宝くじで大金が当たると人は幸せになれるのか

札幌市西区の精神科・心療内科、ことのはメンタルクリニックです。
「宝くじで何億円も当たったら、きっと毎日幸せに暮らせる」
そう考えたことがある方は、多いのではないでしょうか。
一方で、「高額当選者はかえって不幸になる」「人間は慣れるので、結局幸福度は元に戻る」という話もよく耳にします。
結論からいうと、宝くじの高額当選は、人生への満足度を長期的に高める可能性があります。ただし、人生に満足することと、毎日楽しい気分で過ごすこと、心の病気が改善することは、それぞれ別の問題です。
今回は、宝くじ当選者を調べた研究から、「お金が変えられる幸せ」と「お金だけでは変わりにくい幸せ」について考えてみます。
「当たっても幸せにならない」という有名な研究
宝くじと幸福について、長年引用されてきた研究があります。
1978年に発表された、心理学者フィリップ・ブリックマンらの研究です。宝くじの高額当選者22人と、対照群22人などを比較したところ、当選者の現在の幸福度は、対照群より統計学的に有意に高いとはいえませんでした。また、当選者は日常のささやかな出来事から感じる喜びが、対照群より小さいという結果でした。
この研究は、「大金を手に入れても人は慣れてしまう」という説明とともに、広く紹介されてきました。
ただし、ここには重要な注意点があります。
この研究は、同じ人の幸福度を当選前から繰り返し測定し、「当選直後は上がったが、その後完全に元へ戻った」と確認した研究ではありません。当選者の人数も少なく、「有意差がなかった」ことだけで「お金には効果がない」と断定することもできません。
研究結果そのものと、そこから広まったわかりやすい物語は、区別する必要があります。
大規模研究では、人生への満足度が長く高まっていた
その後、この問題をより大きな規模で調べた研究が登場しました。
2020年に学術誌『The Review of Economic Studies』に掲載された研究では、スウェーデンの宝くじ参加者3,362人について、当選から5〜22年後の心理的な状態を調べています。
当選条件が同じグループ内で、偶然異なる金額を受け取った人を比較することで、資産が増えた影響を検討しました。その結果、高額の当選は、人生全体への満足度を高め、その効果が10年以上続くことが示されました。一方、幸福感や精神的健康への推定効果は小さく、統計学的に明確ではありませんでした。
「どうせ慣れるから、何も変わらない」という説明では、この結果を十分に説明できません。
ただし、これは集団の平均的な結果です。日本の高額当選者全員に同じことが起こるとも、当選額に比例して際限なく幸せになるともいえません。
「人生に満足している」と「今日も楽しい」は違う
そもそも、幸福という言葉には、複数の意味が含まれています。
| 幸福の側面 | 問いかけの例 | イメージ |
|---|---|---|
| 人生への満足度 | 自分の人生全体を、どのくらいよいと評価しているか | 将来の見通し、暮らしへの納得 |
| 感情としての幸福 | 最近、どのくらい幸せな気分を感じているか | 楽しさ、喜び、心地よさ |
| 精神的健康 | 不安や抑うつなどの症状がどの程度あるか | 心の不調の少なさ |
例えば、住宅ローンを返せるようになれば、「今後の生活はかなり安心だ」と思えるかもしれません。
しかし、その翌日に風邪をひけばつらいですし、家族とけんかをすれば腹も立ちます。好きな人から返信が来なければ、やはり気になるでしょう。
銀行口座の残高が増えても、人間の感情が毎日ずっと上機嫌になるわけではありません。
これは先ほどの研究結果を日常に置き換えた説明ですが、お金の価値を考えるうえで大切な区別です。「今日の気分が変わらないから、お金は役に立たなかった」と評価すると、生活の安心や選択肢の増加を見落としてしまいます。
当選の興奮に慣れても、生活上の利点は残る
新しい車を買った日には、とても気分が高まります。しかし、半年後には「いつもの車」になっているかもしれません。
よい出来事による喜びが、時間とともに薄れていく現象は、快楽順応、あるいはヘドニック・アダプテーションと呼ばれます。宝くじに関する初期の研究でも、慣れや比較によって喜びが小さくなる可能性が論じられていました。
ただ、興奮が薄れることと、得られた利点が消えることは同じではありません。
例えば、当選金によって無理な残業を減らせた人を考えてみましょう。
「当たった!」という感動は落ち着いても、毎晩早く帰れる生活は続くかもしれません。苦痛な住環境から引っ越した場合も、新居への感激は薄れても、騒音に悩まされない暮らしは残ります。
お金の効果は、喜びを追加することだけではありません。繰り返し生じていた負担を減らすことにもあります。
大金が入れば、心身も健康になるのか
医療の視点では、もう一つ興味深い問題があります。
経済的に豊かな人ほど健康であるという関連は、さまざまな研究で報告されます。しかし、それだけでは「お金が増えれば健康になる」とはいえません。健康だから働いて収入を得やすいという逆方向の関係や、教育、生活環境などの影響も考えられるからです。
そこで、偶然の当選によって資産が増えた人を調べる研究が役立ちます。
スウェーデンの行政データを用いた2016年の研究では、当選による資産増加が、成人の死亡率や医療利用を大きく変えるという証拠は得られませんでした。一方、精神科領域の処方薬の使用については、小さな減少が示唆されています。
また、2020年の『JAMA Network Open』掲載研究では、宝くじ参加者3,344人を分析し、当選額による長期的な喫煙、飲酒、運動、食事の質、全般的な健康状態の明確な違いは認められませんでした。
つまり、経済的な余裕ができても、健康習慣まで自動的に書き換わるわけではないようです。
ただし、これらは社会保障の整ったスウェーデンでの結果です。医療費を払えず受診できない状況や、生活必需品にも困る状況へ、そのまま当てはめることはできません。
「高額当選者の7割は破産する」は本当か
宝くじの話題では、「当選者の70%が数年以内に破産する」という数字が紹介されることがあります。
しかし、この数字は確立した研究結果として扱えません。
出典としてしばしば名前を挙げられてきた米国の金融教育団体NEFEは、2018年の公式声明で、この統計を裏づける自団体の研究はなく、数字を確認できないと説明しています。
もちろん、当選後に浪費や金銭トラブルに苦しむ人はいるでしょう。しかし、「そういう人がいる」と「当選者の大多数がそうなる」は、まったく違う主張です。
平穏に暮らす当選者の生活は、劇的な転落話ほど注目されないかもしれません。目立つ事例だけで全体像を判断しない姿勢が必要です。
幸せにつながるのは、「何を買うか」だけではない
では、お金はどのように使えば、幸福につながりやすいのでしょうか。
一つの手がかりが、「時間を買う」という使い方です。
2017年に発表された研究では、家事などの時間を節約するサービスへの支出と、人生への満足度との関連が示されました。さらに、働く成人60人を対象にした実験では、物を買うためにお金を使った日より、時間を節約するために使った日のほうが、よい気分を報告していました。
これは宝くじ当選者を対象にした実験ではなく、長期的な幸福を保証するものでもありません。ただ、「高価な物を増やす」以外にも、お金を暮らしの改善へつなげる方法があることを示しています。
例えば、負担の大きい家事を一部頼む。通勤時間を短くする。働き方を調整して、休息や家族との時間を確保する。
当選金の使い道を考えるなら、「何が欲しいか」に加えて、「日常のどの負担を減らしたいか」と問い直してみる価値があります。
「お金があれば幸せなはず」と、自分を責めなくてよい
精神科の診療で大切なのは、経済状況と心の状態を、関連しながらも別のものとして評価することです。
生活に余裕があっても、うつ病になることはあります。将来のお金の心配が減っても、孤独や喪失のつらさが残ることはあります。
「これだけ恵まれているのに、なぜ楽しくないのか」
「お金に困っていないのだから、つらいと言うのは甘えではないか」
そのように自分を責める必要はありません。経済的な問題が解決したことは、心の不調を否定する理由にはならないからです。
宝くじは、人生をよくするための選択肢を増やしてくれるかもしれません。ただ、その選択肢をどのような暮らしにつなげたいかは、別に考える必要があります。
「当たったら何を買うか」と同じくらい、「当たったら、どんな一日を過ごしたいか」。
その問いのほうが、自分にとっての幸せを具体的にしてくれるかもしれません。
参考文献・資料
- Brickman P, Coates D, Janoff-Bulman R. Lottery winners and accident victims: Is happiness relative? Journal of Personality and Social Psychology. 1978;36(8):917–927.
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https://www.nefe.org/news/2018/01/research-statistic-on-financial-windfalls-and-bankruptcy.aspx
情報確認日:2026年10月23日
執筆及び医学監修:高橋 和政(ことのはメンタルクリニック院長)