うつ病はセロトニン不足が原因なのか

札幌市西区の精神科・心療内科、ことのはメンタルクリニックです。
「うつ病は、脳のセロトニンが不足する病気です」
「抗うつ薬は、足りなくなったセロトニンを増やして治します」
このような説明を聞いたことがある方は多いと思います。
わかりやすい説明です。しかし、現在の研究を踏まえると、そのまま言い切ることはできません。
最初に結論を述べると、うつ病を「セロトニン不足だけで起こる病気」と説明できる根拠はありません。一方で、「セロトニンはうつ病に無関係」「だから抗うつ薬には効果がない」という結論も適切ではありません。
病気の原因と、薬が作用する場所と、治療によって回復する仕組み。これらは関係していますが、同じものではありません。
今回は、よく知られた「セロトニン不足説」を入口に、うつ病の研究が実際にはどこまで進んでいるのかを考えます。
なぜ「うつ病=セロトニン不足」といわれるようになったのか?
セロトニンは、神経細胞同士の情報伝達に関わる物質です。
うつ病との関係が注目された背景には、セロトニンなどのモノアミンの働きを強める薬に、抗うつ作用が認められたことがあります。その後、セロトニンの再取り込みを阻害するSSRIが普及し、「セロトニンを増やす薬が効くのだから、うつ病ではセロトニンが不足しているのだろう」という説明が広まりました。
ただし、ここには論理の飛躍があります。
頭痛薬で頭痛が改善しても、その頭痛が「頭痛薬の成分の不足」で起こったとは限りません。同じように、セロトニン系に作用する薬が有効でも、発症前からセロトニンが不足していたことの証明にはなりません。
実は、1967年にセロトニン仮説を論じた精神科医Alec Coppenも、薬の作用が、そのまま病気の原因を示すとは限らないという趣旨の注意を述べていました。
この区別は、最近になって初めて気づかれたものではありません。PMC
「セロトニン不足説は否定された」というニュースは何だったのか?
2022年、Moncrieffらによるアンブレラレビューが大きな話題になりました。
アンブレラレビューとは、複数の系統的レビューやメタ解析などを、さらにまとめて検討する研究です。
この論文は、セロトニンやその代謝物、受容体、セロトニントランスポーター、関連する遺伝子、セロトニン合成を低下させる実験などを検討し、うつ病がセロトニンの濃度や活動の低下によって起こるという説を、説得力をもって支持する証拠はないと結論づけました。PubMed
これは、「うつ病の人は全員、脳の中のセロトニンが足りない」という説明を見直すうえで重要な指摘です。
ただし、この研究は、抗うつ薬とプラセボの治療成績を比較して、薬の有効性を判定した研究ではありません。
さらに、研究の選び方や結果の解釈については、他の研究者から反論も出ています。セロトニン系の変化を示す研究をどのように評価するかについて、議論が続いています。PMC
「単純な不足説を支持できない」という指摘を、「セロトニンに関する研究はすべて無意味だった」と読み替えることはできません。
セロトニンを減らせば、誰でもうつ病になるのか?
この問いを調べるために行われてきたのが、「急性トリプトファン枯渇」という実験です。
トリプトファンは、セロトニンの材料になるアミノ酸です。特殊なアミノ酸の飲料などを使い、脳内のセロトニン合成を一時的に低下させます。
単純な不足説がそのまま正しいなら、セロトニン合成を下げることで、健康な人にも一貫して強い抑うつが起こりそうです。
ところが、研究結果はそのようにはなっていません。
メタ解析では、明らかなうつ病の素因がない健康な人では、セロトニン合成を低下させても、気分の明確な悪化は一般に認められませんでした。一方、うつ病から回復した人や、うつ病の家族歴がある人などでは、気分の悪化が認められています。pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
この結果から考えられるのは、セロトニンの変化が与える影響は、その人の背景によって異なるということです。
同じ変化が加わっても、誰にでも同じ症状が出るわけではありません。過去の病歴や、もともとの神経回路の特徴などとの組み合わせが重要なのかもしれません。
ただし、実験で一時的に合成を低下させることと、自然にうつ病を発症する過程は同じではありません。この実験だけで、うつ病の原因全体がわかるわけでもありません。
「セロトニンの量」と「セロトニンの働き」は違う
「脳内のセロトニンが多いか少ないか」という説明では、セロトニンを、タンクに入った液体のように想像しがちです。
しかし、神経伝達はもう少し複雑です。
どこで放出されるのか。どの受容体に作用するのか。受け取る側の細胞がどう反応するのか。周囲の神経回路がどのような状態なのか。これらによって、結果は変わります。
例えば、同じ5-HT₁A受容体でも、セロトニン神経自身にある場合には、その神経の活動を抑える調節に関わります。一方、別の神経細胞にある場合には、異なる回路への作用を担います。
したがって、受容体の画像検査で変化が見つかっても、それだけで「セロトニンが足りない」「逆に多すぎる」と単純には判断できません。PMC
医療で重要なのは、何を測っているのかを区別することです。
| 研究で調べるもの | それだけでは判断できないこと |
|---|---|
| セロトニンや代謝物の濃度 | 特定の神経回路で、必要なタイミングに適切な伝達が起きているか |
| 受容体・トランスポーターへのPETトレーサーの結合 | セロトニンの量や活動の増減を、一義的に決めること |
| 薬剤負荷前後のPET信号の変化 | 日常の状態でのセロトニン濃度や、うつ病発症の原因 |
| セロトニン系に作用する薬への反応 | 発症前からセロトニンが不足していたか |
「セロトニンについて調べた研究」という括りだけでは、実際に何がわかったのかを見失います。
PETでは「セロトニン放出が少ない」という研究もある
単純な不足説への疑問がある一方、セロトニン系の異常を示唆する研究もあります。
2023年に掲載された研究では、抗うつ薬を使用していない抑うつエピソード中の患者17人と、健康な対照者20人を対象に、薬剤負荷前後のPET検査が行われました。
その結果、患者群では前頭皮質のセロトニン放出能力が低いことが示唆されました。pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
興味深い結果ですが、これで「うつ病の原因はセロトニン不足だった」と決着したわけではありません。
対象人数は少なく、男性が多い集団です。また、調べたのは薬剤による刺激への反応であり、日常生活中のセロトニン濃度そのものではありません。差が認められたとしても、それが発症の原因なのか、発症後の変化なのかは、この研究だけでは区別できません。
この研究の解釈をめぐっても、批判と著者側の応答が掲載されています。PubMed
研究は、「不足説が完全に否定された」「やはり完全に正しかった」という二択では進みません。どの患者群の、どの機能に、どのような変化があるのかを、少しずつ明らかにしていきます。
不足が証明されていなくても、抗うつ薬は効くのか?
はい。病因の仮説と、治療の有効性は、分けて評価できます。
2018年の大規模なネットワークメタ解析では、522件の無作為化比較試験、116,477人のデータを統合し、成人の大うつ病に対する急性期治療で、対象となった21種類の抗うつ薬すべてが、平均としてプラセボより高い有効性を示しました。PubMed
もちろん、全員に効くわけではありません。効果が小さい人、副作用が利益を上回る人、別の治療が必要な人もいます。
しかし、「セロトニン不足が証明されていないから、SSRIは無効」という推論は成り立ちません。
逆に、薬が効いたからといって、「自分はセロトニン不足だった」と証明されたわけでもありません。
診療で確認すべきなのは、原因の説明がきれいにまとまるかどうかよりも、症状や生活機能が実際に改善したか、その利益に見合う負担で続けられるかです。
なぜ、セロトニンへの作用と気分の改善に時間差があるのか?
SSRIは、セロトニンを細胞内へ回収するトランスポーターを阻害します。
ただし、この最初の薬理作用と、患者さんが「楽になった」「仕事のことを考えられるようになった」と感じるまでの過程は、同じ時間軸ではありません。
この時間差を説明するために、受容体の適応、感情情報の処理の変化、神経可塑性など、複数の仕組みが研究されています。
ここで、「抗うつ薬は最初の2週間には全く効かない」という説明も正確ではありません。
SSRIの臨床試験を統合したメタ解析では、集団平均では開始1週目からプラセボとの差が認められ、その後も改善が積み重なることが示されています。PubMed
早期の小さな変化と、十分な回復は別です。
「飲んですぐに元気になる薬ではない」と説明することと、「数週間は何も起こらない」と説明することも、分ける必要があります。
薬は「気分」より先に、情報の受け取り方を変えるのかもしれない
うつ病では、曖昧な出来事を否定的に受け取りやすくなったり、嫌な情報が強く記憶に残ったりすることがあります。
例えば、同僚の返事が短かったときに、「忙しいのだろう」よりも「嫌われたに違いない」という解釈が浮かびやすくなる、といった変化です。
このような感情情報の処理に、抗うつ薬が早期から作用する可能性が研究されています。
2009年の研究では、ノルアドレナリン再取り込み阻害薬レボキセチンの単回投与により、本人が自覚する気分や症状に変化が出る前に、感情情報の処理が変わることが示されました。PubMed
これはSSRIそのものの単回投与試験ではありませんが、「抗うつ作用は、気分を直接持ち上げることだけでは説明できない」という考え方につながります。
薬によって情報の受け取り方が変わり、その状態で日々の経験を積むことで、自己評価や対人関係への予測が徐々に変化する。その積み重ねが、後の気分改善に関わるのではないか、という仮説です。
ただし、これですべての抗うつ薬の作用や、すべての患者さんの回復を説明できると確定したわけではありません。
最近注目される「神経可塑性」とは何か?
神経可塑性とは、経験や刺激に応じて、神経回路の働きやつながりが変化する性質です。
抗うつ薬が、単に神経伝達物質を増やすだけでなく、こうした変化に関わるのではないかという研究があります。
2021年には、複数の抗うつ薬が、神経栄養因子BDNFの受容体であるTRKBに直接結合し、そのシグナルを促進するという基礎研究が報告されました。pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
ただし、基礎研究で示された仕組みが、そのままヒトでの臨床効果をどの程度説明するかは、別に検証する必要があります。
ここで興味深いのが、2023年に報告された、健康な成人32人を対象とするエスシタロプラムの無作為化比較試験です。
この研究では、シナプス密度の指標として用いられるSV2Aへの結合をPETで評価しました。約1か月後のエスシタロプラム群とプラセボ群の比較では、統計学的に有意な差は認められませんでした。一方、二次解析では、エスシタロプラムの投与期間とSV2A結合との間に正の関連が示されました。PubMed
「SSRIで脳のシナプスが増えることが証明された」と見出しを付けたくなる結果ですが、それでは言いすぎです。
健康な人の小規模研究であり、群間差は有意ではありません。PETの指標も、シナプスの数を直接数えているわけではありません。
それでも、神経可塑性という仮説を、ヒトの脳で検討しようとしている点に、この研究の面白さがあります。
「セロトニンが少ない体質」は、遺伝子検査でわかるのか?
セロトニントランスポーター遺伝子の多型と、ストレスによるうつ病のなりやすさを結びつける説明を見かけることがあります。
しかし、よく知られた特定の遺伝子だけで、うつ病の発症や体質を説明できるほど、話は単純ではありません。
2019年の大規模研究では、過去に注目されていた複数の候補遺伝子について、うつ病との関連や、環境との相互作用を支持する明確な証拠が得られませんでした。PubMed
これは、うつ病に遺伝的要因がないという意味ではありません。
特定の一つの多型を調べて、「あなたはセロトニン不足型です」「この抗うつ薬が必ず合います」と決められるわけではない、ということです。
薬の代謝に関係する遺伝的特徴の検討と、うつ病の原因を遺伝子で診断することも、別の問題です。
原因が単純でないなら、治療では何を目指すのか?
治療の目標は、「セロトニンの数字を正常にすること」ではありません。
眠れること。食べられること。楽しさや関心が戻ること。自分を責め続けずに過ごせること。そして、無理のない形で生活を取り戻すことです。
そのために、薬物療法、心理療法、休養、睡眠や生活リズムへの対応、職場や家庭の負担調整などを、状態と希望に応じて検討します。治療法の選択では、重症度、過去の治療反応、本人の希望などが重視されます。NICE
「セロトニン不足だけでは説明できない」という話は、「本人の考え方が悪い」「気合いで治せる」という話にもつながりません。
単一の物質で説明できるかどうかと、苦痛が現実に存在するかどうかは、全く別です。
また、不足説への疑問を理由に、服用中の抗うつ薬を急に中止することは勧められません。急な中止では離脱症状が起こることがあり、減薬は症状や経過を確認しながら段階的に進めます。NICE
診察で役立つのは、「自分のセロトニンが足りないか」という問いだけではなく、「何がどの程度つらいのか」「治療で何が改善したのか」「副作用は生活の負担になっていないか」を具体的に伝えることです。
うつ病の原因を、一つの言葉で説明しきることはできません。それでも、回復に役立つ治療を一緒に探し、その効果を確かめていくことはできます。
参考文献・資料
- Moncrieff J, et al. The serotonin theory of depression: a systematic umbrella review of the evidence. Molecular Psychiatry. 2022年オンライン公開、2023年巻号掲載.
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https://www.nice.org.uk/guidance/ng222
https://www.nice.org.uk/guidance/ng215
情報確認日:2026年10月18日
執筆及び医学監修:高橋 和政(ことのはメンタルクリニック院長)