抗うつ薬と発汗の関係

札幌市西区の精神科・心療内科、ことのはメンタルクリニックです。
「抗うつ薬を飲み始めてから、少し動くだけで汗をかく」
「気分は落ち着いてきたのに、寝汗で目が覚める」
「緊張していないのに顔から汗が出て、かえって人目が気になる」
このような変化は、抗うつ薬の副作用として起こることがあります。
発汗は、吐き気や眠気ほど話題にならないかもしれません。しかし、服の汗染みが気になったり、夜中に着替えが必要になったりすると、生活への影響は決して小さくありません。
抗うつ薬による発汗には、脳の体温調節と、汗腺を動かす自律神経の両方が関わると考えられています。ただし、その仕組みは「セロトニンが増えるから」という説明だけでは捉えきれません。
今回は、抗うつ薬と汗の関係について、研究からわかっていることと、実際の対処法を説明します。
抗うつ薬で汗が増えることは、研究でも確認されている
2017年に発表されたメタ解析では、76件の無作為化比較試験、計28,544人のデータを統合し、第二世代抗うつ薬と多汗の関係を調べています。
プラセボと比較した多汗の相対リスクは、SSRIで2.93倍、SNRIで3.17倍でした。両者の間に、統計学的に有意な差は認められていません。
「ノルアドレナリンにも作用するSNRIだけが汗を増やす」というわけではなく、SSRIでも発汗は起こり得るという結果です。
ただし、約3倍という数字は「服用した人の3人に1人が汗だくになる」という意味ではありません。もともとの発症率に対する比率であり、実際にどの程度の人に起きるかは、薬や対象者、調査方法によって変わります。
なぜ、気分を治療する薬が汗に影響するのか?
抗うつ薬が働きかけるセロトニンやノルアドレナリンは、気分だけに関わる物質ではありません。体温調節や自律神経の働きにも関係しています。
汗の調節には、脳の視床下部を中心とする体温調節の仕組みと、そこから汗腺へ伝わる神経の信号が関わります。抗うつ薬がこの経路に影響することで、発汗が増えると考えられています。
ここには、自律神経の少し面白い特徴があります。
体温調節を担うエクリン汗腺は、交感神経によって動きます。ところが、汗腺に接する交感神経の末端では、主にノルアドレナリンではなく、アセチルコリンが使われます。
そのため、交感神経が関わる汗に対して、アセチルコリンの作用を遮断する「抗コリン薬」が効くことがあります。
一方で、抗うつ薬の発汗機序は完全には解明されていません。脳での調節と汗腺への信号を含め、複数の作用を考える必要があります。
「不安は減ったのに、汗は増えた」は矛盾しない
汗は、不安や緊張によっても増えます。そのため、治療によって不安が軽くなり、以前ほど汗をかかなくなる方もいるでしょう。
一方、薬自体の作用によって発汗が増えることもあります。
つまり、治療中の汗を考える際には、「不安の変化」と「薬による変化」を分けて見る必要があります。発汗には、気温、睡眠、ホルモンの変動なども関係します。
例えば、人前で話す怖さは減ったのに、涼しい室内でも汗が出るようになった場合、汗だけを見て「不安が悪化した」と判断するのは早計です。
診察では、汗の量に加えて、いつから増えたか、緊張していない場面でも出るか、薬の開始や増量と重なっているかを確認することが、原因を考える手がかりになります。
汗が出にくい抗うつ薬はあるのか?
薬によって発汗の起こりやすさに違いはありますが、「汗が出ない薬」と断定できるものはありません。
先ほどのメタ解析では、フルボキサミン、ボルチオキセチン、ブプロピオンについて、多汗の有意な増加が示されませんでした。
ただし、「有意差がなかった」ことは、「発汗を起こさない」「ほかの薬より確実に少ない」と同じ意味ではありません。推定には幅があり、薬同士の直接比較でもありません。
同じ解析では、多汗のリスクとドパミントランスポーターへの親和性との関連も報告されています。発汗がセロトニン作用の強さだけでは説明できない可能性を示す、興味深い結果です。ただし、薬ごとの特徴を比較した関連であり、原因を証明したものではありません。
実際の薬の選択では、汗だけでなく、これまでの効果、眠気、体重、性機能などへの影響も合わせて判断します。
薬の量を減らせば、汗も必ず減る?
副作用が出ると、「薬が多すぎるのでは」と考えるのは自然です。
しかし、2017年のメタ解析では、SSRI・SNRIの用量と多汗のリスクとの間に、有意な関連は認められませんでした。
これは、「減量しても意味がない」という結論ではありません。異なる試験をまとめた集団の解析であり、一人の患者さんの中で、増量や減量に伴って汗が変わる可能性はあります。
診療では、薬を減らした際に見込める利益と、うつ症状や不安症状が再び強くなるリスクを比較します。減量は対処の選択肢ですが、自己判断で急に変更するのではなく、治療経過を踏まえて検討します。
寝汗も抗うつ薬の影響で起こることがある
抗うつ薬による発汗は、日中だけとは限りません。
65〜94歳のプライマリケア患者413人を調べた研究では、SSRIの使用と寝汗との関連が認められました。年齢・性別を調整したオッズ比は3.01でした。
ただし、これは観察研究です。SSRIが寝汗の原因だと断定することはできず、若い人にも同じ数字が当てはまるとは限りません。
「夜に汗をかくから、自律神経の問題だろう」「抗うつ薬を飲んでいるから、その副作用だろう」と、最初から原因を決めつけないことが大切です。
特に、発熱や意図しない体重減少などを伴う場合は、薬以外の原因も含めて診察を受けてください。
飲み続ければ、そのうち慣れるのか?
抗うつ薬の副作用には、時間とともに軽くなるものがあります。しかし、発汗については「待てば必ず治まる」とはいえません。
抗うつ薬による中等度以上の発汗がある23人を対象にした研究では、症状が長期間続いている例が報告されています。顔や頭皮、首、胸などに目立ち、波のように強い汗が出ることもありました。
ただし、この研究は、すでに発汗で困っている少人数を対象としたものです。抗うつ薬を飲む方全体の経過を示しているわけではありません。
軽く、生活に支障がなければ経過をみる選択もあります。一方、睡眠が途切れる、外出を避ける、仕事に集中できないほど困っている場合は、「そのうち慣れるはず」と我慢し続ける必要はありません。
汗がつらいとき、どのように対処するのか?
対処の基本は、原因と生活への影響を確認したうえで、抗うつ薬の調整と汗そのものへの対応を考えることです。
薬による多汗の対処としては、原因薬の減量や変更などが挙げられます。治療上、原因薬の継続が必要な場合には、発汗を抑える薬の追加を検討することもあります。
| 対応 | 考え方 |
|---|---|
| 暑さを避け、衣類や寝具を調整する | 日常の不快感と熱の負担を減らす |
| 発汗の時期や場面を記録する | 薬の開始・増量、緊張、気温との関係を確認する |
| 抗うつ薬の減量を検討する | 現在の効果を維持できるかも含めて判断する |
| 別の抗うつ薬への変更を検討する | 発汗以外の副作用や、これまでの治療反応も比較する |
| 汗を抑える治療を検討する | 発汗の部位・程度、持病、併用薬に応じて個別に判断する |
診察では、「汗が増えました」だけでも十分な相談になります。加えて、「毎晩着替えている」「接客中に顔から汗が落ちる」といった具体的な影響がわかると、対応を考えやすくなります。
汗を抑える薬には、どの程度の根拠があるのか?
抗うつ薬による発汗に対して、追加の薬を使う研究も行われています。
セルトラリンを服用し、過剰な発汗を訴える140人を対象にした二重盲検比較試験では、抗コリン薬のオキシブチニンを追加した群で、プラセボ群より自覚的な発汗が改善しました。
ただし、評価期間は2週間です。長期的な有効性や安全性、ほかの抗うつ薬でも同じ効果が得られるかは、この試験だけでは判断できません。
また、オキシブチニンの内服を抗うつ薬による発汗に使うことは、日本では承認された効能・効果に含まれません。
口渇、便秘、排尿困難などの副作用があり、排尿障害や閉塞隅角緑内障などがある場合には使用できないことがあります。汗を抑える作用によって、高温環境で体温が上昇しやすくなる点にも注意が必要です。
α1遮断薬のテラゾシンでも改善が報告されていますが、少人数の非盲検研究などが中心で、立ちくらみや血圧低下が問題になります。
「汗にはこの薬を足せばよい」というほど、治療が確立しているわけではありません。まずは、抗うつ薬そのものを調整できるかを含めて検討します。
発汗だけで、セロトニン症候群を疑う必要はある?
抗うつ薬と汗について調べると、「セロトニン症候群」という言葉を目にすることがあります。
これは、セロトニンに関わる薬の影響で、精神状態の変化、自律神経症状、神経・筋症状などが現れる状態です。
ただし、汗が増えたという症状だけで、セロトニン症候群と判断するわけではありません。
注意したいのは、発汗に加えて、発熱、強い興奮や混乱、手足の震え、筋肉のぴくつき、下痢、脈の速さなどがまとまって現れる場合です。こうした症状は、国内の添付文書でも注意喚起されています。
薬の開始・増量や別の薬の追加後に、このような変化が急に出た場合は、次回の予約まで待たず、速やかに医療機関へ連絡してください。高熱や意識の異常がある場合には、救急受診が必要です。
「気分はよくなったけれど、汗がつらい」も相談してよい
抗うつ薬による発汗は、治療の効果と同時に起こることがあります。
そのため、「せっかく効いているのだから、このくらいは我慢しないと」と考えてしまう方もいるかもしれません。
しかし、治療では気分や不安の改善とともに、毎日の生活をどのくらい楽に送れるかも大切です。
汗が気になって外出できない、寝汗で眠れない、人と会うのを避けている。こうした困りごとは、薬の調整を考える十分な理由になります。
受診の際には、薬の効果と汗の負担を、両方そのまま伝えてください。
参考文献・資料
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情報確認日:2026年10月23日
執筆及び医学監修:高橋 和政(ことのはメンタルクリニック院長)