精神科の薬を飲みながら妊娠・出産・授乳はできるのか


札幌市西区の精神科・心療内科、ことのはメンタルクリニックです。

「薬を飲んでいる間は、妊娠を諦めたほうがよいのでしょうか」
「妊娠に気づくまで薬を飲んでいました。赤ちゃんは大丈夫でしょうか」
「母乳で育てたいのですが、薬をやめる必要がありますか」

精神科で治療を受けている方にとって、妊娠・出産・授乳と薬の関係は、大きな心配事の一つです。

結論からいうと、精神科の薬を使用しながら妊娠・出産を迎え、薬によっては授乳を続けることもできます。ただし、薬の種類や量、これまでの病状、妊娠の時期、赤ちゃんの状態によって判断は変わります。

大切なのは、薬による影響と、治療を中断して病状が悪化する影響を、併せて考えることです。妊娠・授乳中であるという理由だけで、一律に薬をやめることは勧められていません[1]。www.acog.org

薬をやめれば、赤ちゃんにとって安全になるのか?

薬を減らせば、その薬にさらされる量は減ります。しかし、それだけで妊娠・出産全体の安全性が高まるとは限りません。

うつ病や双極症などが悪化すると、食事、睡眠、受診、日常生活を保つことが難しくなります。治療の判断には、お母さんが安定した状態で妊娠を続けられるかという視点が欠かせません。

2006年にJAMAに掲載された前向き観察研究では、妊娠前に抗うつ薬で安定していた、うつ病の既往がある女性を追跡しています。妊娠中の再発は、服薬を継続した82人中21人、約26%に対して、中止した65人中44人、約68%でした[2]。

ただし、これは専門施設などで集められた患者さんの観察研究です。無作為に継続・中止を割り付けた試験ではなく、軽症の方や初めてうつ状態になった方まで、同じ数字が当てはまるわけではありません。pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

診療では「妊娠中だから中止する」ではなく、「この方は、やめたときにどの程度再発しやすいのか」を考えます。過去の重症度、再発回数、中止後の悪化歴は、その判断材料になります。

妊娠中と授乳中では、薬の考え方が違う

妊娠中は胎盤を介して、授乳中は母乳を介して、薬が赤ちゃんに届く可能性があります。この二つは、移行する量も赤ちゃんの体の状態も異なります。

妊娠初期には、臓器の形が作られる時期の影響が問題になります。一方、出産前後には、出生後の呼吸、哺乳、眠気などへの影響を考える必要があります。

授乳中は、母乳に含まれる薬の量に加えて、赤ちゃんがそれをどれだけ吸収し、代謝・排泄できるかを評価します。早産児や新生児では、健康な月齢の進んだ乳児より慎重な判断が必要です[3]。sps.nhs.uk

したがって、「妊娠中に使えたから授乳中も同じ」「妊娠中に避ける薬だから授乳中も必ず避ける」という単純な分類はできません。

抗うつ薬は、妊娠中にも使われている

抗うつ薬の中では、SSRIなどに比較的多くの妊娠中の使用データがあります。

米国産科婦人科学会のガイドラインでは、周産期のうつ病に対する薬物療法としてSSRIを第一選択に位置づけています。薬物療法歴がない場合には、セルトラリンやエスシタロプラムが選択肢として挙げられています[1]。pnqinma.org

ただし、これから治療を始める方への推奨と、現在の薬で安定している方の薬を変更すべきかという問題は別です。薬を変えても同じように効くとは限らず、切り替えの過程で症状が悪化する可能性もあります。

薬を使うかどうかは、症状の強さ、過去の治療反応、心理療法を受けられる環境、ご本人の希望を踏まえて判断します。

「妊娠中に使われている薬」があることと、「誰でも同じ薬に変更したほうがよい」ことは、区別して考える必要があります。

出産後に赤ちゃんが震える、飲みにくいことがある

妊娠後期にSSRIやSNRIなどを使用していた場合、出生後の赤ちゃんに、震え、刺激への過敏さ、哺乳の難しさ、呼吸の変化などがみられることがあります。「新生児適応症候群」などと呼ばれる状態です。

多くは出生後早期に現れ、通常は生後2週間以内に軽快します。ただし、呼吸や哺乳の問題によっては、観察や治療が必要になります。

これは、先天的な臓器の形の異常とは異なる問題です。また、薬の直接作用と、胎内で薬にさらされていた状態からの変化が、どの程度関係するかは十分には解明されていません。

米国産科婦人科学会は、この症状を避ける目的だけで出産前に抗うつ薬を減量・中止することを推奨していません。赤ちゃんへの利益が明確でない一方、お母さんの再発につながる可能性があるためです[1]。pnqinma.org

出産する施設に、薬の名前・量・服用時期を伝えておくことが大切です。

抗うつ薬を飲むと、子どもの発達障害が増えるのか?

この問題で難しいのは、「薬を飲んだ人」と「飲まなかった人」が、もともと同じ条件ではないことです。

抗うつ薬を使用する背景には、うつ病や不安症があります。親子で共有する遺伝的な要因や生活環境も、子どもの発達と関係する可能性があります。そのため、二つの集団を単純に比較しただけでは、薬の影響を取り出せません。

2022年にJAMA Internal Medicineに掲載された大規模研究では、抗うつ薬への曝露があった約14.6万件と、曝露がなかった約303万件の妊娠を解析しています。同じ母親から生まれたきょうだいを比較した解析では、自閉スペクトラム症やADHDなどの神経発達症のリスク増加は認められませんでした[4]。pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

きょうだい比較でも、妊娠ごとの病状や生活環境の違いを完全には取り除けません。しかし、「服用群で多かった」という関連だけで、「薬が原因で増やした」とは結論づけられないことが分かります。

この研究は、抗うつ薬の服用自体が子どもの神経発達症を増やす、という見方を支持していません。一方、すべての薬・用量・長期的な影響について、安全性が完全に証明されたという意味でもありません。

気分安定薬は、薬ごとの差が特に大きい

双極症などで使用する気分安定薬は、ひとまとめに安全性を判断できません。

バルプロ酸は、胎内での曝露による先天異常や神経発達への影響が問題になり、WHOは妊娠する可能性のある女性への処方を避けるよう勧告しています[5]。www.who.int

すでに服用している場合には、妊娠前から代替治療を相談することが重要です。妊娠が分かった場合も、自己判断で急に中止せず、速やかに処方医へ連絡してください。

リチウムについては、国内でも重要な変更がありました。2026年6月改訂のリーマスの電子添文では、妊婦が禁忌の対象から外れています。

ただし、妊娠中に気軽に使用できるようになったわけではありません。治療上やむを得ない場合を除いて投与しないこと、適切な周産期管理ができる施設との連携、血清リチウム濃度の頻回測定などが求められています。また、授乳は引き続き避ける記載です[6]。www.pmda.go.jp

2017年の大規模観察研究では、心奇形は妊娠初期にリチウムに曝露した群で663人中16人、2.41%、非曝露群では約132万人中15,251人、1.15%でした。交絡因子を調整したリスク比は1.65でした[7]。pmc.ncbi.nlm.nih.gov

これは「危険性がない」という結果ではありません。一方、昔の報告から想像されていたほど極端に高いリスクでもなく、再発予防の利益と併せて検討すべき数字です。なお、この割合を、そのまま個人の赤ちゃんの発症確率として使うことはできません。

同じ量を飲んでいても、妊娠中と産後で効き方が変わる

妊娠すると、薬の代謝や排泄の仕方が変わることがあります。分かりやすい例が、ラモトリギンです。

ラモトリギンは妊娠中に血中濃度が下がり、出産後には再び上がることがあります。そのため、妊娠中の症状に合わせて増量した薬を、産後も同じ量で続けると、濃度が上がりすぎる可能性があります[8]。pmc.ncbi.nlm.nih.gov

授乳中には赤ちゃんの眠気、哺乳、発疹などに注意するとともに、お母さん自身の産後の血中濃度や用量の見直しも重要です[9]。ncbi.nlm.nih.gov

「妊娠中に何を飲むか」だけでなく、「出産後にいつ、どのように量を確認するか」まで決めておくことが、治療計画になります。

抗精神病薬や睡眠薬は使えるのか?

抗精神病薬も、必要に応じて妊娠中に使用します。統合失調症や双極症などで安定を保っている場合、妊娠したからという理由だけで治療を中断することは適切とは限りません。

薬ごとの情報を確認したうえで、体重増加や妊娠糖尿病への注意も必要です。英国NICEのガイドラインでは、妊娠中に抗精神病薬を使用する場合、過度の体重増加や妊娠糖尿病を評価・監視することを勧めています[10]。www.nice.org.uk

睡眠薬や抗不安薬は、成分によって作用時間や情報量が違います。特にベンゾジアゼピン系の薬では、出生後の眠気、筋緊張の低下、呼吸への影響などを考慮するため、必要性や使用量、出産が近い時期の対応を個別に検討します[1]。pnqinma.org

「眠れないまま我慢する」「今ある薬を急にやめる」の二択にする必要はありません。睡眠の整え方、心理的な支援、薬の調整を組み合わせて考えます。

母乳に薬が出ることと、赤ちゃんに害があることは同じではない

多くの薬は、程度の差はあっても母乳へ移行します。大切なのは、検出されるかどうかだけでなく、赤ちゃんが実際にどれだけ取り込むかです。

評価の一つに「相対的乳児投与量(RID)」があります。母親と乳児の体重をそれぞれ考慮して、乳児が母乳から摂取すると推定される量を、母親の服用量に対する割合として示すものです。

一般に10%未満という数字が目安として使われますが、安全・危険を分ける絶対的な境界ではありません。薬自体の毒性、赤ちゃんの代謝能力、併用薬などによって判断は変わります[11]。pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

セルトラリンは、授乳中の使用について比較的多くの情報があり、LactMedでも授乳中に選ばれやすい抗うつ薬の一つとされています[12]。www.ncbi.nlm.nih.gov

ただし、妊娠中から有効だったSSRIを、授乳のためだけに変更する必要があるとは限りません。英国NHSの専門薬剤情報では、正期産で健康な赤ちゃんの場合、妊娠中に有効だったSSRIを授乳期の第一選択薬へ一律に変更する必要はないとしています[3]。sps.nhs.uk

服薬中の授乳では、赤ちゃんが極端に眠り続けないか、飲みが悪くないか、体重が増えているかなどを確認します。

また、母乳への移行量だけでは説明できない問題もあります。アリピプラゾールでは、プロラクチンの低下に関連して、母乳分泌が減ったという報告があります。授乳がうまくいかないときは、赤ちゃんの眠気だけでなく、母乳の量への薬の影響も検討します[13]。www.ncbi.nlm.nih.gov

出産後は、薬と同じくらい睡眠と支援体制が大切

出産まで安定して過ごせても、産後は治療が不要になるとは限りません。特に双極症では、出産後の再発に備えておく必要があります。

2016年のメタ解析では、双極症の女性の産後再発率は、妊娠中に予防薬を使用していなかった群で66%、使用していた群で23%でした。研究間の違いや患者背景の影響はありますが、産後を見据えた再発予防の重要性を示しています[14]。pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

授乳方法を決める際にも、お母さんがまとまった睡眠を確保できるか、ご家族などが夜間の育児を分担できるかを考えます。混合栄養や人工乳を選ぶことも、治療と育児を両立するための選択肢です。

また、出産後に「ほとんど眠らないのに元気すぎる」「急に話がまとまらない」「強い思い込みや幻聴がある」といった変化があれば、産後の精神病状態の可能性があり、早急な診察が必要です。単なる寝不足や育児疲れとして様子を見続けないことが大切です[10]。www.nice.org.uk

妊娠を考えたとき、診察で何を相談すればよいか?

妊娠を希望した段階で、できれば妊娠前からご相談ください。診察では、次のような点を確認します。

  • 現在の薬の名前、量、頓服や市販薬、サプリメント
  • これまでの病状と、減薬・中止によって悪化した経験
  • 妊娠を希望する時期、または現在の妊娠週数
  • 授乳についての希望
  • 出産する施設と、精神科・産科・小児科の連携
  • 産後に睡眠や育児を支えてくれる人やサービス

妊娠に気づくまで服用していた場合も、服用した事実だけで赤ちゃんへの影響を決めつけることはできません。いつ、何を、どのくらい使用したかを整理して相談しましょう。

判断が難しい場合には、国立成育医療研究センターの「妊娠と薬情報センター」や、地域の妊娠と薬の相談外来を利用する方法もあります[15]。www.ncchd.go.jp

精神科の治療を受けていることだけで、妊娠・出産・授乳を諦める必要はありません。ご本人の希望を出発点に、病状、薬ごとの情報、赤ちゃんの状態、産後の生活を一緒に考え、治療計画を立てていきます。

参考文献・資料

  1. American College of Obstetricians and Gynecologists. Treatment and Management of Mental Health Conditions During Pregnancy and Postpartum: ACOG Clinical Practice Guideline No. 5. Obstetrics & Gynecology. 2023;141:1262–1288.
    https://doi.org/10.1097/AOG.0000000000005202
  2. Cohen LS, et al. Relapse of major depression during pregnancy in women who maintain or discontinue antidepressant treatment. JAMA. 2006;295:499–507.
    https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/16449615/
  3. NHS Specialist Pharmacy Service. Using SSRI antidepressants during breastfeeding.
    https://www.sps.nhs.uk/articles/using-ssri-antidepressants-during-breastfeeding/
  4. Suarez EA, et al. Association of Antidepressant Use During Pregnancy With Risk of Neurodevelopmental Disorders in Children. JAMA Internal Medicine. 2022.
    https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36190722/
  5. World Health Organization. Statement on the risks associated with use of valproic acid (sodium valproate) in women and girls of childbearing potential. 2023.
    https://www.who.int/news/item/02-05-2023-use-of-valproic-acid-in-women-and-girls-of-childbearing-potential
  6. 大正製薬株式会社.リーマス錠100/リーマス錠200 電子添文.2026年6月改訂、第6版.医薬品医療機器総合機構掲載.
    https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/iyakuDetail/400059_1179017F1056_1_22
  7. Patorno E, et al. Lithium Use in Pregnancy and the Risk of Cardiac Malformations. New England Journal of Medicine. 2017;376:2245–2254.
    https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28591541/
  8. Clark CT, et al. Lamotrigine Dosing for Pregnant Patients With Bipolar Disorder. American Journal of Psychiatry. 2013.
    https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4154145/
  9. National Library of Medicine. Lamotrigine. Drugs and Lactation Database(LactMed).
    https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK501268/
  10. National Institute for Health and Care Excellence. Antenatal and postnatal mental health: clinical management and service guidance. Clinical guideline CG192.
    https://www.nice.org.uk/guidance/cg192/chapter/Recommendations
  11. The Relative Infant Dose for Maternal Use of Drugs During Breastfeeding: Nuances in Derivation, Interpretation, and Application.
    https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/42671278/
  12. National Library of Medicine. Sertraline. Drugs and Lactation Database(LactMed).
    https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK501191/
  13. National Library of Medicine. Aripiprazole. Drugs and Lactation Database(LactMed).
    https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK501016/
  14. Wesseloo R, et al. Risk of Postpartum Relapse in Bipolar Disorder and Postpartum Psychosis: A Systematic Review and Meta-Analysis. American Journal of Psychiatry. 2016;173:117–127.
    https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26514657/
  15. 国立成育医療研究センター.妊娠と薬情報センター.
    https://www.ncchd.go.jp/kusuri/

情報確認日:2026年10月23日

執筆及び医学監修:高橋 和政(ことのはメンタルクリニック院長)