動物にもうつ病はあるのか


札幌市西区の精神科・心療内科、ことのはメンタルクリニックです。

「飼い主が亡くなってから、犬が元気をなくしてしまった」

「仲間と離されたサルが、うつむいたまま動かなくなった」

こうした話を聞くと、動物にもうつ病があるのではないかと思うかもしれません。

結論からいうと、動物にも、人のうつ病に似た行動や身体の変化が現れることがあります。ただし、それが人間のうつ病とまったく同じ病気なのかについては、慎重に考える必要があります。

動物は「気分が沈んでいます」「自分には価値がないと感じます」と説明できません。そのため、動物のうつ状態を調べる研究には、独特の工夫と難しさがあります。

今回は、仲間を失った犬、社会的なストレスを受けるサル、そして抗うつ薬の研究に登場するマウスから、「うつ病は人間だけのものなのか」を考えます。

動物の「うつ病」は、どうやって判断するのか?

人間のうつ病では、気分の落ち込みだけでなく、興味や喜びの減退、睡眠や食欲の変化、疲労、集中力の低下などを確認します。

このうち、食事量や活動量、睡眠、他者との関わりは、動物でもある程度観察できます。

一方、「将来に希望が持てない」「過去の失敗を繰り返し考える」といった体験を、人間と同じ方法で確認することはできません。

そこで研究では、「うつ病」と断定する代わりに、「抑うつ様行動」「うつ病に関連する行動」と表現することがよくあります。

これは単なる言葉の慎重さではありません。

動物の行動から何が分かり、どこから先が人間側の推測なのか。その境界を明確にするための区別です。

元気がないことだけで、うつ病とは判断できません。しかし、言葉で説明できないからといって、苦痛や感情が存在しないと考えるのも適切ではありません。

犬は、仲間を失うと悲しむのか?

2022年にScientific Reports誌に掲載された研究では、同居していた犬が亡くなった後、残された犬の行動がどう変化したかを、飼い主への質問票で調べています。

報告された変化には、遊ぶことや食べることが減る、睡眠が増える、怖がりになるなどがありました。変化には、亡くなった犬との関係性も関わっていました。

人間でも、大切な人を失うと、食欲が落ちたり、何をしても楽しめなくなったりすることがあります。犬にも、社会的なつながりの喪失に反応する仕組みがある可能性が考えられます。

ただし、この研究は犬に直接気持ちを尋ねたものではありません。

飼い主自身の悲しみ、散歩や食事の時間の変化、家の中の雰囲気なども、犬の行動に影響した可能性があります。飼い主が自分の感情を重ねて、変化を強く捉えた可能性も否定できません。

また、喪失に対する悲嘆と、うつ病は同じではありません。

この研究は、犬が仲間の喪失後に行動を変えることを示していますが、人間と同じうつ病を発症したと証明したものではありません。

サルにも「社会的なストレスによる落ち込み」がある

動物の抑うつを考えるうえで、特に興味深いのがサルの研究です。

1997年のカニクイザルの研究では、群れの中の社会的な順位を変化させ、行動と生理機能への影響を調べました。

低い順位に置かれた個体では、攻撃を受けることが多く、親和的な交流が少なくなり、一人で過ごす時間や、周囲を警戒する行動が増えました。抑うつ様行動も多く認められています。

さらに、ストレス反応に関わるコルチゾールの分泌や、その分泌にブレーキをかける仕組み、生殖機能にも変化が認められました。

注目したいのは、同じような環境でも、すべての個体に同じ反応が起きるわけではないことです。

この研究では、過去にも低い順位を経験していた個体が、抑うつ様行動を示しやすい傾向がありました。

現在の環境だけでなく、それまでに何を経験してきたかが、ストレスへの反応を左右する。この点は、人間の精神医学とも重なります。

もちろん、サルの順位関係を、そのまま職場の役職や人間関係に置き換えることはできません。それでも、社会的な環境が行動と身体の両方に影響することは、人間だけの現象ではないと分かります。

マウスにも「好きなものを楽しめなくなる」ことがある?

うつ病の中心的な症状の一つに、アンヘドニアがあります。以前は楽しかったことに、興味や喜びを感じにくくなる状態です。

動物研究では、その一側面を調べるために「ショ糖嗜好試験」が使われます。

水と甘いショ糖水を用意し、どちらをどのくらい飲むかを調べる方法です。慢性的なストレスを与えられた動物では、甘い水への好みが弱くなることがあり、古くから抗うつ薬の研究に利用されてきました。

ただし、「甘い水を飲まない=おいしさを感じていない」とは限りません。

2023年の研究では、マウスが水をなめるパターンを細かく分析しました。その結果、ストレス後のショ糖への嗜好低下には、甘い水を求めて飲みに行く行動の減少が関わり、おいしさ自体への反応は保たれている可能性が示されました。甘い水の場所の記憶にも、ストレスの影響が認められています。

ここには、臨床的にも面白い視点があります。

「楽しめない」と「楽しむために動き出せない」は、同じではありません。

人でも、「出かけてしまえば少し楽しめるが、出かけるまでがひどくつらい」という場合があります。動物研究でも、報酬を味わう反応と、報酬を求める意欲を分けて考える必要があるのです。

「泳ぐのをやめたマウスは、うつ病」という説明の問題点

抗うつ薬の研究では、「強制水泳試験」という方法が長く使われてきました。

動物を逃げ出せない水の容器に入れ、活発に泳ぐ時間や、水に浮かぶために必要な最小限の動きだけになる時間を測ります。一部の抗うつ薬では、この動かない時間が短くなります。

このため、動かなくなることが「絶望」や「うつ状態」を表す、と説明されることがありました。

しかし、泳ぎ続けるのをやめた理由は、本当に絶望なのでしょうか。

逃げ道がない状況で、無駄な運動を減らして体力を温存している可能性もあります。

2017年の論文では、この試験を、うつ病そのものではなく「逃れられない急性ストレスにどう対処するか」を測るものとして解釈すべきだと論じています。

ここで大切なのは、観察できた行動と、そこから推測した感情を区別することです。

「動かなくなった」は観察結果です。

「生きる希望を失った」は、その結果に対する解釈です。

動物のうつ病研究では、この二つを混同しないことが重要になります。

「どうせ何をしても無駄」と、動物も学習するのか?

うつ病に関連する研究として有名なのが、「学習性無力感」です。

自分の行動によって避けられない不快な刺激を経験した後、別の状況で逃げられるようになっても、逃避行動を起こしにくくなる現象を指します。

従来は、「何をしても結果は変わらない、と学習したため」と説明されてきました。

ところが、研究の進展によって、説明の重点が変わってきました。

MaierとSeligmanは2016年の論文で、長く続く嫌悪刺激への受動的な反応を、単に学習の結果と捉えるのではなく、ストレスによって生じる基本的な反応として再検討しています。そして、「自分の行動で状況を変えられる」という経験が、前頭前野を介してその反応を抑えるという仕組みを示しました。

つまり、「無力さを学ぶ」という説明だけでは十分ではなく、「コントロールできることを学ぶ」働きにも注目する必要があるということです。

これは、人間の治療を考えるうえでも示唆的です。

ただし、この動物研究だけから、特定の心理療法の効果を証明することはできません。「小さな成功体験を与えればうつ病が治る」という単純な話でもありません。

自分の行動と結果のつながりを感じられることが、ストレス反応を調整する仕組みに関わる。その理解につながる研究です。

動物にも抗うつ薬を使うことがある

意外に思われるかもしれませんが、人の精神科でも使われる種類の薬が、動物の行動上の問題に使用されることがあります。

例えば米国では、SSRIのフルオキセチンを成分とする犬用の製剤が、行動修正の計画と併用する形で、犬の分離不安に対して承認されています。

ただし、これは「犬のうつ病に対する承認」ではありません。

分離不安は、飼い主と離れることに関連して強い不安や行動の変化が現れる問題です。抗うつ薬という分類の薬が使われるからといって、治療対象が必ずうつ病とは限りません。これは人間でも同じです。

また、薬が効くことだけで、人と動物が同じ病気にかかっていると証明できるわけでもありません。

共通する神経の仕組みに薬が作用し、その一部の症状を変えている可能性があるからです。

ペットが元気をなくしたら、まず何を考えるべきか?

食べない、遊ばない、隠れている、触られるのを嫌がる。

こうした変化があるとき、最初から「うつ病になった」と決めつけるのは避けたいところです。

痛みや内科疾患、神経疾患などでも、活動や食欲、他者との関わりが変化することがあります。獣医行動医学でも、行動の問題を評価する際には、身体的な原因を確認することが基本とされています。

動物病院で相談するときは、「元気がありません」だけでなく、次のような情報が役立ちます。

  • いつから、どのような変化があったか
  • 食事、水分、排泄に変化があるか
  • 好きだった遊びや散歩への反応はどうか
  • 同居する動物や家族に変化があったか
  • 引っ越し、留守番時間、生活リズムの変化があったか

可能であれば、普段との違いが分かる動画も参考になります。

特に、食べられない、ぐったりしているなどの変化がある場合は、「寂しいだけ」と考えて様子を見続けず、獣医師に相談してください。

人間用の抗うつ薬を、自己判断で与えることも避けてください。

動物の研究から、人間のうつ病について見えてくること

動物にも、人のうつ病と共通する一部の行動や生理変化があります。

仲間とのつながり、慢性的なストレス、過去の経験、自分で状況を変えられるかどうか。こうした条件が、動物の行動や身体にも影響しています。

このことは、うつ病を「考えすぎる人の病気」「気持ちが弱い人の病気」と理解することの限界を示しています。

一方で、動物の行動だけで、人間のうつ病のすべてを説明することもできません。人には、言葉を使った反すう、罪悪感、将来への見通しなど、診療で丁寧に確かめるべき体験があります。

動物研究の価値は、人間のうつ病をそのまま再現することだけにあるのではありません。

食欲、意欲、報酬への反応、社会的なつながりといった要素を分けて調べ、苦しさが生まれる仕組みの一部を明らかにすることにもあります。

動物が言葉で説明できないからこそ、行動を注意深く見る必要がある。その姿勢は、人間の診療にも通じるものがあります。

参考文献・資料

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    FDA資料
  8. MSD Veterinary Manual. Diagnosis of Behavior Problems in Animals.
    獣医行動医学の解説

情報確認日:2026年10月23日

執筆及び医学監修:高橋 和政(ことのはメンタルクリニック院長)