うつ病は「セロトニン不足」が原因?実はそんなに単純ではない


札幌市西区の精神科・心療内科、ことのはメンタルクリニックです。

うつ病は「セロトニン不足」が原因?実はそんなに単純ではない

「うつ病は、脳の中のセロトニンが足りなくなる病気」
「抗うつ薬は、不足したセロトニンを補う薬」

このような説明を聞いたことがある方は多いと思います。

しかし、現在の研究からは、うつ病を単純な「セロトニン不足」だけで説明することは難しいと考えられています。

一方で、これは「セロトニンは無関係」「抗うつ薬は効かない」という意味でもありません。

今回は、セロトニン仮説をめぐる議論と、神経可塑性や感情の情報処理など、うつ病研究の興味深い知見を紹介します。

セロトニン不足という説明は、どこまで正しいのか?

セロトニンは、神経細胞同士が情報を伝えるために使う神経伝達物質の一つです。気分だけでなく、不安、睡眠、食欲などにも関わっています。

SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)は、神経細胞の間に放出されたセロトニンの再取り込みを抑える薬です。

このような薬がうつ病の治療に使われることから、「うつ病はセロトニン不足で起こり、薬で不足分を補えばよくなる」という説明が広まりました。

ただし、ここには論理の飛躍があります。

ある物質に作用する薬が効くことは、その物質の不足が病気の原因であることの証明にはなりません。頭痛薬が効くからといって、頭痛が「頭痛薬の成分の不足」で起こっているわけではないのと同じです。

SSRIも、セロトニンそのものを補充する薬ではありません。神経伝達に働きかけ、その後に起こるさまざまな変化を通して症状に影響すると考えられています。

2022年の「セロトニン仮説を否定した研究」とは?

2022年、Moncrieffらが発表したアンブレラレビューが大きな話題になりました。アンブレラレビューとは、複数のシステマティックレビューやメタアナリシスなどを、さらにまとめて検討する研究です。

この論文では、セロトニンやその代謝産物の濃度、受容体やトランスポーター、セロトニンの材料となるトリプトファンを減らす実験、遺伝子研究などが検討されました。

著者らは、うつ病がセロトニン濃度や活性の低下によって起こるという説を、一貫して支持する証拠は得られなかったと結論づけています。Molecular Psychiatry

ただし、これは新たな実験で「うつ病の人のセロトニンは正常」と証明した研究ではありません。また、抗うつ薬の有効性を比較する臨床試験を統合した研究でもありません。

つまり、この論文から直接「抗うつ薬は無効」と結論づけることはできません。

「セロトニンは無関係」とまではいえない

このレビューに対しては、研究の選び方や、受容体・トランスポーターに関する結果の解釈などについて批判が発表されました。

セロトニンの働きは、単に「多いか、少ないか」だけでは決まりません。どの脳領域で、どの受容体に、どのようなタイミングで作用するかによっても意味が変わります。

受容体への結合を調べる画像検査も、脳全体のセロトニン量を直接測る検査ではありません。受容体の数や性質、内因性セロトニンとの競合など、複数の要素が測定結果に影響します。PMC

ここで区別したいのは、「すべてのうつ病はセロトニン不足で説明できる」という主張と、「うつ病の一部にセロトニン系の変化が関わる」という主張です。

前者を支持する根拠が乏しいからといって、後者まで否定されるわけではありません。

実際に、セロトニン放出の低下を示唆した研究もある

2023年に掲載されたPET研究では、抗うつ薬を使用していない、うつ病エピソード中の17人と、健康な対照者20人が比較されました。

この研究は、安静時のセロトニンの「量」ではなく、薬物による刺激に対してどの程度セロトニンが放出されるかを、画像の変化から推定した点が特徴です。

結果は、患者群でセロトニン放出能が低下している可能性を示しました。Biological Psychiatry

ただし、少人数の研究であり、参加者の多くは男性でした。測定法の解釈にも議論があり、この結果をすべてのうつ病に一般化することはできません。

また、観察された変化が発症前から存在したのか、うつ状態の結果として生じたのかも区別できません。Biological Psychiatry

「セロトニン不足説は証明された」「完全に否定された」という二択では、こうした研究の意味を捉えにくいのです。

セロトニンを減らせば、誰でもうつ病になるのか?

もし単純なセロトニン不足だけが原因なら、セロトニンを減らすと、健康な人でも一様にうつ状態になるはずです。

この疑問を調べる方法の一つが、急性トリプトファン枯渇法です。セロトニンの材料になるトリプトファンの利用を一時的に減らし、気分への影響を調べます。

研究全体では、健康な人の多くに明確な抑うつ症状が生じるわけではありません。一方、過去にうつ病を経験した人や、セロトニンに作用する抗うつ薬で回復している人では、症状が悪化する場合があります。Molecular Psychiatry

これは、セロトニンが誰にとっても同じように気分を決めるのではなく、もともとの脆弱性や治療によって生じた適応などとの組み合わせが重要である可能性を示します。

なお、これは特殊な条件で行う研究であり、普段の食事を一食抜いたときの状態と同じではありません。

抗うつ薬が効くことと、原因が分かることは別の問題

抗うつ薬の有効性は、病因の仮説とは別に、薬とプラセボを比較する臨床試験で検討されます。

2018年のCiprianiらのネットワークメタアナリシスでは、成人の大うつ病性障害を対象とした522試験、計116,477人のデータが検討されました。

対象となった21種類の抗うつ薬はいずれも、急性期の治療反応率でプラセボを上回りました。PubMed

ただし、これは全員に効くという意味ではありません。効果の大きさや副作用には個人差があり、主に短期間の治療を評価した結果でもあります。

また、この分析では、治療抵抗性うつ病や重い身体疾患を持つ人などが多く含まれる試験は除外されています。研究で得られた平均的な結果を、すべての患者さんにそのまま当てはめることはできません。PubMed

「抗うつ薬に効果があるか」と「うつ病は何が原因で起こるか」は、関連しながらも異なる研究課題なのです。

気分がよくなる前に、脳の反応が変わっている?

抗うつ薬の作用を考えるうえで興味深いのが、感情の情報処理に関する研究です。

一つの研究では、うつ病の患者さんにエスシタロプラムを7日間投与したところ、恐怖の表情に対する扁桃体の過剰な反応が軽減しました。

しかし、この時点の抑うつ症状の評価では、プラセボ群との有意な差は認められませんでした。PubMed

つまり、本人が「気分がよくなった」と感じる前に、感情的な情報に対する脳の反応が変わっている可能性があります。

薬が最初に情報の受け止め方へ働きかけ、その後の日常経験や学習を通して気分の改善につながる、という仮説です。

例えば、人の表情や周囲の出来事を以前ほど脅威として受け取らなくなれば、日常の行動や対人関係にも変化が生じるかもしれません。ただし、これは研究から考えられる説明であり、すべての抗うつ効果を説明できると確定したわけではありません。

「幸せを直接増やす薬」というイメージより、脳が情報を処理する過程に働きかけると考える方が、実際の経過を理解しやすい場合があります。

神経可塑性という、もう一つの視点

神経可塑性とは、経験や環境に応じて、神経細胞同士のつながりや働き方が変化する性質です。

うつ病研究では、セロトニンなどの神経伝達だけでなく、こうした変化を支える仕組みも注目されています。

その一つがBDNF(脳由来神経栄養因子)と、その受容体であるTrkBです。

2021年のCasarottoらの研究では、複数の抗うつ薬がTrkBに直接結合し、BDNFのシグナルを促進するという機序が報告されました。pmc.ncbi.nlm.nih.gov

この研究が興味深いのは、抗うつ薬の作用を、セロトニンの再取り込み阻害とは異なる段階から説明しようとしている点です。

ただし、中心となるのは細胞や動物を用いた基礎研究です。人の臨床効果がどの程度この機序で説明できるかは、なお検証が必要です。

「セロトニン不足説に代わって、BDNF不足説が正解になった」という話ではありません。神経伝達、細胞内のシグナル、神経回路の変化をつなげて理解する研究が進んでいる、ということです。

「ストレスに弱い遺伝子」は、思ったほど単純ではなかった

かつて注目されたのが、セロトニントランスポーター遺伝子の違いによって、ストレスを受けたときのうつ病のなりやすさが変わるという仮説です。

しかし、2019年のBorderらの大規模研究では、従来よく研究されていた候補遺伝子や、その遺伝子と環境の相互作用について、過去の報告を支持する結果は得られませんでした。American Journal of Psychiatry

これは、遺伝がうつ病に関係しないという意味ではありません。少数の遺伝子だけで発症しやすさを説明するモデルに、無理があったということです。

「この遺伝子があるからストレスに弱い」「この検査でうつ病体質が分かる」といった説明は、慎重に受け止める必要があります。

精神医学では、分かりやすく魅力的な説明が、大規模な研究でも再現されるとは限りません。この経緯は、その代表例の一つです。

炎症が原因という説なら、正しいのか?

最近は、免疫や炎症とうつ病の関係も研究されています。

ただし、ここでも「うつ病の原因は炎症だった」と一つに決めることはできません。

治療抵抗性うつ病の60人を対象に、炎症に関わるTNFを阻害するインフリキシマブとプラセボを比較した試験では、参加者全体としての抗うつ効果に差は認められませんでした。

一方で、治療前の炎症指標が高い人では効果が異なる可能性が示唆されました。ただし、小規模な探索的解析を含む結果であり、それだけで通常のうつ病治療に使用できるという根拠にはなりません。PubMed

同じ「うつ病」という診断でも、生物学的な背景が異なる人が含まれている可能性があります。この点を調べることが、治療を個別化するうえで重要になります。

原因が複雑なら、診察では何を見ていくのか?

現在の診療で大切なのは、本人のセロトニンが何パーセント足りないかを推測することではありません。

どの症状で困っているのか、生活にどの程度影響しているのか、睡眠やストレスとの関係はどうか、これまでの治療で何が変わったのかを確認していきます。

例えば、同じ「薬が効かない」という訴えでも、気分も不安も変わらない場合と、不安は減ったものの眠気が強くて動けない場合では、対応が異なります。

また、うつ病の治療ガイドラインでも、薬物療法だけでなく、心理療法や再発予防を含めて、重症度や本人の希望などに応じた選択が勧められています。NICE

原因を一つに決めなくても、改善できる要素を見つけ、治療の利益と負担を確かめながら進めることはできます。

セロトニン不足説への疑問を、自己判断の中断につなげない

「不足を補う薬という説明が正確でないなら、飲む意味がないのでは」と感じる方もいるかもしれません。

しかし、原因の説明が修正されることと、現在の薬がその方に役立っているかどうかは別です。

継続や減量は、症状の改善、副作用、再発の経過、ご本人の希望を踏まえて判断します。

抗うつ薬を急に減らしたり中止したりすると、めまい、不眠、不安、電気が走るような感覚などの中止後症状が生じることもあります。NICE

治療の説明に疑問を持つことは、自然なことです。「この薬は何を目標に使っているのか」「どのくらい続ける予定なのか」と、診察で確認していただいて構いません。

うつ病を「セロトニン不足」の一言で説明する必要はありません。ただ、その説明だけでは足りないことは、症状が気のせいであることや、本人の努力が足りないことを意味しません。

分かっていることと、まだ分かっていないことを区別しながら、ご本人の生活が実際に楽になる治療を考えていくことが大切です。

参考文献・資料

  1. Moncrieff J, et al. The serotonin theory of depression: a systematic umbrella review of the evidence. Molecular Psychiatry. 2023;28:3243–3256.[オンライン公開2022年]論文
  2. Jauhar S, et al. A leaky umbrella has little value: evidence clearly indicates the serotonin system is implicated in depression. Molecular Psychiatry. 2023;28:3149–3152. 論文
  3. Brain Serotonin Release Is Reduced in Patients With Depression: A [11C]Cimbi-36 Positron Emission Tomography Study With a d-Amphetamine Challenge. Biological Psychiatry. 2023. 論文
  4. Cipriani A, et al. Comparative efficacy and acceptability of 21 antidepressant drugs for the acute treatment of adults with major depressive disorder: a systematic review and network meta-analysis. Lancet. 2018;391:1357–1366. 論文
  5. Godlewska BR, et al. Short-term SSRI treatment normalises amygdala hyperactivity in depressed patients. Psychological Medicine. 2012;42:2609–2617. 論文
  6. Casarotto PC, et al. Antidepressant drugs act by directly binding to TRKB neurotrophin receptors. Cell. 2021;184:1299–1313.e19. 論文
  7. Border R, et al. No Support for Historical Candidate Gene or Candidate Gene-by-Interaction Hypotheses for Major Depression Across Multiple Large Samples. American Journal of Psychiatry. 2019;176:376–387. 論文
  8. Raison CL, et al. A randomized controlled trial of the tumor necrosis factor antagonist infliximab for treatment-resistant depression: the role of baseline inflammatory biomarkers. JAMA Psychiatry. 2013;70:31–41. 論文
  9. NICE. Depression in adults: treatment and management. NG222. ガイドライン

情報確認日:2026年10月23日

執筆及び医学監修:高橋 和政(ことのはメンタルクリニック院長)