嘘発見器で人間の嘘を見抜くことはできるのか

札幌市西区の精神科・心療内科、ことのはメンタルクリニックです。
「嘘をつくと、心拍数が上がる」
「汗をかくから、機械につなげば嘘がばれる」
映画やテレビで登場する「嘘発見器」には、そんなイメージがあるかもしれません。
しかし、結論からいうと、嘘発見器は、人間の嘘そのものを直接読み取る機械ではありません。一定の条件では判断の手がかりになりますが、反応が出たことだけで「この人は嘘をついている」と断定することはできません。
さらに面白いことに、日本の犯罪捜査で使われるポリグラフ検査は、主に「嘘をついたか」ではなく、「ある情報を知っているか」を調べる検査です。科学警察研究所も、これを記憶検査の一種と説明しています。科学警察研究所
嘘、緊張、記憶。この3つを分けて考えると、嘘発見器の本当の姿が見えてきます。
嘘発見器が測っているのは「嘘」ではなく、身体の反応
一般に嘘発見器と呼ばれる装置は、「ポリグラフ」です。
質問を受けたときの呼吸、皮膚の電気的な変化、心拍や脈波など、複数の生理反応を記録します。皮膚の電気的な変化には、汗腺の活動が関わっています。
ただし、ここで記録されるのは、あくまで身体の反応です。
機械の中に「嘘」という成分を検出するセンサーが入っているわけではありません。重要なのは、どのような質問を、どのような順番で行い、何と何の反応を比較するかです。装置と質問方法、判定方法を合わせて、ひとつの検査になります。jstage.jst.go.jp
同じ体温計を使っても、測る条件や数値の解釈が違えば結論が変わるように、ポリグラフも「機械につなげば答えが出る」というものではないのです。
「嘘をついた緊張」と「疑われた緊張」は区別できるのか?
例えば、身に覚えのないことで疑われ、「あなたが盗んだのですか」と聞かれた場面を想像してみてください。
潔白であっても、不安になるでしょう。
「信じてもらえなかったらどうしよう」
「ここで変な反応が出たら、犯人だと思われるのではないか」
そう考えるほど、身体は反応するかもしれません。
一方、嘘をついている人が、いつも激しく動揺するとも限りません。
この問題は、嘘を直接見抜こうとする検査の根本的な弱点です。嘘をつくことと、嘘を疑われることは違いますが、どちらも生理反応を引き起こし得ます。嘘にだけ特有の身体反応が確立しているわけではありません。frontiersin.org
つまり、「身体が反応した」という観察から、「後ろめたいことがある」という意味を一足飛びに読み取ることはできないのです。
日本のポリグラフは「事件の情報を知っているか」を調べる
そこで重要になるのが、「隠匿情報検査」です。英語では Concealed Information Test、略してCITと呼ばれます。
日本の実務では、この方法が用いられています。J-Stage
例えば、盗まれた財布が赤色だったとします。
その色が報道されておらず、検査を受ける人にも伝えられていない場合、赤、青、黒、白など、複数の色を順番に提示します。
事件を知らない人にとっては、どれが正しい色か分かりません。
一方、財布が赤かったことを知っている人にとって、「赤」は他の選択肢と異なる意味を持ちます。そのときの生理反応の違いを、繰り返し比較するわけです。
これは説明のための単純化した例ですが、発想は「嘘をつくと緊張するはずだ」というものとは異なります。
「その情報が、その人にとって特別な意味を持っているか」を調べているのです。frontiersin.org
意外にも、重要な情報を聞いたときに心拍数が下がることもある
嘘発見器というと、「嘘をついた瞬間に心臓がドキドキして、針が跳ね上がる」という場面を思い浮かべがちです。
しかし、CITで観察される反応は、それほど単純ではありません。
認識している重要な項目に対して、皮膚伝導度反応が大きくなる一方、心拍数が低下したり、呼吸が抑制されたりすることがあります。
ここには、意味のある刺激に注意が向く「定位反応」や、反応を抑えようとする過程などが関係すると考えられています。近年の研究では、すべての指標をひとつの心理過程で説明するのではなく、指標ごとに異なる過程を考える議論も進んでいます。jstage.jst.go.jp
医学的に興味深いのは、「緊張すれば、すべての生理指標が同じ方向に動く」とは限らないことです。
身体の反応は、単純な「興奮メーター」ではありません。
「知っている」と「犯人である」は同じではない
記憶を調べる方法にも、重要な限界があります。
事件の情報を知っているからといって、その人が犯人とは限らないことです。
例えば、報道で知った、目撃した、人から聞いた、あるいは捜査の過程で情報に触れた可能性もあります。
逆に、事件に関わっていても、質問された細部に注意を向けていなかったり、覚えていなかったりすることも考えられます。
CITの実用上の課題として、情報の漏えいと、検査対象となる事実が記憶に残っているかどうかは重要です。認識の検出と、犯罪への関与の判断は分ける必要があります。frontiersin.org
検査で分かる範囲を超えて意味づけしないことは、医学の検査結果を読むときにも通じる姿勢です。
「正確性90%」と言われても、そのまま信用できない理由
嘘発見器の正確性について、「何%当たるのか」という数字を見かけることがあります。
しかし、その数字を読むには、少なくとも次の条件を確認しなければなりません。
| 確認する点 | なぜ重要なのか |
|---|---|
| どの検査方法か | 嘘を直接判断する方法と、記憶を調べる方法では意味が違う |
| どのような対象者か | 実験参加者と、実際に疑われている人では条件が違う |
| 正解をどう確認したか | 本当に嘘だったかを、独立した証拠で確かめる必要がある |
| 判定不能をどう扱ったか | 除外するか、誤判定に含めるかで数値が変わる |
| 何を正しく判定した割合か | 嘘を見つける能力と、正直な人を誤って疑わない能力は別である |
米国のNational Research Councilが2003年に公表した評価では、特定の事件を対象とするポリグラフ検査は、一定の研究条件で偶然を上回る識別能力を示す一方、完全な判定からは遠く、実際の場面への一般化にも問題があるとされました。
同報告は、どの場面にも当てはまる単一の正確性を示せるとはしていません。古典的な評価ですが、「検査の性能は、方法と対象と使い方によって変わる」という点は、数字を読むうえで欠かせません。nationalacademies.org
仮に感度・特異度が90%でも、陽性者の多くが誤判定になることがある
ここで、説明用の仮定で考えてみましょう。以下は、実際のポリグラフの性能を示す数値ではありません。
1,000人のうち、本当に調べたい不正をしている人が10人いるとします。
検査の感度も特異度も90%だった場合、結果は次のようになります。
| 実際の状態 | 人数 | 検査で陽性 | 検査で陰性 |
|---|---|---|---|
| 不正をしている | 10人 | 9人 | 1人 |
| 不正をしていない | 990人 | 99人 | 891人 |
| 合計 | 1,000人 | 108人 | 892人 |
陽性になった108人のうち、本当に不正をしているのは9人です。
陽性者の中で本当に該当する人の割合は、約8.3%にとどまります。
これは「ベースレート」、つまり検査前に対象となる状態がどれくらい存在するかという問題です。
すでに具体的な証拠がある事件で検査を補助的に使う場合と、大勢の中から問題のある人を探す場合では、同じ性能の検査でも結果の意味が変わります。
「90%の検査」と「陽性なら90%の確率で嘘つき」は、同じ意味ではないのです。
脳のMRIを使えば、嘘を直接読めるのか?
身体の反応では曖昧なら、脳を直接調べればよいのではないか。
そうした発想から、機能的MRI、いわゆるfMRIを使った研究も行われています。
実際に、指示された嘘をつく条件と、正直に答える条件とで、前頭前野などの活動に違いを認めた研究があります。
ただし、fMRIが測っているのは、神経活動に関連する血液の酸素化の変化です。「嘘」という思考をそのまま撮影しているわけではありません。
例えば、ある脳領域が嘘をつくときに活動したとしても、その領域の活動を見ただけで嘘だと断定することはできません。同じ領域が、注意や反応の抑制など、別の課題でも働くからです。jaapl.org
これは「逆推論」と呼ばれる問題です。
「嘘をつくと、この領域が活動する」と「この領域が活動したから、嘘をついている」の間には、大きな隔たりがあります。
実験室で高成績でも、現実の嘘を見抜けるとは限らない
研究では、「この数字を覚えて、知らないふりをしてください」といった課題が使われます。
しかし、現実の嘘には、利害、恐怖、人間関係、長年の記憶などが関わります。実験者に頼まれてつく嘘と、自分の人生が左右される場面の嘘が、同じ条件とは限りません。
また、検査に対抗するための行動や認知的な操作によって、成績が変わる可能性もあります。
2011年のfMRI研究では、ある実験条件で100%だった個人単位の検出成績が、対抗方略を用いる条件では33%に低下しました。これは特定の研究の結果であり、fMRI全体の正確性を表す数字ではありませんが、高い実験成績だけで実用性を判断できないことを示しています。PubMed
「脳画像を使っている」というだけで、検査が人間の心を透視できるようになるわけではないのです。
では、人間の直感なら嘘を見抜けるのか?
機械が万能でないなら、経験豊富な人の観察眼はどうでしょうか。
「目をそらす人は怪しい」
「落ち着かないのは嘘をついているから」
「本当のことなら、もっと自然に話せるはず」
こうした判断には、注意が必要です。
2006年に公表されたメタ解析では、特別な補助を使わずに嘘と真実を判断する正答率は、平均で約54%でした。少なくとも、研究で調べられた条件では、人は他人の嘘を安定して見抜けるわけではありません。pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
この知見を精神科診療に引きつけると、患者さんの表情や態度だけで、話の真偽を決めつけないことの大切さが見えてきます。
不安が強ければ視線を合わせにくいことがあります。つらい経験を語るときに、感情が乏しく見えることもあります。話が整理されていないことと、意図的に嘘をついていることも同じではありません。
観察した事実と、そこから自分が推測した意味を分けておく必要があります。
嘘発見器が教えてくれるのは、心を読むことの難しさ
ポリグラフは、条件を整えれば、特定の情報に対する認識を調べる手がかりになります。しかし、誰にでも、どのような質問でも使えて、嘘か真実かを自動的に確定できる装置ではありません。
身体が反応したこと。
ある情報を知っていること。
意図的に相手をだまそうとしていること。
実際に何かを行ったこと。
これらは、それぞれ異なります。
「この反応は何を意味しているのか」を慎重に考える必要があるという点で、嘘発見器の研究は、人間を理解する難しさそのものを映しているのかもしれません。
参考文献・資料
- 科学警察研究所.情報科学第一研究室:ポリグラフ検査.
- 小川時洋,髙橋玲央,常岡充子,渋谷友祐.ポリグラフ検査研究の最近の動向.生理心理学と精神生理学.2022;40(1):51–67.
- National Research Council. The Polygraph and Lie Detection. Washington, DC: The National Academies Press; 2003.
- Ben-Shakhar G. Current research and potential applications of the Concealed Information Test: an overview. Front Psychol. 2012;3:342.
- Ganis G, Rosenfeld JP, Meixner J, Kievit RA, Schendan HE. Lying in the scanner: covert countermeasures disrupt deception detection by functional magnetic resonance imaging. Neuroimage. 2011;55(1):312–319.
- Bond CF Jr, DePaulo BM. Accuracy of deception judgments. Pers Soc Psychol Rev. 2006;10(3):214–234.
- Functional MRI Lie Detection: Too Good to Be True? J Am Acad Psychiatry Law. 2008;36(4):491–498.
情報確認日:2026年10月23日
執筆及び医学監修:高橋 和政(ことのはメンタルクリニック院長)