境界性パーソナリティ障害
札幌市の精神科・心療内科、ことのはメンタルクリニックです。
境界性パーソナリティ障害の概要
感情の不安定さ、自己イメージの不安定さ、人間関係の不安定さ、自傷行為、自殺念慮、空虚感、強い恐怖や不安、そして怒りなどの症状を呈する精神障害です。
一言で言い表すと安定性に欠ける性格が持続している人、でしょうか。「そんな人いっぱいいるでしょ」とツッコまれそうですね…。安易に境界性パーソナリティ障害と診断しないためにも診断基準は存在します(後述します)。
境界性パーソナリティ障害の方の思考パターンの典型として、他者に対しては「私を見捨てるに違いない」自身に対しては「1人では何もできない」と考える傾向があります。
典型的な衝動行為として、性行為、浪費、むちゃ食い、無謀な運転、リストカットなどを行いがちです。
精神科医目線ですと、境界性パーソナリティ障害は気分障害(多くは双極性障害)との鑑別がポイントです。
ちなみに上記イメージ画像の地雷系女子が典型的な境界性パーソナリティ障害"風"なのですが、必ずしも地雷系女子=境界性パーソナリティ障害というわけではありません。
著作権の関係で問題の画像を提示することはできないのですが、第115回の医師国家試験に境界性パーソナリティ障害の特徴を問う問題が出題されました。
問題に示されている25歳女性が典型的な境界性パーソナリティ障害像なのでぜひ検索してみてください。
[医師国家試験 境界性パーソナリティ障害 問題]のgoogle画像検索で探せるかと思います。
診療に来ていただければ普通に画像をお見せできます。
境界性パーソナリティ障害の診断
DSM-5(精神障害の診断と統計マニュアル)上の診断基準では、境界性パーソナリティ障害の診断を下すには以下が認められる必要があります。
不安定な対人関係、自己像、感情、及び顕著な衝動性の持続的なパターンを有すること。
この持続的なパターンには以下の5つ以上が必要です。
この持続的パターンは以下のうちの5つ以上により示される:
①見捨てられることを避けるためのなりふり構わない努力
②不安定で激しい人間関係を持ち、相手の理想化とこき下ろしとの間を揺れ動く
(好意を持っている人への評価のアップダウンが激しい)
③不安定な自己像または自己感覚
④自らに害を及ぼしうる2領域以上での衝動性(浪費、性行為、物質乱用、無謀な運転、過食など)
⑤自殺行動、自殺演技、もしくは自殺の脅しまたは自傷行為の繰り返し
⑥気分の急激な変化(通常は2-3時間持続する。2-3日以上持続することは稀。エピソード的に起こる強い不快気分、いらだたしさや不安など)
⑦慢性的な空虚感(「私は空っぽだ」)
⑧不適切で激しい怒り、または怒り制御困難(しばしば癇癪をおこす、いつも怒っている、取っ組合いの喧嘩を繰り返すなど)
⑨ストレスにより引き起こされる一時的な妄想様の思考、または重度の解離症状(記憶が飛ぶ、幽体離脱様感覚など)
症状は成人期早期までに始まっている必要があります。青年期(10代)に生じることもあります。
持続的なパターンというものが重要で、これがない場合は双極性障害や一過性の精神病などを疑う契機となります。
境界性パーソナリティ障害の治療
日本で境界性パーソナリティ障害に適応が通っている薬物は存在しません。
一応ですが攻撃性や情緒不安、認知・知覚障害に対して少量の非定型抗精神病薬が有効とされています。一般的な精神症状の改善には寄与するようです。(Gartlehner et al., 2021)
ただし非定型抗精神病薬を数年に渡り用いた効果についての研究は2023年現時点において存在しません。
反面、認められた効果(例えば衝動性の低下)が永続しないことを示すエビデンスは存在します。(Soloff et al., 1989)
バルプロ酸などの気分安定薬も易怒性や攻撃性にある程度有効ですが、その安全性から次善の策とされています。
これら特定の症状を改善できる可能性があります。(Gartlehner et al., 2021)
ベンゾジアゼピン系抗不安薬は衝動性や攻撃性を悪化させる危険性があり、一般的に使用する際は注意を要します。
しかしながらベンゾジアゼピン系抗不安薬は基本的に乱用の危険性が高く、あまり有用でないと思っていただいて差し支えないと思います。
ちなみに境界性パーソナリティ障害の気分症状に対する抗うつ薬の効果は、パーソナリティ障害のない患者への気分症状に対する効果よりもはるかに低いというデータがあります。
「境界性パーソナリティ障害にはこれが効く!」という薬物は2023年現在においても、存在しないと言って差し支えないと思われます(少なくとも私はそういった文献を見つけることはできませんでした…)。
炭酸リチウム→唯一の対象群をとった研究において有効性を実証できていません。(Links et al., 1990)
カルバマゼピン→衝動性を減らすうえである程度の有用性があるかもしれません。(Cowdry,Gardner .,1988)
バルプロ酸→衝動的攻撃性を減らす上でわずかに有用性を持ちます。(Hollander et al., 2005)
ラモトリギン→衝動性や不安を減らせる可能性が示唆されているがエビデンスは弱いです。(Tritt et al., 2005)
トピラマート→衝動性や不安を減らせる可能性が示唆されているはエビデンスは弱いです。(Nickel et al., 2005)
薬物療法とは逆に、心理療法では弁証法的行動療法と精神力動的精神療法など、有用性が示されているものがあります。
この辺りは私自身、勉強不足でよく理解していないので割愛します(申し訳ありません。ちゃんと勉強したら追記します)。
いずれも認知行動療法の枠組みに入る治療法ではあります。
ある種のメタ認知を強化していく治療なのですが、それは一定の知能がないと効果がないのではないかと思われるので、前例に適応できるのか怪しいなと思っています(これは私個人の感想です。肌感覚的に認知行動療法は境界知能域だとまともに機能しづらいです)。
※メタ認知とは「自分の認知活動を客観的にとらえる、つまり、自らの認知(考える・感じる・記憶する・判断するなど)を認知すること」です。昨今話題のマインドフルネス認知療法も基本はこれです。
ちなみに過去の出来事を話してもらい、治療者が同情したり、支持したりする、典型的な『支持的精神療法』はほぼ効果なしです。
理解のある彼くん彼女さんは治療という意味では案外役に立ちません(しかしながらDV、物質乱用、犯罪を起こしがちなパートナーと比べれば全然マシです)。
むしろ親密な関係を避ける方が治療にプラスに働くことが示唆されており、恋愛をしないことや、ペットを飼うことが効果的であるという意見もあります(恋愛をしない、は結構極端なアドバイスかと思われるかと思いますが、実際に効きます)。
過去のトラウマに焦点を合わせるような精神療法は、現実の対処能力を改善することなく被害者意識を強化させることにより、病状を悪化させてしまう可能性があります。
逆に、現在直面している問題に焦点を合わせた精神療法(例えば認知行動療法)は功を奏する可能性が高いです。(Lambert, Ogles,2004)(Clarkin,Levy,2004)
では実際どのようなことを行う、というか私が行っているかというと、普通の精神療法がメインです。具体的には
①現実的な生活面での相談に乗る
②必要であれば投薬を行う
③必要があれば入院、家族への支援、デイケアなどをすすめる
④診療を通して社会経験を積んでいただく
⑤可能なら就労、就学を促す(重要)
などありきたりというか、普通のことを行っています。
※「境界性パーソナリティ障害患者の入院は原則禁忌」と考える精神科医の方もいるかもしれませんが、入院中のトラブルも社会経験の1つになりえると思うので私は"あり"だと思っています。この辺りは精神科医のさじ加減かも??
どちらにせよ入院治療が有効であるというエビデンスは存在しません。
色々書いてますが、結局のところ境界性パーソナリティ障害患者に最も効くのは"時間経過"です。なんのこっちゃですが、補足事項に根拠を記載しておりますので、お暇な方は是非ご覧ください。
境界性パーソナリティ障害のその他の補足事項
約80%が女性であり、一般人口の1-2%が境界性パーソナリティ障害の診断に該当すると考えられています。また遺伝的素因があるとも考えられています。
不都合な真実で申し訳ないのですが、低い社会階級や低い教育水準とも関連しているという報告があります。
小児期のネグレクトの他に小児期の身体的及び性的な虐待を既往に持つ事例が多いと考えられています。
半数以上に大うつ病や気分変調性障害が、10%前後に双極性障害が併存するというデータがあります。
最大で10%の患者が自殺を遂行します。
(報告によりかなりばらつきがあります。3%程度とする報告もあり)
逆に言うと、繰り返し自殺をすると脅したり、自殺企図を行う患者でさえ、ほとんどの場合(約90%)生存します。
私見ですが「境界性パーソナリティ障害患者に対しては自殺予防対策を講じるよりも別の問題にアプローチするべきである」と言えるかもしれません。
自殺企図(要は未遂)は成人期早期で最も高く加齢とともに低下していきます。しかし自殺既遂が多いのは一般的な認識とは異なり30-35歳以降です。治療を試みても改善しなかった方に多いようです…。(Paris,Zweig-Frank, 2001)
一般に長期予後は良好とされています。精神科外来通院患者を対象とした追跡調査では約10年後には半数以上が境界性パーソナリティ障害の診断基準を満たさなくなることが確認されています。
2年間で境界性パーソナリティ障害患者の40%が診断基準を満たさなくなり、10年を過ぎると寛解率88%にまで上り、更には再発率はとても低く6%というデータがあります。(Zanarini et al., 2005)
言い換えれば、境界性パーソナリティ障害における最強の治療薬は、治療のところでも述べましたが"時間経過"です。
30-40代になれば対人関係や職業面の機能はかなり安定します。
境界性パーソナリティ障害の方の40-50%が治療初期にドロップアウトするため、これを防止することが初期の主な課題と考えられています。
ストレス(多くは見捨てられ不安)にさらされているときに、一過性の精神病エピソードの例えば解離症状(例えば離人症や解離性健忘や解離性遁走など)や妄想様観念がみられることがありますが、これらは数分-数時間と持続しないため統合失調症等の精神病と誤診されることは多くはないです。
※離人症(現実感覚が鈍くなり、自分や周りの人物や環境とのつながりが薄れている状態)
※解離性健忘(突然自分が過去の出来事を思い出せなくなる状態)
※解離性遁走(突然自分が家を出て、知らない場所に行ってしまう状態)
解離性同一性障害も併発することがあるが極めて稀と考えられています。
リストカット等の切傷を行う時、境界性パーソナリティ障害の方はほとんど痛みを感じないそうです。(Russ et al., 1999)
自傷行為のある境界性パーソナリティ障害の方の32.8%は12歳以前に、30.2%は青年期に、37%は成人以降に自傷を始めているそうです。また自傷行為の開始が若ければ若いほど慢性的な経過をたどります。(Zanarini et al., 2006)
自傷行為と自殺企図は別物です。
境界性パーソナリティ障害の方の自傷行為の目的は陰性感情を和らげることです。(Linehan et al., 1993)
自殺した若年期の境界性パーソナリティ障害の方のうち、治療を受けていたのは3分の1以下、過去1年間に1度でも治療を受けていたのは半数以下、生前に診断すら下されていなかったのは3分の1程度というデータがあります。(Lisage et al., 1994)
まともに治療を受けていなかったというケースが結構多いようです。
参考
DSM-5 精神疾患の分類と診断の手引き
原著 American Psychiatric Association
日本語版用語監修 日本精神神経学会
監訳 高橋 三郎/大野 裕
訳 染矢 俊幸/神庭 重信/尾崎 紀夫/三村 將/村井 俊哉
305-306p
精神科研修ノート
シリーズ総監修:永井 良三(監修),笠井 清登(編集),三村 將(編集),村井 俊哉(編集),岡本 泰昌(編集),&2その他
363-366p
Borderline personality disorder
https://www.cmaj.ca/content/172/12/1579.short
Borderline Personality Disorder: Treatment and Management
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21796831/
Pharmacological Treatments for Borderline Personality Disorder: A Systematic Review and Meta-Analysis
https://link.springer.com/article/10.1007/s40263-021-00855-4