なぜ人は他人の不幸を喜んでしまうのか


札幌市西区の精神科・心療内科、ことのはメンタルクリニックです。

「いつも自慢していた人が失敗して、少しスッとした」
「苦手な上司が注意されているのを見て、内心うれしかった」
「有名人の転落ニュースを、つい最後まで読んでしまう」

そして、そのあとで「こんなことを喜ぶ自分は、性格が悪いのだろうか」と感じる。

あまり人には言いにくい感情ですが、心理学では「シャーデンフロイデ」と呼ばれ、研究の対象になっています。

最初に結論を述べると、他人の不幸を喜ぶ感情には、他者との比較、自尊心を守る働き、「報いを受けた」という判断、集団同士の競争などが関係します。単に「意地悪な人だから」で片づくものではありません。

ただし、感情が浮かぶことと、実際に相手を傷つけることは別です。

今回は、少し後ろめたく、しかし人間を理解するうえで興味深いこの感情を、心理学と脳科学の研究から考えます。

「人の不幸は蜜の味」に名前がある

シャーデンフロイデは、他人の不幸や失敗によって生じる喜びを指す言葉です。ドイツ語の「損害」と「喜び」に由来します。

例えば、自分より評価されていた同僚が大きなミスをしたとき。

自分の給料が上がったわけでも、仕事が減ったわけでもありません。それでも、少し気分がよくなることがあります。

ここには、人間が自分の状態を「絶対的なもの」だけでなく、「他人と比べた位置」で評価する性質が関係しています。

「自分はどれくらいできているか」を考えるとき、私たちは知らないうちに、周囲の人を物差しにしているのです。

なぜ、遠い世界の天才より「身近な優秀な人」が気になるのか

世界一の音楽家が賞を取っても、素直に感心できる。

ところが、同じ職場の同期が表彰されると、何となく落ち着かない。

これは、その相手の成功が、自分の評価に結びつきやすいためと考えられます。

自分が大切にしている分野で、比較の対象になる人が成功すると、「自分は負けている」「自分の価値が下がった」という感覚が生まれることがあります。

その相手が失敗すると、比較によって生じていた苦しさが和らぐ。自分が前進していなくても、相対的な差が縮まったように感じるわけです。

実際、計1,827人を対象とした9つの実験では、自分より上位にいる相手との比較が、同程度の相手との比較より、羨望やシャーデンフロイデを強める傾向が示されました。また、比較する分野が自分にとって重要でない場合などには、その影響が弱まりました。

他人の失敗が気になるとき、その相手は、自分が気にしている評価軸を映しているのかもしれません。

自分も損をしているのに、相手がもっと損をすると喜ぶ

この性質をよく示す、少し皮肉な実験があります。

Dvashらは、お金の獲得や損失を伴うゲームで、自分と他のプレイヤーの結果を参加者に示しました。

すると、参加者は自分がお金を失っていても、相手がそれ以上に失っていると、喜びやシャーデンフロイデを報告しました。

逆に、自分がお金を得ていても、相手がもっと多く得ていると、羨望を感じました。

例えば、「自分は1,000円損したが、相手は3,000円損した」という状況です。これは仕組みを説明するための例ですが、自分の財布が軽くなっている事実は変わりません。それでも、比較によって気分が上向くことがあるのです。

人間の満足感は、手に入れたものの量だけでは決まりません。

この研究は、「自分の生活がよくなること」と「他人よりよい位置にいると感じること」が、ときに別々の方向に動くことを示しています。

脳は他人の不幸を「報酬」として処理するのか

日本の研究者であるTakahashiらは、2009年に『Science』で、羨望とシャーデンフロイデの神経基盤を報告しました。

自分に関係が深い分野で優れた相手を見て羨望を感じる場面では、前帯状皮質の活動がみられました。一方、羨望の対象となった相手の不幸を知る場面では、報酬処理に関わる腹側線条体の活動がみられました。

さらに、羨望に関連する反応が強いほど、その後のシャーデンフロイデに関連する反応も強いという関係が報告されています。

興味深いのは、他人の成功に対するつらさと、その人の失敗に対する喜びが、別々の出来事ではなく、つながった反応として捉えられることです。

ただし、「腹側線条体が活動したから、ドーパミンが大量に出た」「脳に他人の不幸専用のスイッチがある」とまではいえません。

fMRIで測定しているのは、神経活動に伴う血流・血液酸素化の変化です。同じ領域は多様な課題で働くため、脳の活動部位だけから感情や神経伝達物質を一対一に決めつけることはできません。

これらは、人間の報酬評価に他者との関係が入り込むことを示す研究として読むのが適切です。

「自業自得だ」と思うと、喜びやすくなる

他人の不幸を喜ぶ理由は、羨望だけではありません。

「ずるをしていた人が処分された」
「他人を見下していた人が失敗した」
「特権を利用していた人が、その地位を失った」

こうした場面では、「当然の報いだ」という感覚が生まれます。

研究では、相手への嫌悪感や、その不幸を「受けて当然」と捉える判断が、シャーデンフロイデに関係することが示されています。

ここで大切なのは、「本人が報いだと感じていること」と「客観的に妥当な結果であること」は同じではない、という点です。

もともと嫌いだった相手には、事情を詳しく知らなくても「きっと本人が悪いのだろう」と考えてしまうことがあります。

また、不正が是正されて安心する気持ちと、相手が苦しむこと自体を喜ぶ気持ちは、同時に存在し得ます。

「問題を正してほしい」のか。
「その人がもっと苦しむところを見たい」のか。

この違いは、ネット上の批判や炎上を考える際にも役立ちます。正当な批判であっても、どこまでの制裁が必要なのかは、別に考える必要があります。

普段は優しい人でも、ライバルの不幸は喜ぶのか

シャーデンフロイデは、個人同士の関係だけで起こるものではありません。

スポーツのライバルチーム、競合する会社、対立する政治的な集団など、「自分たち」と「相手側」という区別も影響します。

Cikaraらは、レッドソックスとヤンキースの熱心なファンを対象に、野球のプレーを見ているときの脳活動を調べました。

応援するチームにとって好ましい結果や、ライバルチームの失敗に対して、腹側線条体の反応がみられました。また、好ましい結果への反応の強さと、ライバルのファンに危害を加える可能性についての自己申告には関連がありました。

もちろん、これは実際の暴力を予測できるという意味ではありません。

注目すべきなのは、目の前の人に対する反応が、その人自身の性格や行動だけでなく、「どちら側に属しているか」によっても変わり得ることです。

普段は思いやりのある人でも、相手を強い競争関係にある集団の一員として見ると、同情より喜びが先に立つことがあります。

他人の不幸がうれしいとき、自分の自尊心が脅かされていることもある

「他人の成功がつらい」という感覚の背景には、自分の価値への不安が隠れている場合があります。

van Dijkらの研究では、自尊心が低い参加者ほど、優れた他者から自己への脅威を感じ、その相手の不幸に喜びを感じやすいという関係が示されました。

一方、自分の価値を確認する機会が与えられると、この反応は弱まりました。

つまり、他人の不幸への喜びは、相手への攻撃性だけでなく、自分の評価を守ろうとする働きとして生じる場合もあるのです。

ただし、「自尊心が低い人は意地悪だ」と一般化することはできません。実験で示されたのは、特定の状況での傾向です。

自分にこの感情が生まれたときも、性格全体を裁くより、「この人の何が、自分を不安にさせていたのだろう」と考えるほうが、理解につながることがあります。

羨望には「追いつきたい」と「引きずり下ろしたい」がある

同じ「うらやましい」でも、その後の方向は一つではありません。

「あの人のようになりたい」と、自分を高める方向に向かうこともあれば、「あの人が落ちればよい」と、相手を下げる方向に向かうこともあります。

心理学では、前者を良性羨望、後者を悪性羨望として区別する研究があります。ここでの「良性」「悪性」は、医学的な診断名ではありません。

Greenierの研究では、悪性羨望がシャーデンフロイデを予測する一方、良性羨望では同様の関係が認められませんでした。

うらやましさを完全になくそうとするより、その感情が自分をどちらへ動かしているかに気づくことが大切なのかもしれません。

こんな感情を持つのは、精神的な病気なのか

他人の不幸に一瞬喜びを感じたというだけで、精神疾患や人格の問題と判断することはできません。

シャーデンフロイデは、一般の参加者を対象とした研究でも観察される感情です。

また、「他人の不幸を知って喜ぶこと」と、「喜びを得るために自分から相手を苦しめること」は、区別して考える必要があります。

臨床的に大切なのは、感情の名前だけでなく、その強さ、頻度、行動への影響です。

他人の失敗ばかりを探してしまう。攻撃的な投稿をやめられない。比較によって気分が大きく揺れ、仕事や人間関係に支障が出ている。

そのような場合には、背景にある劣等感、不安、怒り、対人関係の問題などを整理することが、相談のテーマになります。

この感情とは、どう付き合えばよいのか

研究から日常への応用を考えるなら、まずは「相手への評価」と「自分の反応」を分けてみることが役立ちそうです。

「相手は失敗した」
「自分は、それを知って少し安心した」

ここまで分けると、次に「何に安心したのか」を考えられます。

自分だけが劣っているわけではないと思えたのか。
理不尽な扱いが是正されたと感じたのか。
競争相手との差が縮まったように思えたのか。

また、他人との比較が強くなる場面から少し離れる、自分が大切にしている価値や取り組みを確かめる、投稿や拡散の前に時間を置く、といった工夫も考えられます。

これらをシャーデンフロイデへの確立した治療法と呼ぶことはできませんが、感情をそのまま行動に移さないための方法にはなります。

他人の不幸に喜んだあと、自分が何をするか

他人の不幸を喜ぶ心には、比較、羨望、公平さへの判断、集団への帰属、自尊心を守る働きなどが重なっています。

そのため、「こんな感情を持った自分は最低だ」と責めるだけでは、なぜ生じたのかが見えにくくなります。

一方で、人間に起こり得る感情だからといって、嘲笑や攻撃まで正当化されるわけではありません。

心の中で少し喜んでしまっても、追い打ちをかけずにいることはできます。必要であれば、相手を助けることもできます。

他人の失敗に心が動いたときは、その人の人生だけでなく、自分が何を恐れ、何と比べ、何を守ろうとしているのかを見つめる機会にもなるのです。

参考文献・資料

  1. Takahashi H, et al. When your gain is my pain and your pain is my gain: neural correlates of envy and schadenfreude. Science. 2009;323(5916):937–939.
    https://doi.org/10.1126/science.1165604
  2. Dvash J, et al. The envious brain: the neural basis of social comparison. Human Brain Mapping. 2010;31(11):1741–1750.
    https://doi.org/10.1002/hbm.20972
  3. How individuals react emotionally to others’ (mis)fortunes: A social comparison framework. Journal of Personality and Social Psychology.
    https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35025600/
  4. Greenier KD. The Roles of Disliking, Deservingness, and Envy in Predicting Schadenfreude. Psychological Reports. 2021;124(3):1220–1236.
    https://doi.org/10.1177/0033294120921358
  5. Cikara M, Botvinick MM, Fiske ST. Us versus them: social identity shapes neural responses to intergroup competition and harm. Psychological Science. 2011;22(3):306–313.
    https://doi.org/10.1177/0956797610397667
  6. van Dijk WW, et al. Self-esteem, self-affirmation, and schadenfreude. Emotion. 2011;11(6):1445–1449.
    https://doi.org/10.1037/a0026331

情報確認日:2026年10月23日

執筆及び医学監修:高橋 和政(ことのはメンタルクリニック院長)