幻覚剤はうつ病の治療薬になるのか


札幌市西区の精神科・心療内科、ことのはメンタルクリニックです。

「幻覚を起こす物質が、うつ病の治療に使われるかもしれない」

そう聞くと、かなり意外に感じるのではないでしょうか。精神科で幻覚を治療することはあっても、あえて意識や知覚を変化させる薬で、うつ病を治療するというのは、普段の診療とは違った発想です。

しかし、これは単なる思いつきではありません。シロシビンという物質を中心に臨床試験が進み、抗うつ効果を支持する結果が報告されています。一方で、期待された効果を主要評価項目で確認できなかった試験もあります。

現時点での答えは、「治療薬になる可能性は十分にある。ただし、誰にでも使える薬として効果と安全性が確立したわけではない」です。

さらに、この研究の面白さは、新しい薬が一つ増えるかもしれないという話にとどまりません。「薬理作用と心理的な体験を、どこまで分けられるのか」という、精神科治療の根本にも関わっています。

※本記事は2026年10月18日時点で確認できた情報に基づきます。臨床試験で使用された用量は研究内容を説明するためのものであり、自己使用を勧めるものではありません。

研究されている「幻覚剤」とは何か

この分野では、サイケデリックス、あるいは精神展開剤という言葉が使われます。

代表的なものにシロシビン、LSD、DMTなどがあります。これらは古典的サイケデリックスと呼ばれ、セロトニン5-HT2A受容体への作用が、特徴的な意識・知覚の変化に関わっています。

うつ病治療で特に研究が進んでいるのがシロシビンです。いわゆるマジックマッシュルームに含まれる成分ですが、臨床試験では、含有量の不確かなキノコをそのまま食べるのではなく、品質と用量を管理した製剤を使用します。体内でシロシンに変換され、作用を発揮します。

また、「幻覚」という言葉から、存在しないものが見える現象だけを想像すると、この薬の特徴を捉えきれません。時間や空間の感じ方、自分と周囲との境界、感情、記憶の受け止め方などにも変化が生じます。慶應義塾大学医学部-精神展開剤研究班

なお、ケタミンやMDMAも近い話題として取り上げられますが、薬理学的には区別が必要です。ケタミンは主にNMDA受容体に作用する解離性麻酔薬で、MDMAも古典的サイケデリックスとは異なる作用特性を持ちます。「意識を変える薬だから同じ治療」とまとめることはできません。

注目されるのは「服用中に気分がよくなる」からではない

シロシビンが注目される理由は、薬を飲んでいる数時間だけ、気分が変化することではありません。

研究上の焦点は、急性の意識変容が終わった後も、抑うつ症状の改善が数週間以上続く場合があることです。

一般的な抗うつ薬では、毎日服用しながら効果を評価し、改善後も再発予防のために治療を継続します。それに対し、シロシビンでは、限られた回数の投与が、その後の症状に影響する可能性が検討されています。

ただし、「一度飲めば治る」「一生再発しなくなる」という意味ではありません。短期的な改善、数か月の効果持続、長期的な再発予防は、それぞれ別に確かめる必要があります。New England Journal of Medicine

臨床試験では、どのくらい効果があったのか

代表的な研究を並べると、期待できる点と、まだ判断できない点が見えてきます。

研究対象・比較主な結果読み取る際のポイント
2021年・NEJMうつ病患者59人。シロシビンとエスシタロプラムを比較。両群に心理的支援6週後の主要評価項目では有意差なしシロシビンが既存の抗うつ薬より優れると証明した試験ではない
2022年・NEJM治療抵抗性うつ病233人。25mg、10mg、1mgを比較3週後のMADRS改善で、25mgは1mgより有意に良好。10mgでは有意差なし用量によって結果が異なり、効果と有害事象の両方を評価する必要がある
2023年・JAMA大うつ病性障害104人。25mgとナイアシンを比較。心理的支援を併用43日目のMADRS変化量の群間差は−12.3点有望な結果だが、対象集団や試験条件を踏まえる必要がある
2026年・EPISODE試験治療抵抗性うつ病144人。25mg、5mg、ニコチンアミドを比較。心理療法を併用6週後の反応率という主要評価項目では有意差なし。一方、症状スコアの変化には改善を支持する結果主要評価項目と副次評価項目を分けて読む必要がある
2026年・JAMA Network Open反復性の大うつ病性障害35人。25mgとナイアシンを比較8日目のMADRS変化量の群間差は−7.27点。365日目には有意差なし早期の効果を支持するが、1年間の優越性が確認されたわけではない
第Ⅲ相COMP005・企業発表治療抵抗性うつ病258人。25mgとプラセボを比較6週後のMADRS変化量の群間差は−3.6点開発企業による発表であり、査読済み論文と区別する
第Ⅲ相COMP006・企業発表治療抵抗性うつ病581人。3週間隔の2回投与で25mg、10mg、1mgを比較6週後のMADRS変化量で、25mgと1mgの群間差は−3.8点異なる試験の群間差を並べて、効果の順位をつけることはできない

MADRSは、点数が低いほど抑うつ症状が軽い評価尺度です。表の群間差は、基本的に「治療前からの改善量が、比較群よりどれだけ大きかったか」を示します。患者背景、対照条件、心理的支援、評価時点が異なるため、数値の単純比較はできません。PubMed

「既存の抗うつ薬より効く」とは、まだ言えない

2021年のエスシタロプラムとの比較試験は、この点で重要です。

一部の副次評価項目ではシロシビンに有利な結果が見られましたが、事前に定めた主要評価項目では、統計学的な有意差が認められませんでした。

したがって、「シロシビンはSSRIより優れている」と結論することはできません。同時に、差が有意でなかったことから、「両者は同等である」と結論することもできません。優越性を証明できないことと、同等性を証明することは別だからです。New England Journal of Medicine

「症状の平均値」と「反応した人の割合」は違う

2026年のEPISODE試験では、主要評価項目である6週後の反応率に有意差がありませんでした。一方、症状スコアの変化量には、シロシビンの効果を支持する結果がありました。

これは必ずしも矛盾ではありません。

反応率は、通常「症状が一定以上改善したか」という境界を設けて、人を二つに分けます。ある患者さんがその境界の少し手前まで改善しても、反応した人には数えられません。

一方、スコアの変化量では、その改善も反映されます。

だからといって、主要評価項目が未達だった試験を、副次評価項目だけで「成功」と扱うことは適切ではありません。この試験は、効果の可能性を残しながらも、確証には至らなかった研究として読む必要があります。JAMA Network

なぜ効くのか――「セロトニンを増やす」とは違う発想

シロシビンの作用を考える際の中心になるのが、5-HT2A受容体です。

SSRIが主にセロトニンの再取り込みを阻害するのに対し、シロシビンの活性代謝物シロシンは、受容体に直接作用します。

ただし、受容体を刺激することが分かっても、それだけで「なぜ数週間後まで症状が改善するのか」は説明できません。

そこで、脳のネットワークの変化、神経可塑性、心理的体験など、複数の側面から研究が進められています。

脳の「いつものつながり方」が一時的に変化する

2024年にNatureに掲載された研究では、健康な成人にシロシビンを投与し、脳の機能的結合を詳しく調べています。

その結果、急性期には脳活動の同期の仕方が大きく変化し、普段は区別されているネットワークの境界が弱まることが示されました。

ここでいう機能的結合とは、脳の部位同士の活動が、どの程度連動しているかという指標です。神経の配線を直接撮影しているわけではありません。

「脳をリセットする」という表現は分かりやすいものの、医学的には大ざっぱです。この研究が示したのは特定のネットワーク指標の変化であり、うつ病の原因を消去したことではありません。また、健康な人の脳で生じた変化を、そのまま患者さんの回復機序と同一視することもできません。Nature

神経可塑性――変化しやすい状態を作るのか

別の手がかりが、神経可塑性です。神経細胞や回路が、経験に応じて変化する性質を指します。

2021年のマウス研究では、シロシビン投与後、前頭皮質の樹状突起スパインの大きさと密度が増加し、一部の変化が長期間続くことが報告されました。スパインは、神経細胞が他の細胞から入力を受ける構造です。PubMed

ただし、「神経のつながりが増えれば、うつ病が治る」と単純化はできません。動物の構造変化と、人間の気分や生活機能の回復との間には、まだ検証すべき段階があります。

臨床的に興味深いのは、薬が直接すべてを解決するというより、「新しい経験や学習の影響を受けやすい状態を作るのではないか」という仮説です。

その場合、薬を投与した後に、どのような支援や経験があるかも、治療の重要な要素になります。

幻覚体験そのものが治療になるのか

この分野で特に難しく、面白い問いです。

患者さんが体験するのは、視覚の変化だけではありません。過去の出来事への感情が変わる、自分に対する見方が揺らぐ、他者とのつながりを強く感じる、といった体験も研究対象になっています。

こうした主観的体験と治療効果の関係が検討されていますが、関係が見つかったとしても、それだけで「その体験が改善の原因だった」とは言えません。

薬への感受性が高い人では、体験も強く、別の薬理作用も強かった可能性があります。また、治療への期待や、その後の意味づけが両方に影響する可能性もあります。

現在の臨床研究では、薬理作用、主観的体験、心理的支援を完全に切り離せていません。「幻覚が強いほどよく効く」「苦しい体験を乗り越えれば治る」という説明には、飛躍があります。慶應義塾大学医学部-精神展開剤研究班

実際には「薬を飲ませるだけ」の治療ではない

多くの研究では、投与前後に心理的な支援が組み込まれています。

準備段階で治療内容を説明し、信頼関係を築きます。投与当日は、安全な環境で長時間見守り、強い不安や混乱に対応します。その後には、体験を振り返り、日常生活の中でどう受け止めるかを支援する「統合セッション」が設けられることもあります。慶應義塾大学医学部-精神展開剤研究班

ただし、すべての試験で同じ心理療法を行っているわけではありません。支持的な見守りを中心とする研究と、一定の心理療法を組み込む研究を、一括りにしないことも大切です。

この違いは、結果の解釈に直結します。

治療全体として有効だったとしても、そのうちどれだけが薬剤固有の作用で、どれだけが支援や環境との相互作用だったのかは、別の問いだからです。

また、投薬回数が少ないことは、医療者の手間が少ないことを意味しません。実用化には、薬の供給だけでなく、訓練されたスタッフ、場所、緊急対応、投与後の診療まで必要になります。オーストラリアの制度でも、専門医の資格や治療チーム、実施施設などに条件が設けられています。Therapeutic Goods Administration (TGA)

最大の研究上の難問――「本物を飲んだ」と分かってしまう

薬の効果を調べる際には、本人にも治療者にも、実薬かプラセボか分からないようにする二重盲検法が重要です。

ところが、シロシビンでは特徴的な意識変容が起こるため、「自分は実薬群だろう」と分かってしまいやすいという問題があります。

実際、EPISODE試験では、25mgを投与された参加者の86%が、その条件を正しく推測していました。JAMA Network

このとき、実薬だと思った人には期待が生じ、対照薬だと思った人には落胆が生じるかもしれません。治療者の接し方にも影響する可能性があります。

ナイアシンなど、身体感覚の変化を起こす対照薬を使用しても、サイケデリック体験を十分に再現することは困難です。

ただし、ここから「効果は全部プラセボだ」と結論することもできません。重要なのは、期待の影響を受けやすい条件で、薬剤固有の寄与をどこまで評価できているかという点です。

精神科医療では、期待や治療関係も治療の一部になります。しかし、新薬として評価する際には、それらと薬理作用を可能な限り分けて検証する必要があります。

効果はどこまで続くのか

「1回の投与で長く効く」という説明には、少なくとも三つの異なる意味が混在します。

投与前より改善した状態が続いていること、対照群より良好な状態が続いていること、再発を予防できることです。

これらは同じではありません。

2026年の35人を対象とした試験では、短期的な抗うつ効果が確認されましたが、365日目のMADRSでは群間差が有意ではありませんでした。JAMA Network

一方、開発企業は2026年9月に、第Ⅲ相COMP005の52週時点の結果を発表しています。ただし、後半は非盲検で、追加投与も含む設計です。この結果を「最初の1回だけで、プラセボより優れた効果が1年間続いた」と読み替えることはできません。ir.compasspathways.com

必要なのは、効果が続いた人の存在を示すだけでなく、どのくらいの人に再治療が必要で、どのような維持療法が適切なのかを明らかにすることです。

副作用は「少し怖い幻覚を見る」だけではない

臨床試験では、頭痛、吐き気、めまい、不安などが報告されています。急性期には、強い恐怖や混乱を経験することもあります。

また、投与当日を乗り切れば、必ず問題が終わるわけではありません。2026年の35人の試験では、シロシビン群の2人に、医療的対応を必要とする持続的で強い不安が報告されました。New England Journal of Medicine

EPISODE試験では、幻覚剤持続性知覚障害、いわゆるHPPDとされた症例も報告されています。薬の急性作用が終わった後にも知覚の異常が続く問題です。少数例から発生率を正確に推定することはできませんが、「研究環境なら深刻な問題は起こらない」とも言えません。JAMA Network

さらに、多くの試験では、精神病性障害や躁病の既往、切迫した自殺リスクなどについて厳しい選択条件を設けています。選ばれた参加者で得られた安全性を、日常診療のすべての患者さんに広げることはできません。JAMA Network

自殺念慮や自傷行動の評価も重要です。2022年の治療抵抗性うつ病試験では、これらが報告されました。ただし、重いうつ病自体にもリスクがあるため、発生した出来事をすべて薬の副作用と断定することも適切ではありません。投与前の評価と、投与後も続く経過観察が必要です。PubMed

少量ずつ使う「マイクロドージング」はどうなのか

海外では、はっきりした意識変容が起こらない程度の少量を繰り返し使用する、マイクロドージングも話題になっています。

しかし、医療者の支援下で一定量を投与するうつ病の臨床試験と、マイクロドージングは別の介入です。一方の結果を、もう一方の根拠にはできません。

プラセボ対照研究では、期待の影響が大きい可能性や、気分・認知機能への明確な利益を確認できない結果も報告されています。ただし、これらも対象や期間に限界があり、「あらゆる患者さんに絶対に効かない」と証明した研究ではありません。Translational Psychiatry

現時点で、マイクロドージングを確立したうつ病治療として勧める根拠はありません。

日本では治療を受けられるのか

2026年10月18日時点で、シロシビンは日本の通常診療で処方できる承認済みのうつ病治療薬ではありません。シロシビン、シロシンは麻薬として規制されています。mhlw.go.jp

一方、日本でも臨床研究は行われています。

慶應義塾大学の精神展開剤研究班は、治療抵抗性うつ病患者12人を対象とする試験について、試験を終了し、結果を学術誌に投稿中であると案内しています。これは国内での研究が進んでいることを示しますが、日本人での有効性が十分に確立したという意味ではありません。慶應義塾大学医学部-精神展開剤研究班

海外では、オーストラリアで、特別に認可された精神科医による治療抵抗性うつ病への使用制度が設けられています。ただし、これは一般の医師が自由に処方できる制度ではなく、未承認製品へのアクセスを厳格な条件下で認める仕組みです。Therapeutic Goods Administration (TGA)

また、研究参加のための薬の調整と、自己判断で抗うつ薬を中止することは別です。研究結果を見て現在の治療を急にやめることは、中止後症候群や症状悪化につながるため避けてください。

幻覚剤研究が問い直している、うつ病治療の姿

シロシビンの研究は、「毎日飲む薬」以外の治療の形を探る試みです。

同時に、薬による脳の変化、本人が経験すること、その体験を支える人や環境が、どのように組み合わさって回復につながるのかを問う研究でもあります。

今後の評価では、抑うつ症状の点数だけでなく、生活機能、再発、追加治療の必要性、持続する不調、治療を提供するための費用や人員まで確認する必要があります。

「強い体験をした」ことと「回復した」ことは同じではありません。治療の価値は、体験の派手さではなく、その後の暮らしがどのように変わるかによって判断されるべきでしょう。

参考文献・資料

  1. Carhart-Harris RL, et al. Trial of Psilocybin versus Escitalopram for Depression. N Engl J Med. 2021. 論文
  2. Goodwin GM, et al. Single-Dose Psilocybin for a Treatment-Resistant Episode of Major Depression. N Engl J Med. 2022. 論文
  3. Raison CL, et al. Single-Dose Psilocybin Treatment for Major Depressive Disorder: A Randomized Clinical Trial. JAMA. 2023. 論文
  4. Mertens LJ, et al. Efficacy and Safety of Psilocybin in Treatment-Resistant Major Depression: The EPISODE Randomized Clinical Trial. JAMA Psychiatry. 2026. 論文
  5. Yngwe H, et al. Short-Term and Late-Term Effects of Psilocybin on Symptoms in Major Depression: A Randomized Clinical Trial. JAMA Network Open. 2026. 論文
  6. Siegel JS, et al. Psilocybin desynchronizes the human brain. Nature. 2024. 論文
  7. Shao LX, et al. Psilocybin induces rapid and persistent growth of dendritic spines in frontal cortex in vivo. Neuron. 2021. 論文
  8. Cavanna F, et al. Microdosing with psilocybin mushrooms: a double-blind placebo-controlled study. Translational Psychiatry. 2022. 論文
  9. 慶應義塾大学医学部・精神展開剤研究班「私たちの取り組み」
  10. オーストラリアTGA:精神科医によるMDMA・シロシビンへのアクセスに関する資料
  11. Compass Pathways:COMP005・COMP006第Ⅲ相試験の結果発表。本文では査読済み論文と区別して参照。

情報確認日:2026年10月18日

執筆及び医学監修:高橋 和政(ことのはメンタルクリニック院長)