」「失敗してはいけない」という緊張は続いているかもしれません。

これは、退職研究から導かれた決まった法則ではなく、退職後の生活を考えるための例です。

大切なのは、「仕事がなくなること」と「安心して過ごせること」を、それぞれ具体的に考えることです。

完全に辞める以外にも、負担を減らす方法はある

早期退職を考えるとき、「今のまま働く」か「完全に辞める」かの二択になってしまうことがあります。

しかし、負担の中心によっては、勤務日数を減らす、管理職を離れる、夜勤や当直を外す、仕事の連絡が入る時間を制限するなどの方法も考えられます。

これらが完全退職と同じ効果を持つと証明されているわけではありません。ただ、収入や人とのつながりを保ちながら、自分にとって大きな負担を減らせる可能性はあります。

検討するときは、次の三つを言葉にしてみると整理しやすくなります。

  • 今の仕事で、なくなったら最も楽になるものは何か
  • 退職すると、失って困りそうなものは何か
  • 退職後に、その不足をどう補うか

「仕事が嫌い」だと思っていたけれど、実際には長時間勤務がつらかった。
「働き続けたい」と思っていたけれど、本当は収入への不安が強かった。

そこが分かると、選べる道も変わります。

仕事から離れてもつらいときは、退職の失敗とは限らない

退職しても、不眠、気分の落ち込み、楽しめなさ、強い不安が続くことがあります。

その場合、「辞めたのに元気になれない自分がおかしい」と考える必要はありません。

仕事の負担が減っても、すでに生じている抑うつや不眠に治療が必要な場合があります。また、仕事以外の問題が重なっていることもあります。

退職後の経過を見るときには、気分だけでなく、眠れているか、食べられているか、人と関われているか、日々の生活を送れているかも確認します。

不調が続き、生活に支障が出ている場合は、退職という選択の良し悪しだけで説明しようとせず、医療機関で相談してください。

早期退職を考えるうえで役立つのは、「辞めればすべて楽になるはず」という期待を少し具体化することです。

何から離れたいのか。
何は残したいのか。
そして、仕事のない一日を、どう過ごせたら自分は落ち着くのか。

その答えが見えてくると、退職する時期だけでなく、自分に合う働き方や休み方も考えやすくなります。

参考文献

  1. Westerlund H, et al. Effect of retirement on major chronic conditions and fatigue: French GAZEL occupational cohort study. BMJ. 2010;341.
  2. Westerlund H, et al. Self-rated health before and after retirement in France (GAZEL): a cohort study. Lancet. 2009;374:1889–1896.
  3. Myllyntausta S, et al. Does removal of work stress explain improved sleep following retirement? The Finnish Retirement and Aging study. Sleep. 2019;42(8).
  4. Chandola T, et al. Retirement and Socioeconomic Differences in Diurnal Cortisol: Longitudinal Evidence From a Cohort of British Civil Servants. J Gerontol B Psychol Sci Soc Sci. 2018;73(3):447–456.
  5. Mosca I, Barrett A. The Impact of Voluntary and Involuntary Retirement on Mental Health: Evidence from Older Irish Adults. J Ment Health Policy Econ. 2016;19(1):33–44.
  6. Mosconi G, et al. Transition to retirement impact on risk of depression and suicidality: results from a longitudinal analysis of the Survey of Health, Ageing and Retirement in Europe (SHARE). Epidemiol Psychiatr Sci. 2023;32.

情報確認日:2026年10月23日

執筆及び医学監修:高橋 和政(ことのはメンタルクリニック院長)