うつ病は遺伝するのか?「遺伝率37%」の本当の意味

札幌市西区の精神科・心療内科、ことのはメンタルクリニックです。
「親がうつ病だと、自分もうつ病になりやすいのでしょうか」
「自分のうつ病が、子どもに遺伝しないか心配です」
「家族にうつ病の人はいないのに、なぜ自分が発症したのでしょうか」
うつ病と遺伝の関係は、患者さんご本人だけでなく、ご家族にとっても気になるテーマです。
最初に結論をお伝えすると、うつ病のなりやすさには遺伝的な要因が関わっています。ただし、親がうつ病だからといって、子どもも必ず発症するわけではありません。
現在の研究から見えているのは、多数の遺伝的な違いと、生活環境や人生での経験などが関係する、複雑な仕組みです。
今回は、よく耳にする「遺伝率」という数字の意味から、大規模な遺伝子研究、家族としてできる支援まで解説します。
家族にうつ病の人がいると、なりやすくなるのか?
うつ病は、家族の中で発症が集まりやすいことが知られています。
代表的な家族研究のメタ解析では、うつ病のある人の一親等の血縁者、つまり親・きょうだい・子どもでは、対照群の血縁者と比べて、うつ病のオッズが約2.8倍でした。
ただし、これは「発症する確率が必ず2.8倍になる」という意味ではありません。オッズ比という統計上の指標であり、その人の生涯の発症確率に、そのまま置き換えることはできません。
また、家族は遺伝子だけでなく、生活環境や出来事も共有しています。
そのため、「親子でうつ病になった」という事実だけから、原因のすべてが遺伝だと判断することはできません。
反対に、家族にうつ病の人がいなくても、うつ病になることはあります。家族歴は診察で参考になる情報ですが、それだけで発症を予測するものではありません。
「遺伝率37%」は、子どもに37%の確率で遺伝するという意味ではない
うつ病について調べると、「遺伝率は約37%」という数字を見かけることがあります。これは、双生児研究をまとめたメタ解析で報告された推定値です。
ここで誤解されやすいのは、遺伝率の意味です。
遺伝率37%とは、「親がうつ病なら、子どもが37%の確率で発症する」という意味ではありません。また、一人の患者さんのうつ病を「遺伝が37%、環境が63%」と分解できるわけでもありません。
遺伝率は、ある集団の、ある環境のもとで見られる「発症しやすさの個人差」を、遺伝的な違いがどの程度説明するかを推定した数字です。対象となる集団や環境、研究方法によって変わります。
これは、将来がどの程度決まっているかを示す数字ではありません。
「遺伝が関わる」という説明と、「環境への働きかけや治療に意味がある」という説明は、両立します。
「うつ病の遺伝子」が一つあるわけではない
うつ病は、一般に、一つの遺伝子の違いだけで発症が決まる病気ではありません。
多数の遺伝的な違いが、それぞれ少しずつ発症しやすさに関わる「多遺伝子性」の特徴を持っています。
2025年に医学誌『Cell』に発表された大規模研究では、29か国のうつ病のある人688,808人と、対照者4,364,225人のデータを解析し、635か所のゲノム領域で、697の独立した関連が見つかりました。
これは「697個のうつ病遺伝子が見つかった」という意味ではありません。発症との統計的な関連を示す遺伝的な違いが、多数見つかったということです。
医学的に興味深いのは、研究の焦点が、特定の神経伝達物質だけに収まらないことです。
この研究では、神経細胞同士の情報伝達を担うシナプスや、複数の種類の神経細胞との関連が示されました。ただし、統計的な関連から、一人ひとりの患者さんの脳内で起きていることや、原因の全体像まで分かるわけではありません。
昔よく聞いた「ストレスに弱い遺伝子」の話は、どうなったのか?
以前は、「セロトニントランスポーターの遺伝子の型によって、ストレスを受けたときのうつ病のなりやすさが違う」という説明が注目されました。
生物学的に関係しそうな遺伝子を先に選び、病気との関連を調べる方法を「候補遺伝子研究」といいます。
しかし、その後の大規模研究では、初期の報告を十分に再現できないことが分かってきました。
2019年に発表された研究では、従来よく調べられてきた18の候補遺伝子について、解析によって最大約44万人のデータを検討しました。その結果、過去に報告されていた遺伝子との関連や、特定の遺伝子と環境の組み合わせによる影響を支持する明確な証拠は得られませんでした。
これは、「遺伝と環境は無関係だと証明された」という意味ではありません。
ただ、「この型だからストレスに弱い」「この遺伝子を持っているからうつ病になる」といった、少数の遺伝子による分かりやすい説明には慎重であるべきです。
医学では、魅力的な仮説が、大きな研究によって修正されることがあります。うつ病の遺伝研究は、その一例でもあります。
同じ血縁関係があっても、育つ環境で違いが生まれる
遺伝と環境の影響を考えるうえで、養子研究は重要な手がかりになります。
2020年に発表されたスウェーデンの研究では、実の親にうつ病歴がある人について、実家で育ったきょうだいと、養子として別の家庭で育ったきょうだいを比較しました。
その結果、養子として育ったきょうだいでは、うつ病のリスクが低くなっていました。ただし、養親にも、うつ病がある場合などには、この差が見られなくなりました。
この結果を「親から離せばよい」と解釈することはできません。養子縁組先の家庭には選定があり、無作為に環境を割り当てた研究ではないためです。
むしろ、遺伝的なリスクがある人でも、育つ環境や周囲からの支援が意味を持ちうることを示す研究と捉えられます。
また、環境が関係することを、そのまま親の責任に置き換えるのも適切ではありません。親自身の病気、経済状況、周囲の支援の不足など、本人の努力だけでは変えにくい事情もあります。
遺伝子検査を受ければ、将来うつ病になるか分かるのか?
2026年10月時点では、遺伝子検査だけで、個人が将来うつ病になるかどうかを確実に判定することはできません。
研究では、多数の遺伝的な違いを組み合わせた「ポリジェニックスコア」が使われています。
ただし、2025年の大規模研究でも、このスコアが説明できた発症しやすさのばらつきは、欧州系集団で最大5.8%でした。これは「5.8%の確率で発症する」という意味でも、「94.2%の精度で予測できる」という意味でもありません。
さらに、予測性能は祖先集団によって異なり、欧州系のデータを中心に作られた指標を、日本人にそのまま当てはめることには限界があります。
「遺伝的な関連が分かってきたこと」と、「個人の未来を予測できること」の間には、まだ大きな距離があります。
親がうつ病の場合、子どものためにできることはあるのか?
家族にうつ病歴があることを、あらかじめ支援につなげる手がかりとして使うことはできます。
実際に、うつ病歴のある親を持つ思春期の子どもを対象に、発症予防を試みた研究があります。
2009年の無作為化比較試験では、うつ病歴または診断基準に満たない抑うつ症状などがある13~17歳の316人を対象に、認知行動療法に基づく予防プログラムを検討しました。
約9か月間の追跡で、抑うつエピソードが生じた割合は、プログラム群で21.4%、通常ケア群で32.7%でした。
一方、研究開始時に親がうつ病の状態にあった子どもでは、プログラムの明確な予防効果は認められませんでした。
対象を限定した一つの試験なので、すべての子どもに同じ効果があるとはいえません。ただ、この結果からは、子ども本人への支援に加えて、親の治療や家族全体への支援も考える必要があると読み取れます。
診療では、次のようなことを一緒に考えます。
- 親の不調を、子どもが自分のせいだと受け止めていないか
- 子どもが親を支える役割を背負いすぎていないか
- 家族以外にも、安心して相談できる大人がいるか
- 本人や家族の不調に気づいたとき、相談につながれるか
親がいつも元気で、完璧でなければいけないということではありません。つらいときに支援を受けられることも、家族を支える大切な要素です。
家族歴は、将来を決めるものではなく、診療に役立つ情報
うつ病のなりやすさには、遺伝的な要因が関係します。しかし、それだけで、その人の将来や人生の選択が決まるわけではありません。
ご家族にうつ病の人がいる場合は、そのことを診察で伝えていただいて構いません。分かる範囲で、続柄、発症した年齢、症状や治療の経過などが参考になります。
一方で、家族歴がなくても、今あるつらさを軽く考える必要はありません。
「遺伝だから仕方がない」「家族にいないから、うつ病ではないはず」と判断する前に、まずは現在の症状と生活への影響を確認することが大切です。
ご自身やお子さんへの遺伝が心配な場合も、その不安自体を診察でご相談ください。
参考文献
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情報確認日:2026年10月23日
執筆及び医学監修:高橋 和政(ことのはメンタルクリニック院長)