心的外傷後ストレス障害(PTSD)


札幌市の精神科・心療内科、ことのはメンタルクリニックです。


「怖い体験が、突然よみがえってくる」
「もう安全なはずなのに、体の緊張が抜けない」
「その出来事を思い出す場所や人を避けてしまう」

このような症状の背景に、心的外傷後ストレス障害(PTSD)がある場合があります。「心的外傷後ストレス症」と呼ばれることもあります。

PTSDは、命の危険や深刻な暴力などの体験後に、記憶のよみがえりや強い警戒心などが続き、生活に支障をきたす病気です。**本人の気持ちの弱さが原因ではありません。**時間がたっても症状が続く場合には、心理療法や薬物療法によって改善を目指すことができます。

PTSDの原因

PTSDのきっかけには、重大な事故、災害、性暴力、身体的な暴力、虐待などがあります。

自分自身が直接被害を受けた場合だけでなく、他の人が被害に遭う場面を目撃した場合や、家族・親しい人が暴力的な出来事や事故で亡くなったことを知った場合などにも起こります。救急・救援活動など、仕事を通じて悲惨な出来事に繰り返し接することが関係する場合もあります。

ただし、「つらい出来事があった」ということだけで、すべてがPTSDに当てはまるわけではありません。診断では、出来事の性質と、その後に現れた症状を確認します。PTSD: National Center for PTSD

一方で、PTSDの診断基準を満たさなくても、つらさや治療の必要性が小さいという意味ではありません。適応障害、うつ病、不安症なども含め、症状に合った支援を考えます。

PTSDの症状

成人のPTSDについて、DSM-5-TRでは主に次の4つの症状群を確認します。

症状の種類主な例
侵入症状出来事が意思に反して思い浮かぶ、悪夢を見る、その場に戻ったように感じるフラッシュバック、思い出させる刺激で動悸や強い苦痛が生じる
回避症状出来事を思い出す場所・人・会話を避ける、関連する記憶や感情を考えないようにする
認知・気分の陰性の変化自分を責め続ける、「誰も信用できない」と感じる、楽しめない、人との距離を感じる、出来事の一部を思い出せない
覚醒・反応性の変化常に警戒する、小さな音に驚く、いら立つ、眠れない、集中できない

すべての症状が同じ強さで現れるわけではありません。鮮明なフラッシュバックより、不眠やいら立ち、外出の難しさが目立つ方もいます。

また、「自分を外から見ているように感じる」「周囲が現実ではないように感じる」といった解離症状を伴うこともあります。PTSD: National Center for PTSD

PTSDの診断

診察では、体験と症状の関係、持続期間、仕事・家庭・対人関係への影響を確認します。

DSM-5-TRでは、上記のような症状が1か月を超えて続き、強い苦痛や生活上の支障があり、薬物や身体疾患などでは説明できないことなどが診断の条件になります。

必要に応じて、PCL-5などの質問票や、CAPS-5などの構造化面接を用います。質問票の点数だけで診断が決まるわけではありません。PTSD: National Center for PTSD

大切なのは、「1か月たつまで受診してはいけない」という意味ではないことです。

体験直後から不眠や恐怖などが強く、生活に支障がある場合には、早い段階で相談してください。初期の反応が自然に軽くなる方もいますが、強い症状が続く場合には、急性ストレス障害などを含めて評価し、支援を行います。

症状がはっきりするまでに時間がかかることもあり、出来事から長い期間が過ぎていても、相談することができます。NICE

複雑性PTSDとは?

複雑性PTSDは、ICD-11でPTSDとは別の診断項目として位置づけられています。

PTSDの中核となる症状に加えて、次のような困難が持続することが特徴です。

  • 感情の調整が難しく、怒りや苦痛に圧倒されたり、感覚が麻痺したようになったりする。
  • 「自分には価値がない」といった強い否定的な自己認識がある。
  • 人を信頼したり、関係を保ったりすることが難しい。

長期間にわたる虐待やDVなど、逃れにくい状況での反復的な被害が背景となることが多いとされています。ただし、体験の種類だけで診断が決まるわけではありません。ncnp.go.jp

「長くつらい経験をしたから複雑性PTSD」「症状が重いから複雑性PTSD」と単純に判断することはできません。症状の組み合わせや経過を確認し、必要に応じて他の病気との違いも評価します。

PTSDの治療

治療では、現在の安全を確保しながら、症状と生活への影響を整理し、本人の希望や受けられる治療に合わせて方針を相談します。

1.安全確保と生活の支援

暴力や虐待などが続いている場合には、まず安全を確保することが重要です。現在も危険がある状況で、本人の考え方や対処法だけを変えようとすることは適切ではありません。

休養、睡眠の確保、仕事や学校での負担の調整、利用できる支援の整理なども行います。自傷や自殺の危険がある場合には、安全のための対応を優先します。NICE

2.トラウマに焦点を当てた心理療法

PTSDでは、トラウマの記憶や、その体験によって変化した受け止め方に働きかける心理療法について、有効性が確認されています。

2023年の米国VA/DoDガイドラインでは、特に次の治療が推奨されています。PTSD: National Center for PTSD

治療法主な内容
持続エクスポージャー療法(PE)治療者と相談しながら、体験の記憶や、現在は安全なのに避けている状況に段階的に向き合います
認知処理療法(CPT)体験後に強まった自責感や、安全・信頼などに関する考えを見直します
眼球運動による脱感作と再処理法(EMDR)体験の記憶を扱いながら、眼球運動などの両側性刺激を用いて進めます

これらは、つらいことを無理に話させる治療ではありません。内容や進め方を説明し、本人の同意を得て、状態に合わせて取り組みます。実際に危険な場所や加害者に近づくことを求めるものでもありません。

記憶に向き合う過程で、一時的に苦痛が強まることはあります。そのため、専門的な訓練を受けた治療者による支援と、負担の確認が大切です。

通常の診察での支持的な対話と、これらの専門的な心理療法は、内容や必要な時間が異なります。CPT

3.薬物療法

日本でPTSDに適応のある薬として、SSRIに分類されるセルトラリンとパロキセチンがあります。

薬物療法は、本人が薬による治療を希望する場合、専門的な心理療法を受けることが難しい場合、うつ症状などの併存症状がある場合などに検討します。症状や経過に応じて、心理療法と組み合わせることもあります。CPT

効果は飲んですぐに完成するものではなく、数週間単位で症状と副作用を確認します。吐き気などに加えて、開始時や増量時に落ち着かなさ、焦り、不眠などが強まる場合があります。

強い焦燥感や自分を傷つけたい気持ちが新たに出た場合には、早めに処方医へ連絡してください。

改善後も、再発に注意しながら治療を続け、継続や減量の時期を相談します。急な中止で不調が起こることがあるため、自己判断で中断しないことが大切です。pmda.go.jp

なお、ベンゾジアゼピン系の抗不安薬・睡眠薬は、PTSDそのものに対する治療としては推奨されていません。依存や認知機能への影響などを考慮する必要があります。すでに服用している方は、急に中止せず、処方医と相談してください。PTSD: National Center for PTSD

治療に関する研究紹介

PEとCPTは、どちらがよいのか?

Schnurrらが2022年に報告したランダム化比較試験では、軍務に関連するPTSDのある米国退役軍人916人を対象に、PEとCPTを比較しました。

両方の治療でPTSD症状は改善しました。症状の軽減はPEの方が統計的には大きかったものの、治療間の差は、研究であらかじめ定めた「臨床的に意味のある差」の基準には達しませんでした。

この結果は、「PEだけを選べばよい」という意味ではありません。どちらも有効な選択肢であり、本人の希望や取り組みやすさを踏まえて選ぶことが大切です。

また、退役軍人を対象とした研究なので、すべての患者さんに同じ結果が当てはまるとは限りません。JAMA Network

複雑性PTSDにも治療の可能性がある

国立精神・神経医療研究センターなどが2022年に報告した研究では、児童期の虐待を経験した複雑性PTSDの成人女性10人に、STAIR Narrative Therapyを行いました。

感情調整や対人関係のスキルを学ぶ支援と、トラウマに焦点を当てた治療を組み合わせる方法です。

治療を完了した7人では、症状や生活機能の改善が認められました。ただし、少人数で対照群のない研究のため、自然な変化や他の要因の影響を切り分けることはできません。

「誰にでも同じ効果がある」とは言えませんが、日本での治療の実施可能性を示す研究です。ncnp.go.jp

ご家族や周囲の方へ

「もう終わったことだから」「忘れればいい」と励まされても、本人の意思だけでは症状を止められないことがあります。

支える際には、次のような対応が役立ちます。

  • 出来事の詳細を無理に聞き出さない。
  • 症状や避けている行動を、怠けやわがままと決めつけない。
  • 触れたり近づいたりする前に、本人の希望を確認する。
  • 安心できる場所や、つらくなったときの対応を相談しておく。
  • 受診や生活上の支援について、本人の意思を尊重しながら提案する。

体験直後に、予防のために一律に出来事を詳しく語ってもらう「心理的デブリーフィング」は推奨されていません。本人が望んで話すことを受け止めるのと、無理に語らせることは区別する必要があります。NICE

受診を考えている方へ

悪夢や記憶のよみがえり、不眠、強い警戒心、外出の難しさなどで生活が妨げられている場合は、ご相談ください。

最初の受診から、出来事を細部まで話せる必要はありません。

「過去の体験に関係した不調があるけれど、詳しく話すことはまだ難しい」と伝えていただいて構いません。今困っている症状や生活への影響から、話せる範囲で確認していきます。

自分を傷つけそうな切迫した状態や、現在も暴力にさらされている状態では、通常の外来予約を待たず、救急医療や警察などにつながり、安全を確保してください。

治療の目標は、過去の記憶を完全に消すことではありません。記憶や恐怖に生活を支配される状態を和らげ、安心して過ごせる時間や、自分で選べる行動を増やしていくことです。NICE

参考文献・資料

  1. National Center for PTSD. PTSD and DSM-5.
  2. 国立精神・神経医療研究センター.PTSDとは.
  3. NICE. Post-traumatic stress disorder:NG116.
  4. 国立精神・神経医療研究センター.複雑性PTSD治療前進へ~心理療法(STAIR Narrative Therapy)の成果~.2022.
  5. National Center for PTSD. Overview of Psychotherapy for PTSD.
  6. 国立精神・神経医療研究センター.PTSDの治療.
  7. National Center for PTSD. Clinician’s Guide to Medications for PTSD.
  8. PMDA.セルトラリン錠「YD」電子添文.2026年4月改訂.
  9. Schnurr PP, et al. Comparison of Prolonged Exposure vs Cognitive Processing Therapy for Treatment of Posttraumatic Stress Disorder Among US Veterans: A Randomized Clinical Trial. JAMA Network Open. 2022;5(1):e2136921.

情報確認日:2026年10月17日

執筆及び医学監修:高橋 和政(ことのはメンタルクリニック院長)