うつ病になると脳は萎縮するのか

札幌市西区の精神科・心療内科、ことのはメンタルクリニックです。
「うつ病になると、脳が萎縮する」
「ストレスで海馬が小さくなる」
このような話を聞いて、「自分の脳も縮んでいるのではないか」「もう元には戻らないのではないか」と心配になったことはありませんか。
最初に結論を述べると、うつ病のある人では、海馬などの一部の脳領域が、健康な人と比べて平均的に小さいという研究結果があります。
ただし、「うつ病になれば誰でも脳が縮む」「神経細胞が次々に死んでいく」「一度変化したら回復しない」という意味ではありません。
また、「ある時点で小さかった」という結果と、「発症後に小さくなった」という結果も、区別する必要があります。
今回は、少し怖く聞こえる「脳の萎縮」という言葉を入口に、うつ病と脳の形について、研究から何がわかっているのかを考えます。
うつ病では、どこの脳が小さくなるのか?
うつ病と脳の構造について、特によく研究されているのが「海馬」です。
海馬は、記憶の形成や、出来事をその背景と結びつける働きなどに関わる領域です。ストレス反応の調節にも関係しています。
国際共同研究グループENIGMAによる2016年の論文では、うつ病患者1,728人と健康な対照者7,199人のMRIデータを統合しました。
その結果、うつ病患者では、海馬の体積が平均で約1.24%小さいことが示されました。統計学的な効果の大きさを示すCohen’s dは−0.14で、小さな差でした。
ここで注目したいのは、差が見つかったことと、その差の大きさの両方です。
「脳全体が大きく縮んでいた」という結果ではありません。多数の人の画像を、解析条件をそろえて比較することで見えてきた、特定の領域の平均差です。
この数字は、「うつ病になるたびに海馬が1.24%ずつ減る」という意味でもありません。
再発を繰り返した人では、違いが大きいのか?
同じENIGMAの研究では、海馬の体積の違いは、主に再発を経験した患者群で認められました。一方、初回エピソードの患者群では、対照群との有意な差は認められませんでした。
また、21歳以下で発症した群でも、海馬が小さいという関連が示されています。
この結果は、発症年齢や病気の経過が、脳の構造と関係する可能性を示しています。
ただし、「再発が海馬を削った」と断定することはできません。
再発しやすい人には、発症前から何らかの特徴があった可能性もあります。幼少期の逆境、遺伝的な背景、生活環境などが、うつ病のなりやすさと海馬の体積の両方に関係している可能性もあります。
また、「初回では有意差がなかった」という結果も、「初回のうつ病では脳に何も変化が起こらない」と証明したわけではありません。
画像研究では、何が見つかったかだけでなく、どこまでなら結論にしてよいかが重要です。
2026年の研究では、大脳皮質にも違いが見つかっている
海馬以外にも、脳の表面にある「大脳皮質」の厚さが研究されています。
2026年に発表されたDIRECT・ENIGMAの共同研究では、64のコホートから、うつ病患者5,736人と対照者6,538人のMRIデータを統合しています。
この研究では、眼窩前頭皮質、前部・後部帯状皮質、頭頂葉など、複数の領域で皮質が薄いという結果が示されました。一方、皮質の表面積には有意差が認められませんでした。
差は、急性期のうつ病がある成人で特に明瞭で、思春期の集団では有意な群間差が認められませんでした。
ここでも、「うつ病の脳」という一種類の形があるわけではありません。
海馬の体積、皮質の厚さ、皮質の表面積は、それぞれ異なる指標です。年齢や病期によっても結果は変わります。
「脳が萎縮する」という一言では、こうした違いが見えなくなってしまいます。
「小さい脳」と「小さくなった脳」は違う
画像研究を読むうえで、とても大切な区別です。
例えば、うつ病患者と健康な人のMRIを一度ずつ撮影して、海馬の体積を比較したとします。
患者群の海馬が平均的に小さかったとしても、この研究だけでは、発症前の大きさはわかりません。
考えられる関係には、次のようなものがあります。
| 考えられる関係 | どういう意味か |
|---|---|
| 発症後の変化 | うつ病や、それに伴うストレスなどが脳の構造に影響した可能性 |
| 発症前からの特徴 | もともとの脳の特徴が、発症しやすさと関係していた可能性 |
| 共通する背景の影響 | 遺伝や幼少期の経験などが、うつ病と脳の構造の両方に関係した可能性 |
| 双方向の関係 | 発症前の特徴と、発症後の変化が重なっている可能性 |
一度の撮影による集団比較は、こうした可能性を整理する出発点にはなります。しかし、変化の順番を確定するには、発症前後や治療経過を追う研究が必要です。
つまり、「小さい」という観察を、そのまま「病気によって縮んだ」と読み替えることはできません。
「萎縮する」とは、神経細胞が死ぬことなのか?
「萎縮」という言葉から、神経細胞が大量に死んで、脳が取り返しのつかない状態になることを想像する方もいると思います。
しかし、MRIで測る体積や厚さは、神経細胞の数そのものではありません。
脳には、神経細胞の本体だけでなく、枝のように伸びる樹状突起、細胞同士の接点であるシナプス、神経細胞を支えるグリア細胞、血管などがあります。MRIの測定値だけで、そのうち何がどれだけ変化したかを特定することはできません。
この点を考えるうえで、興味深いのがストレスの動物研究です。
1992年の研究では、ラットに繰り返し拘束ストレスを与えると、海馬CA3領域の神経細胞の一部の樹状突起が短くなり、枝分かれが減ることが示されました。
樹木にたとえるなら、木が丸ごと失われることと、枝の広がりが変わることは別です。
もちろん、ラットのストレス実験を、そのまま人間のうつ病に当てはめることはできません。それでも、「脳の構造が変わる=神経細胞が死ぬ」という理解では不十分なことがわかります。
人間でも、神経の「つながり」の変化が調べられている
人間のうつ病でも、シナプスの変化を示唆する研究があります。
2012年に発表された死後脳研究では、うつ病のある人の背外側前頭前皮質で、シナプスに関係する遺伝子の発現低下と、シナプス数の減少が報告されました。
さらに、GATA1という遺伝子の働きを調節する因子に注目し、ラットの前頭前皮質でこの因子を発現させると、樹状突起やシナプスに関係する構造が減少し、抑うつ様行動が生じることも示されています。
ただし、ヒトの死後脳で関連が見つかったことと、動物実験で仕組みの一部が示されたことは、分けて考える必要があります。
生きている人の脳を調べる研究もあります。
2019年の研究では、シナプス小胞にあるSV2Aというタンパク質を指標に、PETでシナプス密度を推定しました。未服薬のうつ病、PTSD、または両方のある26人を調べたところ、抑うつ症状が強いほど、この指標が低いという関連が認められました。
これは小規模な研究で、うつ病だけを対象にしたものでもありません。また、PETでシナプスを一つずつ直接数えているわけでもありません。
それでも、うつ病の研究が「脳の大きさ」から、神経回路の接点へと踏み込んでいることがわかります。
治療すると、脳の大きさも元に戻るのか?
気になるところですが、「治療すれば必ず元の体積に戻る」と言い切れる段階ではありません。
うつ病患者の脳画像を3年間追跡した研究では、寛解した患者は、寛解しなかった患者と比べて、海馬や前頭前皮質などの一部で体積の減少が少ないことが報告されています。
ただし、これは治療を無作為に割り付けて、脳の変化を比較した研究ではありません。「特定の治療が萎縮を防いだ」とまでは結論できません。
治療後の体積変化が比較的一貫して報告されているのは、電気けいれん療法(ECT)です。2021年のメタ解析では、ECT後に海馬や扁桃体の体積が増加することが示されています。
興味深いのは、体積が増えることと、抑うつ症状の改善との間に、明確な対応が示されなかった点です。
「大きくなった分だけ治った」という単純な関係ではないのです。
また、体積の増加だけで、「失われた神経細胞が再生した」と証明できるわけでもありません。
治療の目標は、MRIの数字を増やすことではなく、症状を和らげ、生活を取り戻すことです。
頭が働かないのは、脳が萎縮したからなのか?
うつ病では、「文章が頭に入らない」「仕事の段取りが組めない」「以前なら簡単だった判断ができない」と感じることがあります。
こうした症状があると、「脳が縮んだせいではないか」と考えたくなるかもしれません。
しかし、症状だけから、海馬の体積や皮質の厚さを推定することはできません。
注意や記憶、判断には、多くの神経回路が関わります。睡眠不足、不安、疲労、考え込み、薬の影響なども、診察では検討します。
脳の大きさという一つの指標で、その人の認知機能や回復の可能性を説明することはできないのです。
「頭が働かない」というつらさは、具体的な症状として主治医に伝えて構いません。「何を読めなくなったか」「どの作業で困るか」といった例が、状態を把握する手がかりになります。
心配なら、MRIを撮ったほうがよいのか?
うつ病が心配だからという理由で、全員がMRIを受ける必要はありません。
CANMATの診療ガイドラインでも、うつ病患者に一律に脳画像検査を行うことを支持する根拠はないとされています。一方、高齢期に初めて発症した場合や、神経学的な異常が疑われる場合などには、ほかの病気を確認するために検査が検討されます。
研究で使う詳細な画像解析と、日常診療でMRIを撮る目的も異なります。
現在、通常のMRIで海馬の大きさを見て、「うつ病です」「重症度はこの程度です」「この薬が効きます」と個人について判定することはできません。
MRIで明らかな異常がないことは、うつ病ではないという証明にはなりません。逆に、萎縮を指摘された場合も、その原因をうつ病と決めつけず、年齢や症状、ほかの病気などと合わせて評価する必要があります。
「脳が縮むのが怖い」を、治療のプレッシャーにしないために
脳画像の研究は、うつ病の背景にある仕組みを知るために重要です。
しかし、その結果を「早く治さないと脳が壊れる」「再発した自分は、もう手遅れだ」と受け取る必要はありません。
研究が示しているのは、集団としての傾向です。一人ひとりの将来を決める宣告ではありません。
診療で大切なのは、眠れているか、食べられているか、興味や楽しさが戻っているか、日常生活の負担が減っているかを確かめることです。薬物療法や心理療法、休養、環境調整などを、その人の状態に合わせて検討します。
「脳が何%小さいか」がわからなくても、困っている症状を整理し、回復を支える治療を進めることはできます。
脳の研究は、自分を怖がらせる材料ではなく、病気を理解し、治療を考えるための手がかりとして受け取っていただければと思います。
参考文献・資料
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https://doi.org/10.1177/07067437241245384
情報確認日:2026年10月23日
執筆及び医学監修:高橋 和政(ことのはメンタルクリニック院長)