抗精神病薬によって寿命が変わるという研究は本当か

札幌市西区の精神科・心療内科、ことのはメンタルクリニックです。
「抗精神病薬を長く飲むと、寿命が短くなるのでしょうか?」
「反対に、薬を飲んでいる人の方が長生きするという話も聞きました」
体重増加や糖尿病、不整脈などの副作用を知ると、長く飲み続けることが不安になるかもしれません。
結論からいうと、抗精神病薬の使用と死亡率の違いを示した研究は実際にあります。統合失調症では、薬を使用している方が死亡率が低いという大規模な観察研究がある一方、認知症のある高齢者では、死亡リスクの増加を示した臨床試験もあります。
この違いを理解するには、「誰に、何のために使った薬なのか」と、「何と比較した結果なのか」を確認する必要があります。
統合失調症では、薬を使用している方が死亡率は低かった
代表的なのが、2020年に発表されたフィンランドの「FIN20研究」です。
統合失調症で入院治療歴のある62,250人を対象に、最長20年間追跡しました。抗精神病薬の使用期間は、非使用期間と比べて、次のような死亡リスクの低さと関連していました。
| 評価項目 | 使用期間の調整ハザード比〔95%信頼区間〕 |
|---|---|
| あらゆる原因による死亡 | 0.48〔0.46〜0.51〕 |
| 心血管疾患による死亡 | 0.62〔0.57〜0.67〕 |
| 自殺による死亡 | 0.52〔0.43〜0.62〕 |
※抗精神病薬を使用していない期間を1とした比較です。個人の死亡確率や、寿命の長さを直接示す数字ではありません。
注目されるのは、自殺だけでなく、心血管疾患による死亡も低かったことです。
ただし、これは観察研究です。「薬そのものが死亡を半分に減らした」と因果関係まで証明した結果ではありません。また、FIN20研究で同じ人の使用期間と非使用期間を比較したのは主に入院の解析で、死亡の解析には患者間の比較を用いています。研究手法を混同しないことも大切です。
体に負担のある薬なのに、なぜ死亡率が低くなるのか
ここには、薬の副作用だけでは捉えられない問題があります。
治療によって幻覚や妄想が軽くなれば、食事や睡眠が整い、必要な診察や検査を受けやすくなる可能性があります。病状の悪化に伴う生活の混乱を防ぐことも、健康に影響するでしょう。
つまり、薬には身体的な負担を増やす作用がある一方、病気を安定させることで健康を守る働きもあり得ます。
これは研究結果を説明する仮説であり、それぞれが死亡率の低下にどれだけ寄与したかは、十分に分かっていません。
また、薬を継続できている人は、もともと通院や生活支援につながりやすい可能性があります。観察された差には、薬の作用に加え、医療を受け続けられる環境の違いも含まれ得ます。FIN20研究の著者らも、こうした交絡の可能性を論じています。
「薬を飲むこと」と「治療につながっていること」は、実際の生活では切り離しにくいのです。
クロザピンは、副作用と長期成績の関係を考えるうえで興味深い薬
抗精神病薬の中でも、このテーマでよく取り上げられるのがクロザピンです。
クロザピンには、体重や代謝への影響に加え、重篤な血液障害、心筋炎、消化管運動低下など、慎重な管理を要する副作用があります。それでもFIN20研究では、クロザピンの使用は特に低い死亡率と関連していました。
この結果は、「副作用の多い薬ほど、必ず長期予後が悪い」とは限らないことを示唆します。
関連する重要な研究に、2003年のInterSePT試験があります。自殺リスクの高い統合失調症・統合失調感情障害の患者980人を、クロザピンとオランザピンに無作為に割り付け、2年間比較した試験です。
クロザピン群では、自殺企図や自殺予防のための入院などを含む「自殺関連行動」が少なくなりました。一方、自殺による死亡そのものには統計学的な有意差がありませんでした。
ここは大切な区別です。
「自殺企図を減らした」と「自殺による死亡を減らした」、さらに「寿命を延ばした」は、それぞれ異なる結論です。研究を紹介するときには、実際に何が確認されたのかを分けて読む必要があります。
飲み薬か注射薬かでも、死亡率は違うのか
持効性注射剤、いわゆるLAIについても興味深い報告があります。
スウェーデンの統合失調症患者29,823人を対象とした研究では、LAIの使用は、同じ成分の経口薬と比べて約30%低い死亡リスクと関連していました。
これは、「注射にすると成分そのものが体に優しくなる」と証明した結果ではありません。
飲み忘れによる治療の中断が減ることや、定期的な注射のために医療者と接点ができることなどが、結果に関わっている可能性があります。ただし、こうした仕組みの寄与は、この研究だけでは確定できません。
LAIはしばしば「毎日薬を飲むのが難しい人のための方法」と説明されますが、長期予後という観点からも検討されている治療です。もちろん、本人の希望や副作用、これまでの治療経過を踏まえて選ぶ必要があります。
それなら、量を増やすほど長生きできるのか
そのようにはいえません。
スウェーデンの別の観察研究では、抗精神病薬への累積的な曝露と全死亡率の間に、U字型の関係が報告されました。薬を使用していない群で死亡リスクが最も高く、中程度の曝露群で低く、高曝露群では再び高くなるという形です。
ただし、高用量を必要とする人は病状が重いこともあります。高曝露群の死亡率の高さを、すべて薬の量のせいと判断することもできません。
さらに、この研究で使われたDDDという用量指標は、薬剤使用量を比較するための統計上の単位です。個々の患者さんにとっての適量を、そのまま示すものではありません。
研究から読み取るべきなのは、「多いほどよい」「少ないほどよい」という単純な答えではなく、症状を抑える利益と副作用の負担を両方評価する必要性です。
認知症では、反対に死亡リスクの増加が報告されている
統合失調症の研究を、すべての抗精神病薬使用に当てはめることはできません。
2005年に発表された、認知症の患者を対象とした15件の無作為化プラセボ対照試験のメタ解析では、主に10〜12週間という短い試験期間でも、薬剤群の死亡割合は3.5%、プラセボ群は2.3%でした。死亡のオッズ比は1.54でした。
これは、抗精神病薬の使用と死亡率の低下を報告した統合失調症の研究とは、対象も治療目的も異なります。
同じ「抗精神病薬」という名前であっても、統合失調症の再発予防として使う場合と、認知症に伴う行動症状に使う場合では、期待できる利益と危険の釣り合いが変わります。
同様に、統合失調症のデータから、「うつ病の増強療法で少量服用している人も、同じ割合で死亡リスクが下がる」とは判断できません。
薬の名前だけで結論を出すと、この重要な違いが抜け落ちてしまいます。
「全体として死亡率が低い」と「副作用は心配ない」は別の話
死亡率に関する研究が安心材料になるとしても、副作用の管理が不要になるわけではありません。
2009年の米国の観察研究では、定型・非定型のどちらの抗精神病薬でも、現在の使用は心臓突然死のリスク上昇と関連し、その関連には用量依存性が認められました。
この結果と、統合失調症で全死亡率が低かったという結果は、必ずしも矛盾しません。
特定の副作用による危険が増えても、別の原因による死亡が減れば、全体としての死亡率は低くなり得るからです。加えて、研究ごとに対象者や比較方法も違います。
診療では「全死亡率が低いから大丈夫」で終わらせず、体重、血圧、血糖、脂質、心電図を必要に応じて確認することが大切です。
英国NICEのガイドラインでも、抗精神病薬の開始前と開始後に身体状態を評価し、血糖またはHbA1cと脂質については、開始12週後、1年後、その後は毎年の確認を勧めています。
症状を安定させる治療と、身体の健康を守る治療は、同時に進めるものです。
研究で「死亡率が半分」でも、寿命が2倍になるわけではない
このテーマで最も誤解されやすいのが、死亡率と寿命の違いです。
例えば、調整ハザード比が0.48という数字は、研究の追跡期間中における死亡の起こりやすさを比較した指標です。
「残りの寿命が2倍になる」
「この薬を飲めば何年長く生きられる」
という意味ではありません。
また、年齢、喫煙、身体疾患、病状、生活環境などが異なれば、個人にとっての意味も変わります。集団の研究結果から、一人ひとりの寿命を計算することはできません。
2026年には、中国の統合失調症患者435,816人を対象とした観察研究でも、抗精神病薬の治療と低い死亡率との関連が報告されています。ただし、こうした大規模研究でも、人数の多さだけで因果関係が確定するわけではありません。
データが大きいことと、比較する集団の条件がそろっていることは、別の問題なのです。
治療では、何を大切にすればよいのか
抗精神病薬と寿命に関する研究は、「薬は長く飲むほど危険だ」という一方向の見方を見直す材料になります。
一方で、「飲んでいれば長生きできるから、量や副作用を気にしなくてよい」という結論も導けません。
実際の診療では、次の点を一緒に確認していきます。
- 何の症状を治療するために使っているのか
- その症状や生活上の困りごとが改善しているか
- 現在の量や併用薬は適切か
- 体重や血糖、脂質などに変化がないか
- 無理なく続けられる治療方法になっているか
副作用がつらい場合には、それを我慢するだけでなく、薬の種類や量、服用方法を相談する余地があります。
寿命への不安から自己判断で急に中止するより、「この薬で得られている利益」と「減らしたい負担」を具体的に話し合うことが、治療を見直す出発点になります。
※本記事は2026年10月23日時点で確認できた研究・ガイドラインに基づきます。
参考文献
- Taipale H, et al. 20-year follow-up study of physical morbidity and mortality in relationship to antipsychotic treatment in a nationwide cohort of 62,250 patients with schizophrenia(FIN20). World Psychiatry. 2020;19:61–68. doi:10.1002/wps.20699.
- Meltzer HY, et al. Clozapine treatment for suicidality in schizophrenia: International Suicide Prevention Trial(InterSePT). Arch Gen Psychiatry. 2003;60:82–91. doi:10.1001/archpsyc.60.1.82.
- Taipale H, et al. Antipsychotics and mortality in a nationwide cohort of 29,823 patients with schizophrenia. Schizophr Res. 2018;197:274–280. doi:10.1016/j.schres.2017.12.010.
- Torniainen M, et al. Antipsychotic treatment and mortality in schizophrenia. Schizophr Bull. 2015;41:656–663. doi:10.1093/schbul/sbu164.
- Schneider LS, Dagerman KS, Insel P. Risk of death with atypical antipsychotic drug treatment for dementia: meta-analysis of randomized placebo-controlled trials. JAMA. 2005;294:1934–1943. doi:10.1001/jama.294.15.1934.
- Ray WA, et al. Atypical antipsychotic drugs and the risk of sudden cardiac death. N Engl J Med. 2009;360:225–235. doi:10.1056/NEJMoa0806994.
- NICE. Psychosis and schizophrenia in adults: prevention and management. CG178. Recommendations 1.3.6.1–1.3.6.4.
- He H, et al. Real-world antipsychotic prescribing patterns and mortality in schizophrenia: a registry cohort study from China. Epidemiol Psychiatr Sci. 2026;35. PMID:42548073.
情報確認日:2026年10月23日
執筆及び医学監修:高橋 和政(ことのはメンタルクリニック院長)