FIREをした人が再び働き始めるのはなぜか


札幌市西区の精神科・心療内科、ことのはメンタルクリニックです。

「もう働かなくていい生活を目指して、必死にお金を貯めた」
「ようやく退職したのに、しばらくすると仕事を始めたくなった」
「結局また働くなら、FIREには意味がなかったのだろうか」

FIREとは、Financial Independence, Retire Earlyの略で、経済的自立と早期退職を意味します。

生活のために働き続ける必要がなくなれば、毎日が自由になる。そう考えると、とても魅力的です。しかし、FIREを実現した後に、再び仕事を始める人もいます。

結論からいうと、再び働き始める理由は、お金が足りなくなったからだけではありません。仕事を離れて初めて、そこに含まれていた人とのつながり、達成感、生活のリズムなどに気づくことがあるからです。

そして、「働かなければ暮らせない状態で働くこと」と「働かなくても暮らせる状態で働くこと」では、同じ仕事でも意味が変わります。

今回は、退職と心の健康に関する研究から、FIRE後に再び働きたくなる理由を考えます。

そもそも、FIRE後に働くのは失敗なのか

FIREという言葉から、「一生、二度と働かないこと」を想像する人もいるでしょう。

しかし、FIREを目指す人が、全員同じ暮らしを望んでいるわけではありません。

2026年に公表されたLaura Sondayの研究では、FIREコミュニティを2年間観察し、55人に対して2回にわたるインタビューが行われました。そこで検討されたのは、「仕事を人生の最優先にする」という価値観から、経済的自由を背景に「働くことを選べる」という価値観への変化です。

参加者の希望も、完全に引退したい、別の仕事に挑戦したい、今の仕事を安心して続けたいなど、さまざまでした。これは再就職率を測る調査ではありませんが、FIREが単なる労働からの離脱ではなく、仕事との関係を組み替える試みでもあることを示しています。

そのため、FIRE後に働いているという事実だけで、計画が失敗したとは判断できません。

生活費のために不本意に戻ったのか。それとも、興味のある仕事を自分で選んだのか。この違いを見ないと、同じ「再就職」でも中身を取り違えてしまいます。

仕事を辞めると、給料以外のものもなくなる

仕事には、収入を得る以外にも、さまざまな機能があります。

仕事が担っている機能退職後に起こり得る変化
生活の時間割起床や外出の時刻を自分で決める必要がある
人との接点雑談や、定期的に顔を合わせる機会が減る
役割自分が何を担当し、誰に頼られているかが曖昧になる
達成感工夫や努力に対する反応を得る機会が減る
自分らしさの確認肩書や専門性を使う場面が少なくなる

もちろん、仕事以外ですでにこれらを持っている人もいます。

趣味の仲間がいる、家族との時間が充実している、創作や地域活動に取り組んでいる。そうした人にとって、退職は大きな解放になるでしょう。

一方、生活の多くを仕事に集約してきた人は、退職によって複数の支えを同時に手放すことになります。

「嫌な会議がなくなった」のと同時に、「何気なく雑談する相手もいなくなった」。

仕事を辞めた後の寂しさには、こうした一括した変化が関係している可能性があります。

自由になったのに、物足りないのはなぜか

この問題を考えるうえで役立つのが、心理学の「自己決定理論」です。

自己決定理論では、心の健康や意欲に関わる基本的な心理欲求として、自律性、有能感、関係性を重視します。自律性は「自分の行動を自分で選んでいる感覚」、有能感は「自分にはできるという感覚」、関係性は「人とつながっている感覚」です。

この枠組みをFIREに当てはめると、退職によって自律性が高まっても、有能感や関係性が同時に満たされるとは限りません。

誰にも指示されない。
嫌な仕事を断れる。
好きな時間に起きられる。

それは大きな自由です。しかし、その自由の中で「何に取り組み、誰と関わるか」は、改めてつくる必要があります。

例えば、旅行は好きでも、毎日旅行したいとは限りません。ゲームが好きでも、一日中遊び続ける生活が自分に合うとは限りません。

そこで、「自分の経験が役立つ仕事を少しだけしたい」「仲間と何かを完成させたい」と感じることがあります。

これは、自由を嫌いになったというより、自由になった後に欲しいものが具体的になった、と理解することもできます。

嫌だったのは、仕事内容だったのか、働く条件だったのか

退職前には、「仕事が嫌だ」という一言でまとめていた不満も、離れてみると分けて考えられることがあります。

嫌だったのは、仕事内容そのものだったのか。
長時間労働だったのか。
断れないことだったのか。
上司との関係だったのか。

例えば、診療は好きでも、過密な予約や事務負担に疲れている医師がいるかもしれません。教えることは好きでも、組織内の調整に消耗している人もいるでしょう。

その場合、退職後に「週に数回だけなら、またやりたい」と思っても不思議ではありません。

退職と心の健康を調べたWhitehall II研究では、英国の公務員4,751人を対象に、退職前後の変化が分析されました。平均的には退職後の短期間に精神的健康が改善し、その変化は、仕事の要求が高い、裁量が少ない、職場の支援が乏しいといった条件から退職した人で、より明確でした。

この結果は、「仕事を失うと人は必ず不幸になる」という考え方には合いません。

仕事から離れることが回復につながる人もいます。そのうえで、負担の少ない条件なら、仕事の好きだった部分を再び生活に取り入れられる可能性があるのです。

再び働くと健康になる、という研究はどう読むべきか

退職後の就労は、研究では「ブリッジ就労」と呼ばれることがあります。ただし、これは完全退職後の再就職だけでなく、本格的な仕事から完全退職へ移る途中の就労も含む、広い概念です。

2009年に発表された米国の退職者12,189人の縦断研究では、完全に退職した人と比べて、ブリッジ就労をしている人は主要な疾患や身体機能の制限が少なく、以前と同じ専門分野で働く人では、精神的健康も良好という関連が認められました。

ただし、ここには重要な問題があります。

働くことで健康になったのか。それとも、健康で、働ける条件が整っている人が仕事を続けたのか。

観察研究では、この二つを完全には分けられません。いわゆる健康労働者効果や、健康状態による選択の影響を考える必要があります。

実際、日本の50歳以上の11,991人を対象にした2024年の研究では、異なる結果が報告されています。年金制度や労働市場の条件を利用した操作変数法で分析すると、完全退職と比べて、退職後の再就職は精神的健康の悪化と関連し、身体的健康には有意な差がありませんでした。悪影響は、資産の少ない人などで強くみられました。

操作変数法にも仮定があり、この結果をすべての再就職者に当てはめることはできません。それでも、「働けば健康によい」と一律に勧めることの難しさはわかります。

十分な資産があって、好きな仕事を選ぶ場合と、生活費が足りず、条件の悪い仕事に戻らざるを得ない場合を、同じものとして扱うべきではないのでしょう。

「働かないと認知症になる」は本当か

FIREの話題では、「仕事を辞めると頭を使わなくなり、認知症になるのでは」という心配も聞かれます。

Whitehall II研究の別の分析では、3,433人の認知機能を退職前後で追跡したところ、言語性記憶の低下速度が退職後に38%速かったと報告されています。一方、抽象的推論や言語流暢性については、退職による低下速度の有意な変化は認められませんでした。

ここでいう38%は、記憶力が一度に38%失われたという意味ではありません。また、認知症の発症リスクが38%増えたという結果でもありません。

この研究から考えられるのは、退職に伴って知的な刺激や活動が変化することが、記憶の経過に関係する可能性です。

ただし、それが「会社に勤め続けることが唯一の対策」を意味するわけではありません。

仕事を辞めた後も、学ぶ、工夫する、誰かと相談する、新しい課題に取り組む機会はつくれます。再び仕事をすることも、その一つでしょう。

なお、ここまで紹介した退職研究の多くは、中高年の退職者を対象としています。30代や40代で経済的自立を達成した人に、その結果をそのまま当てはめることには限界があります。

お金が十分あっても、不安がなくなるとは限らない

心理的な理由だけでなく、経済的な理由から再び働く人もいます。

物価の上昇、相場の下落、家族の事情、想定外の支出。退職前には許容できると思っていた変動が、実際に給与収入がなくなると、重く感じられることもあるでしょう。

また、同じ支出でも、働いている間の「今月の給料から使う」と、退職後の「資産を取り崩して使う」では、受け止め方が変わる場合があります。

これは、資産が十分なら必ず起こる反応でも、精神疾患を意味するものでもありません。自分がどの程度の不確実性に耐えられるかは、経験して初めてわかる面があります。

少し働いて定期収入を得ることが安心につながるなら、それも生活の調整です。

ただし、資産額を何度も確認せずにはいられない、不安で眠れない、支出を極端に恐れて生活を楽しめない場合には、資金計画に加えて、不安そのものへの対応が必要になることもあります。

FIREの前に、「仕事の何を手放したいか」を考える

FIREを考えるとき、必要な資産額の計算は欠かせません。しかし、心の面では、もう一つ整理しておきたいことがあります。

それは、仕事の中で「手放したいもの」と「残したいもの」です。

手放したいものの例残したいものの例
長時間労働専門性を使う機会
断れない依頼自分で選んだ依頼
職場内の過度な競争仲間との協力
評価への強いプレッシャー成長や上達を実感する機会
不規則な勤務無理のない生活の時間割

この整理をすると、完全に辞める以外の選択肢が見えることもあります。勤務日数を減らす、担当業務を変える、別の組織に移る、自分のペースで小さく働く、といった方法です。

また、退職後の一日を、旅行中ではなく「特別な予定のない平日」として想像してみることも役立つでしょう。

朝、何時に起きるか。
誰と話すか。
何に取り組むか。
夜に、何をして過ごせてよかったと思うか。

これは、すべてを予定で埋めるための質問ではありません。仕事がなくなった後、自分の生活を何が支えるのかを知るための質問です。

FIRE後に再び働きたくなったときも、「せっかく辞めたのに」と自分を責める必要はありません。

必要なのは、以前と同じ負担まで引き受けることではなく、今の自分が仕事に何を求めているかを確かめることです。収入なのか、人との接点なのか、専門性を使う喜びなのか。それによって、選ぶ仕事も、ちょうどよい量も変わります。

働く日があっても、休む日があっても、自分の暮らしに合わせて選び直してかまわないのです。

参考文献・資料

  1. Sonday L. “Work Optional”: The Adoption and Enactment of a New Work Ideal in the Financial Independence Retire Early Community. Administrative Science Quarterly. 2026.
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    https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11392867/
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    https://doi.org/10.1093/geronb/gbz042
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    https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/19839658/
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    https://doi.org/10.1016/j.ehb.2023.101330
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    https://doi.org/10.1007/s10654-017-0347-7

情報確認日:2026年10月23日

執筆及び医学監修:高橋 和政(ことのはメンタルクリニック院長)