FIREに必要な資産額はいくらであれば安心できるのか


札幌市西区の精神科・心療内科、ことのはメンタルクリニックです。

「5,000万円あれば、もう働かなくてもよいのでは」
「いや、最低でも1億円は必要だと思う」
「1億円を超えたのに、なぜか仕事を辞めるのが怖い」

FIREについて調べると、さまざまな金額が出てきます。FIREとは、経済的な自立を実現し、早期退職することを指します。

では、いくらあれば安心して働くことをやめられるのでしょうか。

結論からいうと、必要な資産額は、年間支出、退職する年齢、資産の運用方法、年金や仕事からの収入によって大きく変わります。そして、計算上は生活できることと、本人が安心して暮らせることは、必ずしも一致しません。

今回は、資産を取り崩す研究と、お金に対する不安の心理をつなげながら考えてみます。

「1億円あれば安心」とは限らない

資産額だけでは、その人がどれくらい生活を維持できるのかはわかりません。

例えば、同じ1億円でも、年間支出が240万円の人と、600万円の人とでは条件が大きく異なります。運用も物価上昇も考えずに割り算すると、前者では約42年分、後者では約17年分です。

また、40歳で退職する人と、60歳で退職する人とでは、資産に頼る期間も違います。

持ち家があるか、住宅ローンが残っているか、子どもの教育費が必要かによっても変わります。持ち家は住居費を抑える助けになりますが、売却などをしなければ、その評価額を日々の生活費として使えるわけではありません。

FIREを考えるときは、まず「自分はいくら持っているか」から、「自分の暮らしには年間いくら必要か」へ視点を移す必要があります。

有名な「4%ルール」は、何を意味しているのか

FIREの話題でよく登場するのが、4%ルールです。

基本的な考え方は、退職時の運用資産の4%を初年度に取り崩し、翌年以降はその金額を物価に合わせて調整する、というものです。

例えば、運用資産が1億円なら、初年度の取り崩しは400万円。翌年の物価が2%上昇した場合は、408万円に増やします。

「その年の資産残高の4%を、毎年計算し直して使う」という方法とは異なります。

この考え方の出発点となったBengenの研究は、米国の株式・債券と物価の過去データを用いて、資産がどれくらい持続するかを検証したものでした。一定の条件下では、初年度4%程度の取り崩しと、その後の物価調整によって、少なくとも30年間資産が持続することが示されました。financialplanningassociation.org

ただし、過去の米国市場で成立したことが、今後の日本で暮らす人にも、そのまま保証されるわけではありません。税金、運用手数料、為替、資産配分も影響します。

4%は「毎年確実にもらえる利息」ではなく、資産の値動きと取り崩しを組み合わせた研究上の目安です。

早く退職するほど、同じ生活費でも多くの資産が必要になる

早期退職では、30年より長い期間を考える必要があります。

40歳で退職し、90歳までの生活を想定するなら50年間です。運用がうまくいかない時期や、物価が大きく上がる時期を経験する可能性も考えなければなりません。

Morningstarの2025年退職所得研究では、物価調整後の支出を維持し、30年後に資産が残る確率を90%とするモデルで、初年度の取り崩し率の上限は3.9%と推計されました。一方、株式40%・債券等60%の配分で期間を延ばすと、40年では3.3%、50年では2.9%という推計が示されています。Morningstar

もちろん、これは特定の市場見通しとモデルに基づく推計です。3%なら絶対安全、4%なら危険、という境界線ではありません。

それでも、「30年間の老後資金」と「50年間の早期退職資金」を、同じ計算で考えないことは大切です。

生活費ごとに計算すると、必要額はどれくらいか

まず、年間支出を取り崩し率で割ると、出発点となる金額が求められます。

必要な運用資産の概算=年間に資産からまかなう金額÷初年度の取り崩し率

以下は、支出のすべてを資産からまかない、年金や労働収入を見込まない単純計算です。

毎月の総支出年間の総支出4%で計算3.5%で計算3%で計算
20万円240万円6,000万円約6,860万円8,000万円
25万円300万円7,500万円約8,570万円1億円
30万円360万円9,000万円約1億290万円1億2,000万円
40万円480万円1億2,000万円約1億3,710万円1億6,000万円
50万円600万円1億5,000万円約1億7,140万円2億円

表の総支出には、住居費や食費だけでなく、税金、社会保険料、運用に伴う税負担なども含めて考えます。大きな臨時支出や予備費は別途確認が必要です。また、各取り崩し率は比較のための仮定であり、日本での安全性を保証するものではありません。

月30万円の暮らしなら、単純計算の出発点は9,000万円から1億2,000万円程度になります。

一方、将来の公的年金や継続的な収入があれば、必要額は変わります。特に早期退職では、「年金を受け取るまで」と「受け取り始めてから」を分けて計算するほうが実態に近くなります。

見落としやすいのは、生活費の「外側」にある支出

家計簿の生活費だけを使うと、必要額を少なく見積もることがあります。

退職後も、税金や社会保険料は確認が必要です。例えば、厚生年金のある勤務先を退職し、再就職まで期間が空く場合、原則として20歳以上60歳未満の人は国民年金への切り替えが必要になります。配偶者の扶養に入る場合などは扱いが異なります。nenkin.go.jp

投資口座からお金を取り出す場合も、売却代金の全額が利益というわけではありません。課税口座では売却益や配当などに課税され、NISAでは制度上の要件を満たす運用益が非課税になります。取り崩した金額と、生活に使える手取り額を区別する必要があります。fsa.go.jp

さらに、住宅修繕、車の買い替え、歯科治療、家族への援助など、毎月は発生しない支出もあります。

普段の生活費が月25万円でも、それだけで一生暮らせるとは限りません。数年に一度の支出を年平均に直すと、実際に必要な金額が見えやすくなります。

物価も重要です。仮に年2%の物価上昇が20年間続けば、現在の月30万円と同程度のものを買うために、約44万6,000円が必要になります。これは予測ではなく、物価の影響を示す計算例です。

平均利回りが同じでも、退職直後の暴落は厳しい

資産を取り崩す生活には、積み立て中とは違う難しさがあります。

それが、運用収益の「順番」です。

説明のため、1億円から毎年末に400万円を取り崩すとします。運用成績が1年目にマイナス30%、2年目にプラス30%なら、2年後の残高は8,180万円です。

反対に、1年目がプラス30%、2年目がマイナス30%なら、残高は8,420万円になります。

使った金額も、経験した騰落率も同じなのに、順番によって残る資産が変わります。取り崩しがなければ、どちらも9,100万円です。

退職直後に資産が減ると、生活費を出すために、値下がりした資産を多く売ることになります。その後に相場が回復しても、回復に参加できる資産が減っているのです。

これは「シークエンス・オブ・リターンズ・リスク」と呼ばれます。退職資金の研究でも、取り崩し期間中にどの順番で収益が発生するかが検討されています。Morningstar

「平均で年5%増えるなら、年4%使っても大丈夫」と、平均値だけで判断しにくい理由がここにあります。

配当だけで暮らせれば、安心なのか

配当収入で生活費をまかなえると、株を売らずに済むため、心理的な安心感につながることがあります。

ただし、配当は預金利息のように確定したものではありません。業績によって減配や無配になり、物価上昇に増配が追いつかないこともあります。

また、配当を受け取ることだけを見ていると、企業価値や株価の下落を見落とす可能性があります。

配当で暮らす場合も、確認したいのは現在の利回りだけではありません。利益とキャッシュフロー、財務、減配への耐性、業種の偏り、税引後の受取額まで含めて考えます。

配当を使う方法にも、必要に応じて資産を売却する方法にも、それぞれ特徴があります。「元本を売っていない」という感覚と、経済的に資産が守られていることは、分けて考える必要があります。

資産総額より「すぐに使えるお金」が安心につながることもある

ここからは、心理学の話です。

英国の銀行顧客585人を対象にした研究では、質問紙による生活満足度と、実際の銀行口座データが組み合わされました。

その結果、すぐに使える預金が多い人ほど、自分の経済状態を肯定的に評価し、その評価を介して生活満足度も高いという関連が認められました。この関連は、投資資産や支出、負債などを考慮しても残りました。pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

興味深いのは、資産の総額だけでは説明しきれない点です。

多額の株式を持っていても、「今売るのは怖い」「含み益が消えるのがつらい」と感じれば、日々の支出に安心して使えないことがあります。

一方、当面の生活費を預金で確保しておけば、相場が下がっている日に、食費のために売却する判断を迫られずに済みます。

ただし、この研究は観察研究です。「生活費の何年分を現金にすれば最も幸せか」まで示したものではありません。現金を増やすほど、物価上昇や運用機会を逃す問題も出てきます。

安心感にも、資産の持続性にも目を向けながら配分を考える必要があります。

それでも不安が消えないのは、なぜか

「あと1,000万円あれば安心できる」

そう思っていたのに、目標に到達すると、今度は「もう少し必要では」と感じることがあります。

その背景を考えるうえで参考になるのが、「不確実性への不耐性」という概念です。先のことが確定していない状態を、強い苦痛として感じやすい傾向を指します。

181研究、合計52,402人を含むメタ解析では、不確実性への不耐性は、全般不安症、強迫症、うつ病など、幅広い症状と関連していました。全体の相関係数は約0.51でしたが、研究間のばらつきも大きい結果でした。pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

この研究は、FIREを目指す人を調べたものではありません。

ただし、臨床的な解釈として、安心の条件が「生活が成り立つ見通し」から「悪いことが絶対に起きない保証」へ変わると、資産を増やしても目標が遠ざかり続ける可能性があります。

将来の病気、暴落、インフレ、制度変更を、すべて完全に予測することはできません。

経済的に備えるべき不確実性と、完全にはなくせない不確実性を分けることが、資産額の計算と同じくらい重要になる場合があります。

「もう少し働ける」は、資産と違う形の備えになる

年間支出が360万円で、そのすべてを資産からまかなう場合、3%で単純計算すると1億2,000万円が必要です。

一方、手取りで年間120万円の仕事収入が継続するなら、資産から必要な金額は240万円になり、同じ計算では8,000万円になります。

差は4,000万円です。

もちろん、この計算は仕事収入が続くことを前提にしています。病気や加齢によって働けなくなる可能性もあるため、一時的な副収入を一生続く収入として扱うことはできません。

それでも、完全に仕事をやめる以外に、勤務日数を減らす、負担の少ない仕事へ変える、一定期間休んでから再検討する、といった選択肢があります。

資格、技能、仕事上のつながりを維持しておくことも、いざというときの対応力になります。

FIREを「二度と働かないこと」と決めるほど、必要な備えは大きくなります。働き方を選べる状態を目指すなら、違う設計も可能です。

安心のためには、資産額と一緒に「対応方法」を決めておく

必要な資産額を計算したら、その数字だけで判断を終えないことが大切です。

例えば、資産が大きく下がった場合に、旅行や外食をどこまで減らせるのか。必ず維持したい生活費はいくらなのか。必要なら仕事を再開できるのか。年金開始後には、資産からの支出がどれくらい減るのか。

こうした対応方法を、相場が落ち着いているうちに具体化しておきます。

支出を調整できる人と、毎年同じ実質支出を維持する必要がある人では、資産の持続性も変わります。取り崩し研究でも、支出を柔軟に変える方法によって、当初に使える金額が変化することが検討されています。Morningstar

ただし、「暴落したら節約すればよい」という計画は、実際に減らせる支出があることが前提です。すでに最低限の生活費で暮らしている場合、調整の余地は小さくなります。

資産額を増やすことと同時に、生活を維持するための選択肢を増やすことも、安心につながります。

「いくらあれば絶対に安心か」という問いに、全員共通の金額はありません。

まずは自分の支出と退職期間から必要額を計算し、そのうえで、想定外の出来事にどう対応するかを考える。その準備ができても不安で日常生活が圧迫されるなら、資産計算に加えて、不安そのものへの対処を考えてよいでしょう。

参考文献・資料

  • Bengen WP. Determining Withdrawal Rates Using Historical Data. Journal of Financial Planning. 1994.
  • Morningstar. The State of Retirement Income: 2025.
  • Morningstar. What Is a Safe Withdrawal Rate for Early Retirement?
  • Ruberton PM, et al. How your bank balance buys happiness: The importance of “cash on hand” to life satisfaction. Emotion. 2016;16(5):575–580.
  • McEvoy PM, et al. The impact of methodological and measurement factors on transdiagnostic associations with intolerance of uncertainty: A meta-analysis. Clinical Psychology Review. 2019;73:101778.
  • 金融庁「NISAを知る」
  • 日本年金機構「就職・転職・退職」

情報確認日:2026年10月23日

執筆及び医学監修:高橋 和政(ことのはメンタルクリニック院長)