抗うつ薬が発明される前、うつ病はどう治療していたのか


札幌市西区の精神科・心療内科、ことのはメンタルクリニックです。

「昔の人もうつ病になっていたのでしょうか」

「薬がなかった時代は、休んで治るのを待つしかなかったのでしょうか」

「電気けいれん療法は、抗うつ薬よりも古い治療なのですか」

最初に結論を述べると、抗うつ薬が登場する前にも、休養、食事や生活環境の調整、心理的な働きかけ、さまざまな薬物療法が行われていました。そして、現在も重いうつ病に使われる電気けいれん療法は、抗うつ薬よりも先に登場しています。

ただし、その歴史には、現在にも通じる工夫と、有効性が不明な治療、重大な害をもたらした治療が混在しています。

今回は主に欧米の医学史をたどりながら、薬のない時代に医師たちが何を考え、どのように患者さんを支えようとしていたのかを見ていきます。

昔の「メランコリー」は、現在のうつ病と同じなのか?

気分が沈む、恐怖にとらわれる、眠れないといった状態は、古くから記述されてきました。

その代表的な呼び名が「メランコリー」、医学史では「メランコリア」とも呼ばれるものです。

ただし、昔のメランコリーを、そのまま現在の「うつ病」に置き換えることはできません。

時代によっては、強い悲しみだけでなく、特定の妄想や奇妙な確信にとらわれた状態まで、この言葉に含まれていました。現在なら別々の診断になる人たちが、同じ名前で扱われていた可能性があります。PMC

これは、昔の治療成績を読むうえでも大切です。

「メランコリーの患者が改善した」と書かれていても、どのような患者さんを指しているのかが違えば、現在のうつ病に同じ効果があるとは判断できません。

病気の歴史をたどるには、治療だけでなく、病名の意味も確認する必要があるのです。

古代には「黒い胆汁」が原因だと考えられていた

古代ギリシャに由来する体液説では、身体や気質は、血液、粘液、黄胆汁、黒胆汁という四つの体液のバランスによって説明されていました。

メランコリーは、このうち「黒胆汁」が過剰になった状態と結びつけられました。名前自体も、黒い胆汁を意味する言葉に由来します。PMC

この考え方のもとでは、食事や運動、睡眠を調整することに加え、血液を抜く「瀉血」や、下剤で体内のものを排出させる治療などが行われました。

現在の目で見ると、身体を弱らせかねない方法です。しかし当時は、体内の過剰なものを取り除き、バランスを回復させるという理屈がありました。rsm.ac.uk

ここには、医学を考えるうえで大事な教訓があります。

治療を説明する理屈が整っていることと、その治療が患者さんの役に立つことは、別の問題です。

どれほど納得しやすい説明でも、実際の利益と害を確かめなければなりません。

400年前にも「孤独を避け、身体を動かす」という助言があった

一方で、昔の治療がすべて奇妙だったわけではありません。

1621年に初版が刊行されたロバート・バートンの『憂鬱の解剖』では、食事、運動、気晴らし、人との交流などが論じられています。孤独や何もすることがない状態を避けるよう勧める記述もあります。Oxford Academic

現代の診療でも、生活のリズムや社会的なつながり、その人に合った活動は重要なテーマです。

ただし、「昔から言われているから正しい」とまでは言えません。バートンの時代の助言と、現在の行動活性化療法や運動療法は、理論も検証の方法も異なります。

それでも、苦痛のある人をどう孤立させず、どう生活につなぎとめるかという課題は、何百年も前から意識されていたことが分かります。

現在なら「散歩すれば治る」と一律に勧めるのではなく、病状に合わせて、取り組める負担を調整することが必要です。

抗うつ薬がなくても、「薬」は使われていた

「抗うつ薬がなかった時代」と「薬を一切使わなかった時代」は違います。

意外に思われるかもしれませんが、メランコリーの治療には、アヘンやアヘンチンキが使われていました。

精神医学者クレペリンによる治療にもアヘンが取り入れられ、増量した後に減量する「アヘン療法」が行われていました。ただし、現代の臨床試験のような方法で有効性が確立されていたわけではありません。inhn.org

苦痛や不安を和らげ、眠りを助けようとした面はあるでしょう。しかし、アヘンには依存や過量使用による危険があります。現在のうつ病治療として勧められる方法ではありません。

この歴史からは、「つらさが一時的に軽くなること」と「病気の経過が改善すること」を区別する必要性も見えてきます。

眠れるようになった、落ち着いた、表情が穏やかになった。それらは大切な変化ですが、それだけで抑うつ状態全体が回復したとは判断できません。

「長く眠らせれば回復する」という治療もあった

20世紀前半の精神科では、鎮静薬などを用いて長時間眠らせる「持続睡眠療法」も試みられました。

英国の精神科病院の診療記録を調べた研究にも、睡眠を誘導する薬を使った治療が記録されています。強い興奮や苦痛を鎮め、休ませることを狙った治療でした。PMC

ここで注意したいのは、現在の「睡眠を整える治療」とは異なることです。

夜に眠れるようにすることと、薬で長時間意識の水準を下げ続けることは同じではありません。

「脳を休めればよい」という説明は分かりやすいものの、眠らせる時間を長くすれば、その分うつ病が治るとは限らないのです。

抗うつ薬より先に登場した、電気けいれん療法

治療の歴史の中でも、大きな転換点となったのが電気けいれん療法、ECTです。

1938年、イタリアのウーゴ・チェルレッティとルチオ・ビニによって導入されました。これは、抗うつ薬が臨床に登場する1950年代よりも前のことです。Irish Journal of Psychological Medicine

ECTは、電気刺激によって治療に必要な脳の発作活動を誘発する方法です。当初は統合失調症を対象に導入されましたが、うつ状態にも使われるようになりました。英国の病院史研究では、導入後に主な対象がうつ病へ移っていく様子も報告されています。PMC

「抗うつ薬ができるまで、重いうつ病には有効な治療がなかった」という理解は、正確ではありません。

薬が登場する前に、現在にも残る治療法が生まれていたのです。

昔の電気治療と、現在のECTは何が違うのか?

現在のECTは、通常、全身麻酔と筋弛緩薬を用いて行われます。筋弛緩薬によって身体の大きなけいれんを抑えながら、管理された条件で治療します。

英国NICEのガイドラインでも、重いうつ病で迅速な反応が必要な場合や、ほかの治療で十分な改善が得られない場合などに、ECTを検討することが勧められています。例えば、うつ病のために食事や水分をとれず、生命が危険にさらされている状態です。NICE

一方で、記憶への影響や麻酔に伴うリスクなどを説明し、利益と負担を検討する必要があります。Guidance

ECTが今も使われているのは、単に昔からの習慣が残っているからではありません。現代の治療の中でも、必要となる場面があるからです。

インスリン昏睡療法やロボトミーも、同じ時代に行われていた

20世紀前半から半ばの精神医学では、ECT以外にも、現在から見ると危険性の大きい身体的治療が試みられました。

大量のインスリンによって低血糖性の昏睡を起こすインスリン昏睡療法や、脳の神経線維を切断するロボトミー、ロイコトミーなどです。

ただし、インスリン昏睡療法は主に統合失調症を対象としたもので、「抗うつ薬以前のうつ病の標準治療」として紹介するのは不正確です。精神外科手術も、すべてのうつ病患者さんに行われていたわけではありません。PMC

当時の診療を調べると、医師の治療への期待だけでなく、家族の希望や病院側の事情も治療選択に関わっていたことが分かります。PMC

治療の評価では、患者さんが静かになったか、病棟で管理しやすくなったかだけでなく、本人の苦痛や生活がどう変わったかを見る必要があります。

この視点は、過去の治療だけに向けられるものではありません。

最初の抗うつ薬は、「うつ病の原因」が分かって作られたわけではない

1950年代には、うつ病の薬物療法を大きく変える二つの薬が登場します。

一つは、結核治療薬として研究されていたイプロニアジドです。患者さんの気分や活動性の変化が観察され、抗うつ作用の研究へとつながりました。

もう一つは、抗精神病薬を探す過程で研究されていたイミプラミンです。期待された用途とは異なり、抑うつ状態への効果が見いだされました。1957年は、これらの薬の抗うつ作用が報告され、現代的な抗うつ薬治療が形になった重要な年です。pmc.ncbi.nlm.nih.gov

つまり、最初にうつ病の原因が完全に解明され、その原因だけを修正する薬が設計されたわけではありません。

臨床で観察された効果を出発点に、薬の作用と病気の仕組みを研究していったのです。これらの薬は、モノアミンと呼ばれる神経伝達物質とうつ病の関係を考える重要な手がかりにもなりました。PubMed

ただし、ある物質に作用する薬が効くことは、その病気が単純に「その物質の不足」で起こる証明にはなりません。

治療の仕組みと、病気が起こる仕組みは、重なる部分があっても同じものではないのです。

昔の治療から、現在の診療に何を持ち帰れるのか

抗うつ薬が登場する前の治療は、ただ待つだけでも、精神論だけでもありませんでした。

生活を支える工夫があり、苦痛を和らげる薬があり、身体に働きかける治療がありました。その中から、現在も使われる方法が残る一方、有効性や安全性の問題から使われなくなった方法もあります。

この歴史を読むときに大切なのは、「昔は間違っていて、今はすべて正しい」と考えないことです。

もっともらしい理論だけで治療を正当化していないか。静かになったことを、回復したことと取り違えていないか。患者さん本人にとっての利益を、きちんと評価しているか。

昔の治療の歴史は、現在の診療を点検するための問いも残しています。

うつ病治療の進歩とは、治療法の数が増えることに加えて、その人にとって何が助けになり、何が負担になるのかを、より丁寧に判断できるようになることでもあるのでしょう。

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    https://www.nice.org.uk/guidance/ng222/chapter/recommendations

情報確認日:2026年10月23日

執筆及び医学監修:高橋 和政(ことのはメンタルクリニック院長)