泣くことがストレス解消になるというのは本当か

札幌市西区の精神科・心療内科、ことのはメンタルクリニックです。
「思い切り泣いたら、少し気持ちが軽くなった」
「泣くとストレス物質が涙と一緒に出ていくと聞いた」
「泣いてもつらいままなのですが、泣き方が悪いのでしょうか」
涙と心の健康については、さまざまな説明が広まっています。
最初に結論を述べると、泣いた後に気持ちが楽になることはあります。ただし、泣けば必ずストレスが解消するわけではなく、「涙でストレスホルモンを排出するから」という説明も、十分に裏づけられていません。
研究を見ていくと、泣くことの意味は、涙の量だけでは決まりません。泣いた後にどのくらい時間がたったのか、誰と一緒にいたのか、何がきっかけだったのかによっても変わります。
今回は、「泣くとすっきりする」という身近な体験を、感情、自律神経、対人関係の研究から考えます。
泣いてすっきりする人は、実際にどのくらいいるのか?
2011年に報告された研究では、97人の女性が記録した、合計1,004回の泣いたエピソードが分析されました。
その結果、泣いた後に気分が改善したと報告されたのは、全体の約3分の1でした。泣くことによる変化には、その人の気分の特徴や、周囲の状況が関係していました。
この数字は、「3分の2の人には泣くことが無意味」という意味ではありません。人数ではなく、泣いた出来事ごとの集計だからです。同じ人でも、ある日は楽になり、別の日にはつらさが残ることがあります。
また、女性のみを対象とした観察研究であり、この割合を誰にでも当てはめることはできません。
それでも、「泣けば誰でもすっきりする」という説明とは、かなり違う結果です。
泣いた後に楽にならなかったとしても、それ自体が異常というわけではありません。
泣いた直後は、むしろ気分が悪くなることもある
「泣くと楽になる」という日常の実感と、実験室で得られる結果は、必ずしも一致してきませんでした。
過去を振り返る調査では「泣いてよかった」という回答が得られる一方、悲しい映像を見せる実験では、泣いた直後に気分が悪化することがありました。
この食い違いに注目したのが、2015年の研究です。
研究者は、感情を動かす映画を見て泣いた28人と、泣かなかった32人について、映画の前、直後、20分後、90分後の気分を比較しました。
泣いた人では、直後に不快な気分が強まり、その後に回復し、90分後には映画を見る前よりも不快な気分が少なくなっていました。
ここから分かるのは、「いつ測るかによって、泣くことの評価が変わる」ということです。
ただし、この研究から「泣けば90分後に必ずすっきりする」とは言えません。参加者を、泣く群と泣かない群に無作為に割り付けた研究ではないからです。
映画への感情移入の程度や、もともとの感情の動きやすさなどが、両群で違っていた可能性があります。
涙が回復を起こしたのか、感情が強く動いた人に涙と回復の両方が起きたのか。この区別は、研究上の重要な課題です。
「涙と一緒にストレスホルモンが出ていく」は本当か?
よく見かけるのが、「感情の涙にはストレスホルモンが含まれているので、泣くことでストレスを体の外へ出せる」という説明です。
しかし、ある物質が涙に含まれることと、涙として排出されることで体内の量が十分に減り、気分が改善することは、別の話です。
この説明を支持するには、涙から排出される量や、血中濃度の変化、その変化と気分との関係まで確かめる必要があります。涙を通じたストレス物質の排出が、泣いた後の安堵を説明するという説には、十分な裏づけがありません。
実際に、女性の大学生197人を対象とした実験では、悲しい映像を見て泣いた人、泣かなかった人、中立的な映像を見た人の間で、唾液中のコルチゾールの変化に明確な差は認められませんでした。
冷たい水に手を入れる負荷課題に、どのくらい耐えられるかという点でも、群間差は示されませんでした。
もちろん、一つの研究で涙の働きがすべて分かるわけではありません。
それでも、「泣くとストレスホルモンが下がることは証明済み」と説明するのは、現時点では適切ではありません。
自律神経には、どのような変化が起きるのか?
泣くことは、涙腺から水分が出るだけの現象ではありません。
表情、発声、呼吸、心拍などが組み合わさった、全身の反応です。
先ほどの197人を対象とした研究では、泣いた人の呼吸数は映像を見ている間に比較的安定しており、心拍数は泣き始める直前に低下し、最初の泣いている時期に基準の水準へ戻るという変化が観察されました。
こうした結果は、泣く過程に身体の調整が関わる可能性を示しています。
ただし、「泣いた瞬間に副交感神経へ切り替わり、ストレスが消える」という単純なスイッチではありません。激しく泣いて苦しい状態と、泣き終えて呼吸が落ち着いた状態も、分けて考える必要があります。
また、主観的な安堵、心拍、呼吸、コルチゾールは、それぞれ違うものを測っています。
気持ちが少し軽くなっても、すべての生理指標が同時に変化するとは限りません。「ストレスが減った」という言葉の中にも、いくつかの異なる現象が含まれています。
涙には、周囲からの支えを引き出す働きがある
涙の研究で興味深いのが、「泣いた本人の体内で何が起こるか」だけでなく、「涙を見た人がどう反応するか」という視点です。
2021年に報告された、41か国・7,007人を対象とする研究では、顔写真に涙を加えた場合と、加えない場合で、見る側の反応が比較されました。
涙のある顔を見ると、その人を支えたいという意図が強まる傾向が認められました。効果量はd=0.49で、国による違いもありました。
ただし、これは主に写真を見たときの「支えたい気持ち」を測った研究であり、実際に援助が行われたことや、泣いた本人が回復したことまで証明したわけではありません。
それでも、涙には、自分の苦しさを言葉以外の方法で伝える働きがあると考えられます。
この視点に立つと、「誰かに話を聞いてもらいながら泣いて、楽になった」という体験も理解しやすくなります。
涙そのものに加えて、「つらさを分かってもらえた」「一人で抱えなくてよくなった」という経験が、安堵に関わっている可能性があります。
反対に、泣いたことで責められたり、恥ずかしい思いをしたりすれば、楽になるとは限りません。涙の後の気分を考えるときには、周囲の反応も無視できません。
「泣けば幸せホルモンが出る」と言い切れるのか?
泣くことについては、オキシトシンや内因性オピオイドなどの関与も仮説として論じられています。
ただし、「泣くとこれらが増えるから、必ず気持ちよくなる」「泣けば痛みも軽くなる」とまで言えるわけではありません。
2022年の研究では、57人と70人を対象とする二つの実験で、悲しい映画の前後に電気刺激や冷水による痛みへの反応を調べました。
泣いた人で、痛みの感じ方や耐えられる程度が一貫して改善するという結果は得られませんでした。気分の変化についても、泣いた人が一貫して有利になる結果ではありませんでした。
この結果だけで、泣くことに関連する神経化学的な変化を否定することはできません。
しかし、もっともらしい仕組みが考えられることと、人で実際に利益が確認されていることは区別する必要があります。
泣けない人は、ストレスをため込んでいるのか?
涙が出やすいかどうかには、個人差があります。
そのため、「泣ける人は感情を処理できている」「泣けない人は心が不健康」と分けることはできません。
一方で、うつ状態が重いときなどに、「悲しいはずなのに涙が出ない」「感情そのものが動かない」と感じる場合もあります。泣く行動に関する臨床レビューでも、精神症状と涙の関係は単純ではなく、個人差や状況を踏まえて評価する必要性が指摘されています。
診察で確認したいのは、涙の量だけではありません。
以前より眠れなくなったのか。楽しさを感じられなくなったのか。食事や仕事に影響があるのか。本人にとって、普段と何が変わったのか。
泣くことが増えた場合も、泣けなくなった場合も、生活全体の変化と合わせて考えます。
診察室で涙が出なくても、つらさが軽いという意味にはなりません。泣かずに落ち着いて話せることと、日常生活を無理なく送れることも、別です。
ストレス解消のために、無理に泣いた方がよいのか?
感動する映画や音楽で涙を流し、その後に心地よさを感じるなら、自分に合った過ごし方の一つにしてよいでしょう。
ただし、ここまでの研究は、「意識して泣く習慣をつければ、うつ病や不安障害が改善する」ことを示したものではありません。
映画を楽しむこと、日常から少し離れること、誰かと感想を話すことなども重なるため、その効果を涙だけに帰することも難しくなります。
泣こうとして悲しい記憶を繰り返し思い出し、かえってつらさが強くなるなら、続ける必要はありません。
自然に涙が出るときは、安心できる場所で、自分のペースで過ごしてください。人前で泣きたくないなら、無理に見せる必要もありません。
身近な人が泣いているときには、急いで泣きやませたり、理由を問い詰めたりするより、「今は話を聞いてほしいのか、少し一人で休みたいのか」を確かめる関わりが考えられます。
大切なのは、泣くことを成功させることではなく、その人が少し安心できることです。
涙が続くとき、受診では何を相談すればよいのか?
泣くこと自体は、病気とは限りません。悲しい出来事や別れの後に涙が出るのは、自然な反応でもあります。
ただ、涙が頻繁に出て仕事ができない、眠れない、食べられない、楽しさを感じない、自分を責め続けてしまうなど、生活への影響がある場合は相談してください。
受診時には、「涙もろいです」という一言に加えて、いつから変わったのか、どんな場面で涙が出るのか、泣いた後に楽になるのか、睡眠や食欲はどうかを伝えると、状況を整理しやすくなります。
「泣けば治るはず」と考えて、つらさを抱え続ける必要はありません。
泣いた後の安堵を感じられる人もいれば、涙だけでは楽にならない人もいます。涙の出方を評価することより、その背景にある苦しさや、今必要な支えを確かめることが、診療では大切になります。
参考文献・資料
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情報確認日:2026年10月23日
執筆及び医学監修:高橋 和政(ことのはメンタルクリニック院長)