食事療法でうつ病は治るのか

札幌市西区の精神科・心療内科、ことのはメンタルクリニックです。
「食生活を変えれば、うつ病は治るのでしょうか」
「たんぱく質や鉄が不足しているから、気分が落ち込むのでしょうか」
「薬よりも、まず栄養を整えたほうがよいのでしょうか」
食事とメンタルの関係については、さまざまな情報が発信されています。
最初に結論を述べると、食事改善がうつ病の症状を軽くする可能性はあり、実際に有望な臨床試験も報告されています。ただし、食事療法だけでうつ病が治ると断言できる段階ではありません。
現時点では、必要な薬物療法や精神療法などと組み合わせ、回復を支える方法として考えるのが妥当です。
また、食事が整っていないからうつ病になった、治らないのは食事への努力が足りない、と考える必要もありません。うつ病そのものが、買い物、調理、食事をする力を奪ってしまうことがあるからです。
今回は、食事改善の臨床試験から、栄養素やサプリメントの限界、最近注目されるケトン食までを考えます。
「食事とうつ病に関係がある」と「食事で治せる」は違う
食事とうつ病を調べた研究には、大きく分けて二つの種類があります。
一つは、普段の食生活とうつ症状の関係を調べる観察研究です。もう一つは、実際に食事へ介入して症状が変わるかを調べる介入研究です。
例えば、野菜や魚をよく食べる人にうつ症状が少なかったとしても、それだけで「野菜や魚がうつ病を防いだ」とは言い切れません。
その人たちは、運動や睡眠の習慣、経済状況、周囲からの支援なども異なる可能性があります。また、うつ病のために食欲や意欲が低下し、食生活が偏ったという逆方向の関係も考えられます。
こうした問題を減らすために重要なのが、参加者を無作為に割り付ける比較試験です。食事療法についても、このような研究が行われるようになっています。Springer Nature Link
食事改善でうつ病が軽くなった「SMILES試験」
この分野でよく知られているのが、2017年に発表されたSMILES試験です。
食事の質が低く、うつ病を認める成人67人を、栄養専門職による食事改善支援を受ける群と、同じ頻度で会話などの社会的支援を受ける群に割り付け、12週間比較しました。
食事改善支援群では抑うつ症状がより大きく改善し、12週時点の評価が得られた人で寛解基準を満たした割合は32.3%、対照群では8.0%でした。
ただし、多くの参加者は薬物療法や精神療法も受けていました。「食事だけで治した研究」ではありません。また、寛解はその時点で症状が十分に軽くなったことを意味し、その後の再発がなくなるという意味ではありません。
小規模な研究であり、この割合をそのまま一般の患者さんの治癒率として使うことはできません。それでも、食事への支援が治療の補助になり得ることを示した、重要な試験です。Springer Nature Link
注目されている「地中海食」とは何か
うつ病の食事介入研究でよく使われるのが、地中海食を参考にした食事です。
大まかには、野菜、果物、豆類、全粒穀物、ナッツなどを取り入れ、魚やオリーブオイルなども活用する食事パターンです。
重要なのは、「オリーブオイルを飲めばよい」「ナッツを食べれば治る」という話ではないことです。研究で評価しているのは、特定の食品一つではなく、食事全体の組み合わせです。
2022年のAMMEND試験でも、18~25歳のうつ病の男性を対象とした12週間の介入で、地中海食への支援群は、会話による支援を受けた対照群より抑うつ症状が大きく改善しました。ただし、若年男性を中心とした結果であり、すべての年代や病状に同じ効果があるかは、さらに検証が必要です。PubMed
日本で実践するなら、料理をすべて地中海風に変える必要はありません。
豆類を納豆や豆腐で取り入れる。魚の缶詰を使う。食べられる範囲で野菜や果物を足す。こうした身近な工夫は、食事全体を整える方法になります。
ただし、このような日本の食品への置き換え一つひとつについて、うつ病への治療効果が確認されているわけではありません。研究の考え方を、普段の生活へ取り入れる提案です。
良い結果が出た研究ばかりではない
食事や栄養への介入が、いつも有効だったわけではありません。
2019年のMooDFOOD試験では、過体重または肥満があり、軽い抑うつ症状を認めるものの、直近の大うつ病エピソードがない成人1,025人を対象に、複数の栄養素を含むサプリメントや、食行動に関する支援を検討しました。
しかし、1年間の大うつ病の発症を有意に減らす効果は認められませんでした。JAMA Network
代表的な研究を整理すると、次のようになります。
| 研究 | 対象・介入 | 主な結果 | 読み取る際の注意 |
|---|---|---|---|
| SMILES試験・2017年 | 食事の質が低いうつ病の成人67人。12週間の食事改善支援 | 対照群より抑うつ症状が改善 | 小規模で、多くは既存治療との併用 |
| AMMEND試験・2022年 | 18~25歳のうつ病の男性。72人が12週間を完了 | 地中海食支援群で症状がより改善 | 対象が限られ、食事介入の盲検化にも限界 |
| MooDFOOD試験・2019年 | 過体重・肥満と軽い抑うつ症状のある成人1,025人。1年間の予防介入 | サプリメント、食行動支援とも発症予防効果は有意でなかった | すでに成立したうつ病の治療試験ではない |
| ケトン食試験・2026年 | 治療抵抗性うつ病の成人88人。6週間の食事介入 | 主要評価でケトン食が対照食を上回ったが、差は小さい | 12週では有意差がなく、長期効果は未確立 |
これらは対象も目的も異なるため、単純な勝敗表にはできません。
特に、「うつ病の発症を予防できるか」と「すでにあるうつ病を改善できるか」は、分けて考える必要があります。Springer Nature Link
食事療法の研究では「何を食べたか」以外も変わる
食事介入研究を読む際には、支援の内容にも注目したいところです。
専門家と定期的に話す。実行できる目標を決める。食品や献立について具体的な助言を受ける。
こうした支援を受けると、食材だけでなく、生活の組み立て方や「少しできた」という経験も変わり得ます。
また、参加者は自分が何を食べているか分かるため、薬と同じような厳密な盲検化は容易ではありません。期待の影響を完全に除くことも難しくなります。
SMILES試験では、対照群にも同程度の面談機会を設けていました。それでも、食事の内容、行動の変化、期待などを完全に切り分けることはできません。Springer Nature Link
臨床的には、支援を含めて患者さんがよくなることには意味があります。一方、研究結果を「この栄養素が脳に効いた」と説明するには、別の検証が必要です。
たんぱく質を増やせば、セロトニンが増えて治るのか
セロトニンの材料になるのは、必須アミノ酸のトリプトファンです。
そのため、「トリプトファンを多く含む食品を食べれば、脳のセロトニンが増えてうつ病が治る」という説明を見かけます。
しかし、材料を食べることと、脳内で利用される量が増えることは同じではありません。
トリプトファンが脳へ入る際には、ほかのアミノ酸との輸送上の競合があります。たんぱく質を食べれば、トリプトファン以外のアミノ酸も増えるため、「摂取量に比例して脳のセロトニンが増える」とは説明できません。NCBI Bookshelf
もちろん、たんぱく質を確保することは大切です。ただし、それは特定の神経伝達物質を狙って増やすというより、身体に必要な栄養を不足させないためと考えるほうが適切です。
卵、魚、肉、豆腐、納豆、乳製品など、食べやすいものを取り入れれば十分です。うつ病の治療として、誰もが高たんぱく食やプロテインの大量摂取を必要とするわけではありません。
「不足を補う」と「十分ある人が追加する」は違う
栄養の話では、この区別が重要です。
例えば、ビタミンB12欠乏では、疲労感や神経症状に加えて、抑うつなどの精神症状がみられることがあります。明らかな欠乏がある場合、その評価と治療には意味があります。Health Professional Fact Sheet
しかし、そのことから「B12が不足していないうつ病患者にも、大量に投与すればよい」とは言えません。
ビタミンDについても、血中濃度の低さとうつ症状の関連が注目されていますが、関連だけでは治療効果は判断できません。実際、18,353人が参加したVITAL-DEP試験では、長期のビタミンD補充によるうつ病・臨床的に重要な抑うつ症状の予防効果は認められませんでした。これは主に中高年の予防研究であり、欠乏者への治療効果まで否定する結果ではありません。PubMed
診療では、食事内容、体重変化、身体症状、既往歴などを踏まえて、必要に応じて検査します。
「メンタルが不調なら、全員に同じ栄養検査と同じサプリメント」という方法よりも、その人に不足や吸収障害が疑われる理由があるかを考えることが大切です。
魚を食べることと、魚油サプリを飲むことは同じか
魚を取り入れる食事と、魚油サプリメントの効果も、同じには扱えません。
魚を食べると、脂肪酸だけでなく、たんぱく質なども摂取します。また、魚を選んだことで、ほかの食品を食べる量が変わることもあります。
一方、サプリメントの試験は、特定の成分と用量を追加する効果を調べています。
VITAL-DEPのオメガ3脂肪酸の試験でも、うつ病の予防を目的とした一律の補充を支持する結果は得られませんでした。ただし、これをそのまま、診断済みのうつ病患者に特定の製剤を追加する治療の結論として使うことはできません。PubMed
「食品として取り入れる意義」「欠乏を補う意義」「治療として一定量を追加する意義」は、それぞれ別の問いです。
最近注目されるケトン食はどうか
ケトン食は、糖質を大きく減らし、脂質を多くすることで、ケトン体をエネルギー源として利用する状態を目指す食事です。
2026年には、治療抵抗性うつ病の成人88人を対象とした無作為化比較試験が報告されました。
6週間後のPHQ-9の改善はケトン食群で大きかったものの、対照群との差は約2.2点でした。95%信頼区間は−4.33~−0.03点で、推定には幅があります。12週時点では有意差がなく、ほかの副次評価項目でも明確な群間差は確認されませんでした。
研究では、食事の提供や定期的な支援も行われていました。日常生活で自己流の糖質制限をすることと、同じ条件ではありません。
興味深い研究ですが、現時点では長期の有効性や継続可能性、安全性をさらに検証する必要があります。通常のうつ病治療の代わりとして、自己判断で厳格な食事制限を始める根拠にはなりません。JAMA Network
なぜ食事が気分に影響するのか
考えられている経路は、一つではありません。
必要な栄養素の供給、代謝や炎症への影響、腸内細菌とその代謝物、生活行動の変化などが候補になります。
ただし、もっともらしい仕組みがあることと、その仕組みによって患者さんの症状が改善したことは別です。
例えば、食事介入で症状が改善しても、それだけで「腸内細菌が整ったから」「脳の炎症が減ったから」とは判断できません。SMILES試験でも、測定した血液バイオマーカーの変化と症状改善の間に、有意な相関は認められませんでした。Springer Nature Link
食事とうつ病の研究は、うつ病を全身の状態との関係で捉える手がかりになります。一方、現時点では、患者さんごとの改善を一つの栄養素や仕組みで説明できる段階ではありません。
では、普段の食事では何から始めればよいのか
ここからは、特定の食品を「うつ病の治療薬」として勧める話ではなく、回復を支えるための実践的な提案です。
まずは、現在の食事に一つ足すところから考えます。
パンだけで済ませているなら、ヨーグルトや卵を添える。麺類だけなら、豆腐や魚の缶詰を足す。野菜の準備が負担なら、冷凍野菜や調理済みの惣菜を使う。
毎食を理想的な献立にする必要はありません。食べられる量、費用、調理の負担も含めて続けられる形にすることが大切です。
食欲が低下している時期には、食品の「良し悪し」を細かく選ぶより、まず水分と食事量を確保することが優先されます。
買い物や調理ができないなら、宅配、配食、家族の手助けなども選択肢です。食事を整えることには、料理を頑張ることだけでなく、食べられる環境を用意してもらうことも含まれます。
食べられないこと自体が、治療を見直すサインになる
うつ病では、食欲や体重が変化し、日常生活の基本的な行動が難しくなることがあります。食事への助言だけでは対応できない場合もあります。National Institute of Mental Health (NIMH)
食事や水分がほとんど取れない、体重が短期間で大きく減る、脱水や強いふらつきがある場合は、早めに医療機関へ相談してください。
また、食事改善を試しても症状がよくならないからといって、努力不足ではありません。うつ病の重症度や経過によっては、薬物療法、精神療法、生活上の支援などを見直す必要があります。
食事は、治療の中で活用できる大切な要素です。ただし、食事にすべての責任を負わせる必要はありません。
「何を食べれば治るか」だけでなく、「今の状態でも無理なく食べ続けるには、何を助けてもらえばよいか」。
うつ病の食事療法では、その視点も大切にしたいと考えています。
参考文献・資料
- Jacka FN, et al. A randomised controlled trial of dietary improvement for adults with major depression(the ‘SMILES’ trial). BMC Medicine. 2017;15:23.
論文 - Bayes J, et al. The effect of a Mediterranean diet on the symptoms of depression in young males(the “AMMEND” study): a randomized controlled trial. American Journal of Clinical Nutrition. 2022;116:572–580.
論文 - Bot M, et al. Effect of Multinutrient Supplementation and Food-Related Behavioral Activation Therapy on Prevention of Major Depressive Disorder Among Overweight or Obese Adults With Subsyndromal Depressive Symptoms: The MooDFOOD Randomized Clinical Trial. JAMA. 2019;321:858–868.
論文 - Gao M, et al. A Ketogenic Diet for Treatment-Resistant Depression: A Randomized Clinical Trial. JAMA Psychiatry. 2026;83:331–340.
論文 - Okereke OI, et al. Effect of Long-term Vitamin D3 Supplementation vs Placebo on Risk of Depression or Clinically Relevant Depressive Symptoms and on Change in Mood Scores: A Randomized Clinical Trial. JAMA. 2020;324:471–480.
論文 - Okereke OI, et al. Effect of Long-term Supplementation With Marine Omega-3 Fatty Acids vs Placebo on Risk of Depression or Clinically Relevant Depressive Symptoms and on Change in Mood Scores: A Randomized Clinical Trial. JAMA. 2021;326:2385–2394.
論文 - NIH Office of Dietary Supplements. Vitamin B12: Health Professional Fact Sheet.
資料 - National Institute of Mental Health. Depression.
資料 - National Academies. Food Components to Enhance Performance: Effects of Nutrients on Neurotransmitter Release. 1994.
資料
情報確認日:2026年10月18日
執筆及び医学監修:高橋 和政(ことのはメンタルクリニック院長)