腸内環境はうつ病に関係するのか


札幌市西区の精神科・心療内科、ことのはメンタルクリニックです。

「腸内環境を整えると、メンタルもよくなる」
「幸せホルモンのセロトニンは腸で作られる」
「うつ病の原因は、腸内細菌にある」

このような話を見かける機会が増えました。

最初に結論を述べると、腸内環境とうつ病には関連があります。腸内細菌が、神経や代謝物などを介して脳の働きに影響する可能性も、研究によって示されています。

ただし、「関連がある」ことと、「腸内環境を整えればうつ病が治る」ことは同じではありません。ヒトの治療研究では、有望な結果と、明確な効果が認められなかった結果の両方が報告されています。Nature Microbiology

今回は、腸と脳をつなぐ仕組みから、乳酸菌の臨床試験、腸内フローラ検査の限界までを考えます。

「腸と脳がつながっている」とは、どういうことか?

緊張するとお腹が痛くなる。大事な予定の前に下痢をする。

こうした経験からも、脳の状態が腸に影響することは想像しやすいと思います。

一方で、研究が進んでいるのは、その逆方向です。腸にいる微生物や、微生物が作る物質が、脳や行動に影響する可能性があります。

この双方向の関係を「腸脳相関」と呼び、腸内細菌まで含める場合には「微生物―腸―脳軸」と表現します。

例えば、マウスに特定の乳酸菌を与えた実験では、脳のGABA受容体に関係する遺伝子発現や、不安・抑うつに関連する行動に変化が認められました。興味深いことに、迷走神経を切断したマウスでは、これらの作用が認められませんでした。

腸内細菌が脳へ直接入り込まなくても、神経を介して影響を及ぼせる可能性を示した研究です。ただし、マウスの結果であり、同じ菌をヒトが摂取すればうつ病が改善することまで証明したものではありません。PubMed

うつ病の人では、腸内細菌が違うのか?

集団として比較すると、違いが報告されています。

2019年の研究では、1,054人の集団を調べ、さらに独立したデータでも検証しました。その結果、CoprococcusやDialisterという細菌群が、うつ病のある人では少ないことが示されました。この関連は、抗うつ薬の使用による影響を統計学的に補正した後も認められています。pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

ここだけ読むと、「その菌を増やせば治るのでは」と考えたくなります。

しかし、観察研究では、原因と結果を十分に区別できません。

うつ病によって食欲が低下し、食事内容が変わった結果として、腸内細菌が変化した可能性があります。反対に、腸内細菌の変化が症状に影響している可能性もあります。

さらに、食事や生活習慣などの第三の要因が、両方に影響していることも考えられます。

「うつ病の人に少ない菌」が見つかることは、治療の手がかりになります。ただし、それだけで「うつ病に足りない菌」が特定されたわけではありません。

「うつ病の人の便」を移植すると、動物も落ち込むのか?

腸内細菌とうつ病の研究で、特に印象的なのが便微生物移植の実験です。

2016年の研究では、うつ病患者の便由来の微生物を、腸内細菌を減らしたラットに移植しました。すると、報酬への関心低下や不安に関連する行動、トリプトファン代謝の変化が認められました。PubMed

これは、単に「うつ病の人では菌が違った」という観察より、一歩踏み込んだ結果です。腸内の微生物群が、行動や代謝の変化に関与し得ることを示しています。

ただし、「うつ病が便でうつる」という意味ではありません。

ラットの報酬への反応や行動試験は、ヒトのうつ病の一部の特徴をモデル化したものです。罪責感、希死念慮、対人関係の苦痛まで再現できるわけではありません。

また、移植されるのは単一の菌ではなく、複雑な微生物群とその周辺成分です。どの要素が、どの程度影響したのかも、さらに切り分ける必要があります。

この研究は腸内細菌の重要性を示しますが、ヒトのうつ病をそのまま説明しきるものではありません。

腸のセロトニンが増えれば、脳のセロトニンも増えるのか?

ここは、特に誤解されやすいところです。

腸では多くのセロトニンが作られます。しかし、腸などの末梢で作られたセロトニンは、通常、血液脳関門を自由に通り抜けて脳へ供給されるわけではありません。

そのため、

「腸でセロトニンが増える」
「そのセロトニンが脳へ届く」
「うつ病が治る」

という一直線の説明は適切ではありません。

2015年の基礎研究では、腸内細菌由来の代謝物が、腸のエンテロクロマフィン細胞によるセロトニン合成を促すことが示されました。実際に確認された重要な作用は、腸の運動や血小板機能への影響でした。PMC

もちろん、腸のセロトニン系が、神経や全身の生理機能を介して間接的に脳へ影響する可能性はあります。

ただし、「腸で作るセロトニン」と「脳で神経伝達に使うセロトニン」は、分けて考える必要があります。腸のセロトニンを、そのまま「幸せの量」と読み替えることはできません。

注目されているのは、細菌そのものだけでなく「作る物質」

腸内細菌は、そこにいるだけではありません。食事由来の成分などを代謝し、さまざまな物質を作ります。

その一つが、酪酸などの短鎖脂肪酸です。

2014年のマウス研究では、無菌状態で育てたマウスで血液脳関門の透過性が高くなっており、細菌の定着や酪酸ナトリウムの投与によって、その状態が改善することが示されました。PMC

腸の微生物が、脳を取り囲むバリア機能にまで影響し得るという、興味深い結果です。

ただし、これを「酪酸菌の整腸剤を飲むと、脳のバリアが修復されてうつ病が治る」と解釈することはできません。無菌マウスへの介入と、通常の腸内細菌を持つヒトへの治療では、条件が大きく異なります。

今後の研究で重要なのは、「どの菌がいるか」だけでなく、「その微生物群が何を作り、宿主側がどう反応しているか」なのかもしれません。

腸内細菌の研究では、「便の硬さ」が大問題になる

少し地味に聞こえますが、研究を読むうえでは重要な話です。

便の硬さや、腸を通過する速さは、腸内細菌の構成と強く関連します。

実際、便の性状と細菌の豊富さ・構成との関係を調べた研究では、病気との関連を解析する際に、便の性状を評価する重要性が指摘されています。Gut

例えば、うつ病群で特定の菌が多かったとしても、その差の一部は、便秘や腸管通過時間の違いを反映している可能性があります。

食事、薬、便通が変われば、採取される便の条件も変わります。

したがって、腸内細菌の論文を読むときは、菌の名前や統計学的な有意差だけでなく、「便通をどう扱ったか」にも目を向ける必要があります。

また、「菌の種類が多いほど健康」という説明にも限界があります。多様性の数値だけで、その人の腸やメンタルの健康状態が決まるわけではありません。

乳酸菌やビフィズス菌で、うつ病は改善するのか?

可能性はありますが、結果は一様ではありません。

2023年の小規模な無作為化比較試験では、抗うつ薬を服用しているうつ病患者に、複数の菌株を含むプロバイオティクス、またはプラセボを8週間追加しました。

解析対象は49人で、一部の抑うつ・不安の評価指標で、プロバイオティクス群に有望な改善が認められました。ただし、主に実施可能性や忍容性、効果の大きさの見積もりを目的とする予備的な試験です。大規模な有効性確認試験と同じ位置づけではありません。JAMA Network

一方、2025年には、過体重かつ軽度の全身性炎症を伴ううつ病患者を対象に、Limosilactobacillus reuteriを追加する8週間の試験が報告されました。

少なくとも1回の治療開始後評価がある75人の解析では、主要評価項目にも副次評価項目にも、プラセボに対する有意な利益は認められませんでした。research.chalmers.se

代表的な研究を整理すると、次のようになります。

研究対象・介入主な結果解釈するときの注意
2019年の集団研究1,054人と独立した検証データ特定の細菌群とうつ病との関連原因と結果は確定できない
2016年の移植実験患者の便由来微生物をラットへ移植報酬への関心低下などの行動変化ヒトのうつ病そのものではない
2023年の予備的臨床試験抗うつ薬に複数菌株を追加、解析49人、8週間一部の症状指標で有望な改善小規模で、有効性の確証には不十分
2025年の臨床試験過体重・炎症を伴う患者に特定の菌を追加、解析75人、8週間主要・副次評価項目で有意な利益なしこの製剤・対象集団・期間での結果

「乳酸菌」という名前でまとめられていても、菌株、組み合わせ、投与量、対象患者は異なります。

ある製剤の試験結果を、別のヨーグルトや整腸剤へそのまま当てはめることはできません。また、抗うつ薬への追加で得られた結果は、抗うつ薬をやめて置き換えられるという根拠にはなりません。

気分が改善しても、「炎症が下がったから」とは限らない

臨床研究では、効果があるかどうかと、なぜ効くかを別々に検証する必要があります。

先ほどの2023年の試験について、2025年には腸内細菌や炎症マーカーを調べた追加解析が報告されました。

一部の微生物学的な変化は認められましたが、測定した炎症マーカーには群間差が認められませんでした。PubMed

これは、プロバイオティクスの作用を否定する結果ではありません。

ただし、「症状が改善したのだから、腸の炎症が改善したに違いない」という説明はできなくなります。

神経を介する作用なのか。別の代謝物なのか。測定しきれていない免疫反応なのか。あるいは、予備的な症状改善の推定自体を、さらに確認する必要があるのか。

もっともらしい仕組みがあることと、その仕組みで患者さんが改善したことは、同じではありません。

食事を変えてうつ症状が改善したら、腸内細菌のおかげなのか?

食事改善についても、有望な臨床研究があります。

2017年のSMILES試験では、うつ病の成人67人を、食事改善支援群と社会的支援を受ける対照群に無作為に割り付けました。

12週間後の寛解は、食事改善支援群で32.3%、対照群で8.0%でした。小規模な研究ですが、食事全体への支援が、うつ病治療の補助になる可能性を示しています。PMC

ただし、この研究は「腸内細菌を変えたから治った」と証明したものではありません。

食事を変えると、栄養状態、食事の規則性、買い物や調理の行動なども変わります。腸内細菌が関与した可能性はありますが、利益のすべてを腸内細菌に帰すことはできません。

「食事が大切」という臨床的な話と、「その効果を何が媒介したか」という機序の話は、分けて考える必要があります。

腸内フローラ検査で、うつ病の原因はわかるのか?

現時点では、便を調べて「あなたのうつ病の原因はこの菌です」と判断できる段階にはありません。

2025年に巻号掲載された腸内細菌検査の国際コンセンサスでも、市販検査の臨床的価値や、検査結果を治療判断へ結びつける根拠の不足が課題とされています。ScienceDirect

検査で細菌の構成を調べられることと、その結果から有効な治療を選べることは別です。

「ある菌が少ない」とわかっても、その人にその菌を補うべきか、補った菌が機能するか、抑うつ症状が改善するかまで、自動的に決まるわけではありません。

研究として測定できることが増えるのは大きな進歩です。しかし、測定できるようになったものが、そのまま診療に役立つ検査になるとは限りません。

便微生物移植は、うつ病の治療になるのか?

動物実験の結果から期待される分野ですが、うつ病に対する通常診療の標準治療として勧められる段階ではありません。

また、便由来の微生物を移すことには、病原体を移してしまう危険もあります。米国FDAは、便微生物移植による重篤な感染症について注意喚起しています。FDA

腸内細菌は、単純に「健康な人のものを入れればよい」というものではありません。

動物で因果関係の手がかりが得られたことと、ヒトに安全で有効な治療として提供できることの間には、まだ検証が必要です。

日常生活では、どこまで「腸活」を意識すればよいのか?

現在の研究から、特定の菌や高額な検査にこだわるより、無理なく食事全体を整えることを、治療の補助として考えるのが現実的です。

例えば、食べられる範囲で野菜、豆類、果物、穀類などを取り入れ、魚や卵、豆腐などのたんぱく源も確保する。納豆やヨーグルトは、好みやお腹の調子に合うなら、食品の選択肢として取り入れる。

これらは、「この食品でうつ病が治る」という処方ではありません。回復を支える食事を、続けやすい形にするという提案です。

食欲が落ちているときに、食事の完璧さを求める必要もありません。「腸内環境を整えなければ治らない」と考えて、食べることが新たな負担になっては逆効果です。

腸内細菌の研究は、うつ病を脳だけでなく、全身との関係で理解する手がかりを与えてくれます。

一方、診療で確認したいのは、菌の数値だけではありません。気分、睡眠、食欲、便通、そして日常生活が、実際にどう変わったかです。腸への関心を、必要なうつ病治療や生活の支援と組み合わせていくことが大切です。

参考文献・資料

  1. Valles-Colomer M, et al. The neuroactive potential of the human gut microbiota in quality of life and depression. Nature Microbiology. 2019.
    論文
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    論文
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    論文
  4. Yano JM, et al. Indigenous bacteria from the gut microbiota regulate host serotonin biosynthesis. Cell. 2015.
    論文
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    論文
  7. Nikolova VL, et al. Acceptability, Tolerability, and Estimates of Putative Treatment Effects of Probiotics as Adjunctive Treatment in Patients With Depression: A Randomized Clinical Trial. JAMA Psychiatry. 2023.
    論文
  8. Nikolova VL, et al. Exploring the mechanisms of action of probiotics in depression: Results from a randomized controlled pilot trial. Journal of Affective Disorders. 2025.
    論文
  9. Söderberg Veibäck G, et al. Add-on probiotics for inflammatory depression—A double-blind randomized placebo-controlled trial. Brain, Behavior, and Immunity. 2025.
    論文
  10. Jacka FN, et al. A randomised controlled trial of dietary improvement for adults with major depression(the ‘SMILES’ trial). BMC Medicine. 2017.
    論文
  11. Porcari S, et al. International consensus statement on microbiome testing in clinical practice. The Lancet Gastroenterology & Hepatology. 2025.
    論文

情報確認日:2026年10月18日

執筆及び医学監修:高橋 和政(ことのはメンタルクリニック院長)