精神科医は患者さんの嘘を見抜けるのか


札幌市西区の精神科・心療内科、ことのはメンタルクリニックです。

「精神科の先生には、嘘をついても全部バレそう」
「表情や話し方を見れば、本心まで分かるのでは?」

精神科医には、そんなイメージがあるかもしれません。

結論からいうと、精神科医でも患者さんの嘘を確実に見抜くことはできません。話の食い違いや、言葉にしにくそうな様子に気づくことはありますが、それだけで「嘘だ」と判断できるわけではありません。

むしろ診療で重要なのは、本当のことを話しにくい理由を理解し、治療に必要な情報を一緒に確かめていくことです。

今回は、嘘を見抜く能力についての研究から、患者さんが本音を隠す心理、心理検査の限界まで解説します。

精神科医も「嘘を見抜く特別な能力」を持っているわけではない

人が他人の嘘をどのくらい見抜けるのかは、心理学で長く研究されてきました。

2006年に発表されたメタ解析では、嘘と本当の発言を判別する正答率は平均約54%でした。嘘と本当が半々なら、偶然に選んでも50%は当たるため、それを少し上回る程度です。しかも、本当の発言を本当と判断する割合は61%だった一方、嘘を嘘と見抜く割合は47%でした。

では、精神科医ならどうでしょうか。

1991年の研究では、精神科医、裁判官、捜査関係者、大学生など計509人に、映像の人物が嘘をついているか判断してもらいました。この実験で、集団として偶然を上回る成績を示したのはシークレットサービスの職員だけで、精神科医の集団では、その水準の判別能力は確認されませんでした。

ただし、これは限られた映像を見て判断する実験です。長く診療している患者さんについて、過去の経過や検査結果も踏まえて評価する場面とは異なります。

「精神科医の診察の正確さは54%」という意味でもありません。

研究からいえるのは、精神科医という肩書きだけで、表情や雰囲気から嘘を見抜けると考える根拠は乏しい、ということです。

「目をそらす」「落ち着かない」は嘘の証拠にならない

嘘をついている人の特徴として、よく挙げられるものがあります。

目をそらす、そわそわする、返事が遅い、声が震える、必要以上に説明する、といった行動です。

しかし、こうした特徴の多くは、嘘との関連が弱かったり、状況によって変わったりします。158種類の手がかりを調べたメタ解析でも、多くの行動は嘘と明確に結びつかないか、結びついても弱いものでした。

そもそも精神科の診察室には、嘘とは関係なく緊張する理由がたくさんあります。

初めて会う医師に個人的な話をする。つらい経験を思い出す。うまく説明できるか心配する。「信じてもらえなかったらどうしよう」と考える。

その結果、視線が合わなかったり、返答に時間がかかったりすることは十分にあります。

反対に、事実と異なる話でも、準備していれば落ち着いて話せる場合があります。

緊張していることと、嘘をついていることは別です。「目が泳いでいるから嘘」という判断をすると、正直に話している不安の強い人ほど疑われることになってしまいます。

「前回と話が違う」ことと「嘘をついた」ことも違う

診療では、前回と今回で話の内容が違うことがあります。

しかし、食い違いがあることと、相手をだます意図があることは分けて考える必要があります。

例えば、「眠れていません」という言葉にも、いろいろな意味があります。

寝つくまでに時間がかかるのか、夜中に何度も起きるのか、朝早く目が覚めるのか。それとも、睡眠時間は取れていても、眠った感じがしないのか。

医師が「何時間くらい眠れましたか」と尋ねて「6時間です」と返ってきても、それだけで最初の説明が嘘になるわけではありません。

また、初診では話せなかった出来事を、関係ができてから話せるようになることもあります。本人が後から記憶を整理できたり、質問の意味を理解し直したりする場合もあります。

精神科医が確認したいのは、単に発言が一致しているかではなく、「どのような条件や意味で、その説明になったのか」です。

妄想や記憶の障害を、嘘と混同してはいけない

さらに重要なのが、本人が事実だと信じている内容です。

例えば、妄想によって「監視されている」と確信している人は、周囲と認識が違っていても、通常の意味で嘘をついているわけではありません。

一部の記憶障害では、記憶の欠けた部分を埋めるような説明が生じる「作話」がみられることもあります。これも、意図的に相手をだます行為とは区別します。

診療では、少なくとも次の問題を分けて評価します。

確認すること内容
説明の正確さ実際の出来事と合っているか
本人の認識本人はその内容を事実だと思っているか
意図事実と違うと知りながら伝えているか
背景記憶、症状、恐怖、恥ずかしさなどが影響していないか

「客観的に正しくない」という一点だけから、その人の誠実さまで判断することはできません。

患者さんが本当のことを話さないのは、珍しいことではない

心理療法を受けた成人547人を対象にしたオンライン調査では、93%が「治療者に嘘をついたことがある」と回答しました。また、72.6%は、治療そのものや治療者との関係について、少なくとも一つの話題で嘘をついたと報告しています。

ただし、これは日本の精神科外来の患者さん全体を代表する調査ではありません。「精神科患者の93%が嘘つき」という読み方は不適切です。

むしろ興味深いのは、治療者への気遣いや、関係を悪くしたくない気持ちも、正直なやり取りを妨げるという点です。

例えば、実際にはあまり改善していなくても、

「少し良くなりました」
「先生のお話は役に立ちました」

と答えてしまうことがあります。

診察室でも、相手をがっかりさせたくない、否定したくないという心理は働きます。

そのため、医師が聞きたい答えを患者さんが察してしまうと、診察は一見スムーズでも、治療に必要な情報が得られていない可能性があります。

治療に関わるのは、症状を大きく見せることだけではない

「患者さんの嘘」というと、病気ではないのに病気のふりをする場面を想像しやすいかもしれません。

しかし、診療では反対方向にも注意が必要です。

つらさを小さく伝える。副作用を我慢していることを言わない。薬を飲めていないのに「飲んでいます」と答える。周囲への影響を心配して、困りごとを伏せる。

こうしたことも、治療方針を左右します。

例えば、処方どおり飲めていない状態で「毎日飲んでいるが効かない」と伝われば、医師は薬の効果が足りないと考えるかもしれません。

本当は眠気がつらくて飲めなかったのであれば、必要なのは増量ではなく、薬の種類や服用方法の調整かもしれません。

ここでは、「飲んでいないことを見抜く」以上に、「飲めなかった理由を話せること」が治療につながります。

「死にたい」と言うと入院させられると思って、隠す人もいる

話しにくさが特に重要になるのが、希死念慮です。

心理療法で自殺についての考えを隠したことのある66人を調べた研究では、入院への恐れが重要な理由として挙げられました。約半数は、入院させられるという懸念が減ったり、自分で状況を把握できたりすれば、もっと正直に話せると回答しています。

この研究は海外の少人数の調査ですが、臨床的には大切な問題を示しています。

患者さんが「話すと自分の意思が尊重されなくなる」と考えているなら、医師が質問を繰り返すだけでは、率直な回答を得にくいかもしれません。

「死にたいと感じることを話しただけで、必ず入院になる」というわけではありません。一方で、差し迫った危険があれば、安全を守るための対応が必要になることもあります。

だからこそ、何を評価し、どういう場合にどの対応を考えるのかを、分かりやすく説明することに意味があります。

本音を話せるかどうかは、患者さんの性格だけで決まる問題ではありません。

精神科医は、何を手がかりに判断しているのか

では、嘘を見抜く特別な能力がないなら、精神科医は何をしているのでしょうか。

基本になるのは、複数の情報を組み合わせて評価することです。

症状が始まった時期、悪化や改善の経過、生活への影響、過去の診療記録、服薬状況、診察中の様子などを確認します。必要な場合には、本人の同意を得た家族などからの情報や、検査結果も参考にします。

その際、一つの場面だけで結論を出さないことが重要です。

例えば、診察中に笑顔が見られることや、休日に外出できたことだけで、うつ状態を否定することはできません。一時的に楽しめることと、安定して仕事を続けられることでは、求められる負担が違うからです。

また、家族の説明と本人の説明が異なっても、家族のほうが必ず正しいとは限りません。家庭の外での様子や、本人にしか分からない苦痛もあります。

精神科の診断は、「誰か一人の説明を無条件に正解にする」ことで成り立っているわけではありません。

詐病や虚偽性障害という問題は、実際にある

もちろん、症状を意図的に偽ったり、誇張したりするケースも存在します。

外的な利益を目的に症状を偽る行動は「詐病」と呼ばれます。一方、明らかな外的利益がなくても、症状の偽装や誘発が認められる「虚偽性障害」という精神疾患もあります。両者は同じものではありません。

ただし、診断書や経済的支援を必要としていること自体は、症状を偽っている証拠にはなりません。

本当に病気で働けなくなった人に、休養や生活保障が必要なのは当然です。

また、実際の病気と、一部の症状の誇張が併存することも考えられます。「本当の病気か、すべて嘘か」という二択では整理できない場合があります。

詐病を疑う場合にも、意図的な偽装を示す情報があるのか、別の説明ができないのかを慎重に確認する必要があります。

心理検査にも「嘘を判定する万能のスイッチ」はない

心理検査の中には、回答の一貫性や、症状を過大・過小に申告している可能性などを評価する尺度があります。

また、専門的な評価では、症状の報告がどの程度信頼できるかを調べる検査や、認知課題の成績が能力を適切に反映しているかを調べる検査が使われることもあります。

しかし、検査で通常とは異なる反応が出たことと、その理由まで確定できることは別です。

症状の報告に問題がある可能性を示せても、「なぜそう回答したのか」「どのような利益を求めていたのか」まで、検査だけで判断できるとは限りません。

この区別は、医療者にとっても重要です。

検査結果は判断材料を増やすものであり、人物の誠実さを丸ごと採点するものではありません。

本当のことを言えなかった場合も、後から訂正できる

診察のとき、緊張して違うことを言ってしまった。恥ずかしくて話を小さくした。薬を飲めていないと言えなかった。

そんな場合は、次の診察で訂正して構いません。

「前回は言いにくくて話せませんでした」
「飲んでいると答えましたが、実際にはあまり飲めていません」
「良くなったと言いましたが、先生をがっかりさせたくなかったんです」

このような説明も、治療に役立つ情報です。

一度にすべてを言葉にできなければ、メモにして渡す方法もあります。話すことで何が起こるか心配なら、その心配から相談してもよいでしょう。

精神科医は、患者さんの心の中を直接読むことはできません。

だからこそ、分からない部分を確認し、説明が変わった理由を考え、話しやすい関係をつくる必要があります。

患者さんが「本当のことを言っても大丈夫だった」と感じられる診察を積み重ねること。それが、治療に必要な情報を知るための大切な土台になります。

参考文献・資料

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    https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5740202/

情報確認日:2026年10月23日

執筆及び医学監修:高橋 和政(ことのはメンタルクリニック院長)