抗うつ薬を飲むと歯ぎしりが増えるのか

札幌市西区の精神科・心療内科、ことのはメンタルクリニックです。
「抗うつ薬を飲み始めてから、朝起きるとあごが疲れている」
「家族に、寝ている間の歯ぎしりを指摘された」
「不安は減ってきたのに、なぜか奥歯を食いしばっている」
このような変化は、薬と関係している可能性があります。
結論からいうと、抗うつ薬の服用後に、歯ぎしりや食いしばりが現れたり、もともとの症状が強くなったりすることは報告されています。特にSSRIやSNRIとの関連が知られています。
ただし、歯ぎしりには不安、睡眠、生活習慣なども関係します。「薬を飲んでいる人に歯ぎしりがある」というだけで、副作用と決めることはできません。発症した時期と薬の変更を照らし合わせ、歯への影響も含めて評価することが大切です。PubMed
音がしない「食いしばり」も、歯ぎしりの仲間
歯ぎしりというと、眠りながら「ギリギリ」と音を立てる様子を想像するかもしれません。
しかし、医学的にいうブラキシズムは、もっと広い概念です。歯をこすり合わせる動きだけでなく、上下の歯を強く接触させる食いしばりや、あごを緊張させる動きも含まれます。
また、睡眠中に起こる「睡眠時ブラキシズム」と、起きている間に起こる「覚醒時ブラキシズム」は区別されます。
| 種類 | 気づくきっかけの例 |
|---|---|
| 睡眠時ブラキシズム | 家族から歯ぎしりを指摘される、朝にあごが疲れている |
| 覚醒時ブラキシズム | 仕事やスマートフォンに集中しているとき、奥歯を接触させていることに気づく |
音がしなくても、あごの筋肉には負担がかかる場合があります。「歯ぎしりはしていません」と答える方にも、食いしばりについて尋ねると心当たりが見つかることがあります。
なお、ブラキシズムは、その存在だけで必ず病気や治療対象になるわけではありません。痛み、歯の損傷、生活への支障などを含めて判断します。pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
どの抗うつ薬で報告されているのか
2023年に発表されたWHOの副作用報告データベースを用いた研究では、複数の抗うつ薬とブラキシズムの報告との間に、統計的な関連が認められました。日本で使用されている薬では、次のような薬が含まれます。
| 分類 | 関連が報告された薬の例 |
|---|---|
| SSRI | セルトラリン、エスシタロプラム、パロキセチン |
| SNRI | ベンラファキシン、デュロキセチン |
| その他の抗うつ薬 | ボルチオキセチン |
ここで注意したいのは、副作用の「報告されやすさ」と、実際の「起こりやすさ」は同じではないことです。
処方される人数や国、報告への関心などによって、データは変わります。この研究だけで「この薬が最も危険」「表にない薬なら起こらない」という順位づけはできません。PubMed
飲み始めてすぐではなく、数週間後に気づくことも
2018年の症例報告をまとめたレビューでは、抗うつ薬の開始後、3〜4週間ほどで症状が現れる例が報告されています。増量をきっかけに気づくこともあります。
例えば、薬を増やしてからしばらくして、朝のあごの痛みや日中の食いしばりが目立ってきた場合は、薬との関係を検討する手がかりになります。
ただし、これは「その時期以外なら副作用ではない」という意味ではありません。長期服用中の症例も報告されています。
診察では、現在の薬の名前だけでなく、いつ始めたのか、いつ増量したのか、あごの症状がいつからあるのかを並べて確認します。PubMed
なぜ、気分を楽にする薬で食いしばるのか
「不安を減らす薬なら、歯ぎしりも減りそうなのに」と感じるかもしれません。
しかし、気分や不安を調整する働きと、あごの運動を調整する働きは、完全に同じではありません。
抗うつ薬に関連するブラキシズムでは、セロトニン系の変化が、運動の調整に関係するドパミン系に影響するという仮説が提案されてきました。ただし、患者さんの脳内でその機序が直接確認されたわけではありません。
さらに、2023年の副作用データベース研究では、薬の作用特性との解析から、ノルアドレナリン系の関与も示唆されています。
現時点では、「セロトニンが増えたから歯ぎしりが起こる」と一つの物質だけで説明するのは単純化しすぎです。複数の神経伝達系と、もともとの体質や睡眠状態が関係している可能性があります。pmc.ncbi.nlm.nih.gov
最新の研究が指摘する「本当に薬のせいか」という問題
このテーマで興味深いのは、臨床では薬の関与を疑う症例がある一方、研究として因果関係を確かめることが難しい点です。
2026年に公表されたレビューでは、抗うつ薬とブラキシズムに関する研究の多くが、本人の申告や臨床所見に基づいていたことが指摘されています。睡眠ポリグラフ検査を用いた研究は、対象となった研究のうち1件でした。
また、不安などの心理的な要因を十分に調整しながら、抗うつ薬の開始前後を前向きに比較した研究はありませんでした。
つまり、薬を始めたあとに食いしばりが見つかっても、もともとの不安や睡眠の変化、症状に気づくようになったことが影響している可能性が残ります。
この指摘は、副作用を否定するものではありません。患者さんの訴えを受け止めながら、原因を一つに決めつけずに調べる必要がある、ということです。pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
歯がすり減っていれば、今も歯ぎしりをしている?
歯のすり減りは重要な所見ですが、それだけで現在のブラキシズムの強さを判断することはできません。
歯の状態には、これまでの長い経過が反映されます。薬を始める前からあった摩耗かもしれませんし、歯ぎしり以外の要因が関係していることもあります。
2024年のレビューも、歯の摩耗だけからブラキシズムの活動性を推定しないよう指摘しています。
「歯がすり減っている」という所見と、「最近、薬を増やしてからあごが痛くなった」という変化は、分けて評価する必要があります。PubMed
マウスピースを作れば解決するのか
歯科で作るマウスピースは、歯や詰め物を過剰な力から守るための選択肢です。
ただし、歯を保護することと、歯ぎしりを起こす筋活動そのものをなくすことは、同じではありません。装着していても、あごの疲れや痛みが残る場合があります。
そのため、歯科での保護と並行して、薬との時間的な関係や、睡眠・生活習慣を確認します。
特に、大きないびき、睡眠中に呼吸が止まるという指摘、日中の強い眠気がある場合は、睡眠時無呼吸などの評価も検討します。歯ぎしりがあるから無呼吸というわけではありませんが、睡眠の問題が併存していないかを見ることには意味があります。PubMed
薬が関係していそうなとき、どう対処するのか
まず、歯ぎしりが気になっても、抗うつ薬を自己判断で急に中止することは避けてください。
診療では、あごの症状の程度と、抗うつ薬によって得られている効果の両方を確認し、減量や変更が可能かを検討します。歯科での対応や生活習慣の調整を組み合わせる場合もあります。
海外では、5-HT1A受容体部分作動薬のブスピロンを追加して改善した症例が報告されています。ただし、効果を支持する根拠は主に症例報告であり、「追加すれば治る」といえる治療ではありません。
2025年の臨床レビューでも、抗うつ薬によるブラキシズムへの対応は、確立した治療指針が乏しい領域とされています。副作用への対策として薬を追加する場合も、眠気などの新たな負担や相互作用を含めて、個別に判断します。pmc.ncbi.nlm.nih.gov
日中の食いしばりが中心であれば、集中しているときのあごの緊張に気づき、力を抜くきっかけを作ることも考えられます。カフェイン、飲酒、喫煙、睡眠習慣なども、見直す対象になります。ただし、生活習慣だけで必ず改善するわけではありません。PubMed
診察では「歯ぎしりかもしれない」と伝えて大丈夫
歯やあごの症状は、精神科で話してよいのか迷うことがあるかもしれません。
しかし、薬の影響を考えるうえで大切な情報です。相談するときは、次のような内容が役立ちます。
| 伝えたいこと | 具体例 |
|---|---|
| 症状が始まった時期 | 「先月、薬を増やしてから気になっています」 |
| 起こる時間帯 | 「朝がつらいです」「仕事中に食いしばります」 |
| 困っている症状 | 「あごが痛い」「歯がしみる」「食べると疲れます」 |
| 周囲からの指摘 | 「家族から、寝ている間の音を指摘されました」 |
| 睡眠や生活の変化 | 「いびきがあります」「コーヒーが増えました」 |
| 歯科での所見 | 「歯のひびを指摘されました」「マウスピースを使っています」 |
抗うつ薬の効果が出ていることと、副作用が出ていることは両立します。
「気分は良くなったから、あごの痛みくらいは我慢しよう」と抱え込む必要はありません。歯の損傷や痛みがある場合は歯科にも相談し、精神科と歯科の両方から対応を考えていきましょう。
参考文献・資料
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情報確認日:2026年10月23日
執筆及び医学監修:高橋 和政(ことのはメンタルクリニック院長)